第6話 男女ふたり
駅からは遠く、廃墟と見紛うくらいにボロいアパート。
なんてことないワンルームの部屋にて、俺と龍樹は二人っきりの状態になっていた。
未だ、こんな美少女JKと自分の家の同じ空間にいるという事実に疑問符を浮かべたくなるが、もはやひとまず飲み込んでおくしかない。
「……ごめん、つまんない部屋で」
「い、いえ、狭いのに突然上がり込んでしまってこちらも申し訳ないといいますか…」
ぎこちない空気の中、なんとも言い難い謝り合いをする。
お互い距離感を掴みあぐねている。
そりゃそうだ。普段なら関わり合いなんてないような相手なのだから。
それにおそらくだが、俺も彼女も、世間話とかが得意なタチじゃないだろう。
この微妙な空気感は当然の結果といえる。
『ぅぅ…、なんだか緊張する。さっきまで普通だったのに、変な気分になってるっ…』
彼女も、この状況を嘆いているようだ。
……その一因には、龍樹のその変な言い回しのせいでもあるんだがな。
まぁそこは俺の能力が100悪いんだけど。
「……あ、すいません。狭いというのはそのマイナスな意味じゃなくてむしろ落ち着きがあるみたいな───」
『い、イヤミな人って思われてないかな…、怒らせちゃってないかな…?』
目をくるくるさせるみたいに慌てて龍樹は訂正する。
そして追って龍樹の心の声が聞こえてきた。
個人的に意外だ。
普段何事も歯牙にかけないような様子なのに、こんな些細な事に敏感になっているなんて。
その律儀さは、単に緊張でから回っているだけなのか、それとも彼女の元来の性質なのか。
心は読めても、本質を見抜くのは苦手な俺には、少々わかりかねる。
「いや、そんなの謝らなくても。実際狭いし」
おどけたように言ってみせると、彼女の強張った顔が多少弛緩した。
ホッとするような心の声が同時聞こえてきて、彼女の性質が少しわかったような気がした。
再度訪れた沈黙を打破したのは、龍樹の方だった。
「五見さんは、ここに住んで長いのですか?」
「う〜ん、入学1ヶ月前くらいだから、まぁまだ3ヶ月くらいかな。通りの殺風景だろ?いろいろ置こうかなって思ってるんだけどさ」
実際俺の部屋は全くもって面白みがない。
テレビも本棚も無ければ、ソファすら置いていないような無質素な部屋。
作業机と椅子、ベッド、使った覚えもないちゃぶ台以外には、インテリアと言うべきものは何もない。
まぁ、広さ的に4畳半くらいしかないので、置けても限られてくるのだが。
「でも、今の雰囲気も私は好きですよ」
腰掛けたベッドを撫で、全体を見回しながら彼女はそう言う。
そう言われてなんだか照れ臭くなったが、心の声が追って聞こえてきて一瞬にしてその感情は上書きされた。
『見覚えあるなって思ったけど、これえっ…なビデオで見たことある感じだっ……、やっぱりあれは現実なんだっ……!』
おいいきなりくそ失礼じゃねぇか。
狭いっていう言葉には配慮できるのに、なんでAVみたいな部屋は配慮できないんだよ。いや。心の声だから文句言う筋合いないんだが…。
そんでもって、なんかよくない納得をしてないかこれ。
えろビデオの内容が現実…とか、偏った知識にも程がある。あんなの8割は現実にない展開だろ。
…なんて突っ込みができるはずもない。そうした瞬間、表層的には俺はいきなり謎の講釈を垂れる変態と化すのだから。
「…あぁ、まぁ、気に入ってくれたなら何よりだよ。なんもないけど、楽な体勢で過ごしてくれれば」
沈黙を回避するために苦し紛れにそう言う。
『楽な体勢……体位…、いやいや、そんな意味じゃないって。うんそう…だよ、うん』
テンパったみたいに心の声が加速する。
落ち着いてきたのか、いつもの脳内ピンクが戻ってきてないか?
そんでもって、なんでちょっと自身なさげなんだこのヤロウ。俺が襲おうとしてるとでも言いたいのかっ。
「では、そうさせていただきま…すっ!」
そう言うと彼女は、バフッとベッドに身を沈ませる。
大した値段のものでも新品でもないので、それほど跳ねたりはしないが、舞った髪が甘い匂いをあたりに撒き散らした。
こんなことされたら、流石の俺でも変な気を起こしてしまいそうになる。
急いで天井を仰いで、眉間をほぐし、舌を噛んだ。
『ひゃ、これが男の子の匂い…っ!なんだか、変な感じ…っ』
妙な言い方をするんじゃないっと口に出そうになったが、喉元のところで飲み込む。そこに性的な意味はないということを信じよう。
気を紛らわそうと立ち上がり、水を飲もうとキッチンへ向かおうとする。
そこで。
「あ、わがままで申し訳ないのですが、着替えのようなものはございますか?その、制服では少し寝苦しいもので…」
あー。
着替えね。
そりゃそうだよな。うん…、えー。
今更、泊まる、ということの重大さを実感した。
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