第17話 クールなあの娘と勉強会
「まさか、了承してくださるとは思いませんでした」
肩を並べて歩いていると、龍樹がそう話しかけてきた。
彼女の言う通り、結局俺は勉強会の誘いを受けた。
厄介ごとだとわかっているのに、こうもホイホイと受けてしまうのは、俺がお人好しだからなのか、それとも彼女に気があるからなのか。
いや、どちらでもない。
単純に、彼女との関係が悪化すると、それはそれでこれから先、より面倒なことになりそうだと考えたのだ。
そういうことするタイプではないだろうけど、万が一付き合いが悪いだのなんのと悪評を流布されたら、これからの学校生活が円滑でなくなるかもしれないからな。
いやまぁ、すでに別の理由で円滑でなくなりつつあるんだけど。
「まぁ別に、特に予定もなかったからな」
こうした理由を馬鹿正直に明かす必要もないので、彼女の発言にはそう返しておく。
事実としてそうでもあるわけだし。
「こっちもまさか誘われるなんて思わなかったよ、龍樹さんって勉強できなかったっけ」
「それは…不得意ではない、ですが」
なんとも歯切れの悪い返事が返ってくる。
ここ数日彼女と関わってきて、もうなんとなくわかってきた。
これは言いにくいことがある時、もしくはピンクいことを考えている時の反応だ。
『と、友達と勉強会してみたかったからなんて……恥ずかしくて言えないっ…』
今回は前者だったようである。
なんというかこう、たまにピュアな部分を出されると彼女をどういうものとして見ればいいのかわからなくなる。
「でも、俺、一度こういうことしてみたかったから嬉しいよ」
「そ、それならよかったですっ」『迷惑じゃないなら…よかったっ』
このように相手が俺の反応を窺っていたり迷いがあったりするときは、こんなふうに肯定してやると物事が円滑になる。
テレパシーというめんどくさい能力を手に入れたことで獲得した、俺なりの処世術だ。
まぁ友達が少ないから試せる相手もそんないないんだけど。
「逆に言えば、俺あんまそういうのやったことないから、大丈夫かな」
「わ、私もあまりやったことないので大丈夫ですよ。私たちなりに…やってみれば、それが勉強会です」
『五見さんとなら……よくできるような気がするし』
そう、彼女の心の声が聞こえてくる。
やっぱり俺…懐かれてんのかな…。
---
どうやらうちの高校の図書室は、テスト前になっても人が全然来ないらしい。
勉強する場所なんてどこでもいいんだが、もっとこう、その代表的な場所は図書室だと思ってた。
「案外、人少ないんだな」
「普段からあまり来館者がいないので…」
俺も一度だけ利用したことがあるが、その時も人は全然いなかった。
まぁ、イマドキの高校生は本はあんまり読まないのかな。読んでも、電子書籍が半分だろうし。
ちなみに、俺の図書館利用が一回なのは、致命的なまでに騒がしかったからだ。
無論、物理的には凪のように静かだったんだが、心の声は工事現場の如き騒音。
あらゆるところから本の朗読と、それに対する感情が湧き出ていて、落ち着いていられたもんじゃなかった。
「龍樹さんは普段から利用してるんだ」
「えっと、そう…ですね」
また言葉を詰まらせる龍樹。
これは……先ほどでいう後者、脳内ピンクを発揮している場合だろう。
おそらく官能的な何かを読んでいるのだろうという思考が伝わってきた。
急いで意識を散漫させて、あまり考えないことにしておく。
「えっと、席は……と」
この図書室は、人が来ない割に無駄に広い。
応じて蔵書数はさることながら、椅子や机なんかも多く設置されている。
いわゆる学習スペースに点在する椅子を含めたら、一体どれほどのスペースが完備されているのか。
『右奥が…良さそうかな』
今回は入り口からすぐにある、横机が並んだスペースの席を利用することにした。
龍樹の心の声にそれとなく従って進んでいく。
「ここにしましょう」
「そうだな」
彼女は奥から2番目の席を選び、ソファ質の椅子に腰掛けた。
そして隣の席を引いて俺を見ながら、「どうぞ」と一言かけてくれた。
「ありがとう」
「いえ」
お互いに微笑みながら、俺たちは席に着いた。
そして鞄から筆箱とノート諸々を取り出し、勉強道具を整える。
龍樹の方も、少し小さめのリュックから勉強道具を取り出していた。
「さぁ、始めるか……っと言っても、普通に勉強するだけだよな?」
「そう、ですね。みなさんどうやって勉強会をしてるのかわからないですが……。私たちは質問があったらお互いに聞き合いましょう」
「わかった」
そう言ってノートを開いた龍樹は、早速ペンを走らせ始めた。
クラスにいた同じく勉強会を計画してた奴らは、ノートを開いてから数十分くらい手が止まるのだろうが、彼女はそうではない。
そこで納得するのもアレだけど、本当に勉強会をやるのは初めてみたいだな。
俺も彼女に倣って、シャーペンを走らせる。
今日は他の利用者もいないので、カリカリというシャープペンシルと消しゴムの音と、紙をめくる音だけが響き渡っていた。
無論、彼女の思考は垂れ流され続けるわけだが、案外これはこれで悪くなかったりする。隣のやつはもっとやってるぞという良いプレッシャーになって、集中しやすいのだ。
しかし、集中することしばらく。
『ここは……あの公式の応用を…?いや、この条件だから使えないか…』
数学の問題に苦戦しているのか、難儀する心の声が聞こえると共に、彼女のペンを握る手が止まった。
これはたしか、問題集の発展にあったヤツか。
予習する中で苦戦した覚えがあるが…。
教えた方がいいのか…、いや、数学は自力でやった方が身につくよな…。
でも、こうも不正解を吐き出されるともどかしくなる。
「ここ解いてる?」
「あっ、は、はい。そこなんですが…」
ちらりと問題集を覗き込む。
やはり当たりをつけた問題と合致していた。
ここは少し、お節介を焼かせてもらおう。
「その公式を使うのは、先にこっちの公式をここに適用してからで……。それから──」
「あっ……、なるほどっ」『いや、でもどうやってそれは──』
「あ、ちなみにこの部分はこの前授業でやった部分なんだけど──」
解説の中で生まれた新たな疑問も、心の声で捉えてすぐに解説してやる。
すると龍樹は、ふむふむと頷いて理解を示し、すぐさま問題を解いていく。
「本当だ…、ありがとうございます、五見さんっ」
「いやいや」
また各自の勉強に戻るが、龍樹は数学が苦手なのだろうか、また何度か引っかかる時があった。
「そこはここを文字置きして──」
「これはこの章の公式を持ってきて──」
「これは、この数値部分がミスってるね、──」
出しゃばりみたいに、その度に解説を入れてしまい……。
しばらくの静寂の後。
「あの、五見さん……」
『もしかして迷惑だったかな?』
「うん?なんでも聞いてよ」
そんな心の声が聞こえたので、さりげなく容認する声をかける。
「いえ、そうではないんですけど…。五見さんって、凄いですよね」
そして彼女の口から飛び出したのは、そんな一言だった。
これは……、数学ができることに対する感想だろうか。
「そうかな、まぁ昔から数学とか算数は得意だったし─」
「いえ、そうではなくて、いやそれもそうなんですが…」
やや口ごもりながら、龍樹は脳内で自分の言いたいことを咀嚼し始める。
その過程を聞いて、俺のやったことのまずさに気がついた。
「ちょうどわからないところで、解説を入れてくださいますし…、その中でわからない部分も言う間に解説してくださるじゃないですか。それが凄いなって──」
テレパシーで聞こえるがままに解説していたが、そういえば彼女は一度も質問してこなかった。
ここまであからさまに心の声だけを聞いて行動したのは……マズったな。
「ご、ごめん。その、ちょうど横見た時が困ってそうだなぁって思って、お節介だったよ…な?」
「いえ、そんなことありませんっ。凄く、助かりました」
そう言って龍樹は軽く頭を下げてきた。
こうやってお礼を言われるとなんか照れるな……じゃなくて。
不審がったり、怪しんだりしてないかっ…?
『ずっと私のこと見てたのかな…なんて思ったけど、そうだったらあんなに集中できてないよね。だから、本当にすごいなぁ。まるで──』
「なんだか心の声が聞かれてるのかなんて思っちゃいました」
ふふっと龍樹は微笑む。
それに対して、俺の額に冷たい汗が滲む。
「はっ、ははっ。まっさかね」
俺は上手く笑みを作れただろうか。
別に、この能力はもう誰にバレたって良いんだけど。
悪い癖だな。
「これからも頼りにしてますね」
微笑む龍樹を見て、少しの安堵を覚えながらも、身の振り方に今一度内省した。
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