第16話 厄介ごと
何かと面倒見が良いタイプらしく、周りの状況を見て場を回すのが上手いらしい。
らしい、というのはこの評価が他のクラスメイトのテレパシーからの受け売りだからだ。
彼女との交友関係は全くないわけだし、当然である。
「言ってることが…ちょっとよくわからないけど」
「どうやって龍樹を落としたのかなぁ?」という馬鹿げた質問に対して、俺は惚けて見せる。まぁ惚けるも何も本当に落とした覚えなんかないし。
「またまたぁ。もしかして鈍感系?イマドキそういうのは流行らないよっ」
ツンツンと空を突きながら、木更は俺に一歩歩み寄ってくる。
応じて俺も後退ろうとしたが、今は購買の行列に並び中。
無論人がいるわけだから迷惑になるだろうということで、仕方なく俺は列を抜け出した。
「あぁ、別に抜けなくてもよかったのに」
「いや……こうしないと迷惑になるから」
「優等生だねぇ。それが莉央ちゃんを落とした要因かな?」
なんでも繋げてくるな。
何なんだコイツ。
「……いったい、何が聞きたいわけ?落としたどうとか、俺はよくわかんないよ」
「ふぅん。しらばっくれるわけね……。ま、いいさ。ゆっくり聞き出せばいい」
ふっふっふ、とわざとらしく悪役っぽい笑みをこぼす木更。
様子からすると、どうにも、野次馬的精神で聞いてきているわけではないようだ。
ジトーっと俺を見つめる、目の前の彼女の心の声に、意識を傾ける。
『五見くん……ねぇ。ちょっと面白いかもしれないけど、でも普通によく居るすみっこの子って感じしかしないんだよなぁ』
どうやら、俺を品定めしているようである。
こんなの初対面の相手ならいくらでもされるし、別に不思議がることはないが……。
『どうして莉央ちゃんはこんなのに絆されたんだ…?絶対、私の方が良いのにって…!』
これは…嫉妬…?
なんか厄介ファンみたいなヤツの心の声が聞こえてくるんだが…。
…いや、存外そういうことなのか?
龍樹は男子はもちろんのことながら、女子にも人気がある。
比較的高い身長を持ち、誰でも憧れるような美貌、文武共に恵まれた才を持っているということで、同性からもモテるという話をよく聞く。
たしか木更は……、龍樹によく付いて回っているような覚えがある。
まぁいわゆる一軍女子はだいたいそうなんだけど、目の前の彼女はとりわけ腰巾着のように龍樹についている。
単に仲良いだけかなぁっと思ってたけど。
でももしかしてそれって……。
『毎日アピールしてるのにっ、こんな陰険ヤロウにぃぃ〜〜っ!』
龍樹のガチ恋だからって…ことっ!?
「おっと、もうこんな時間。じゃあ私は、莉央ちゃんといっしょにご飯食べる約束だから。また今度問いたださせてもらうよ」
妙に「いっしょに」という部分を強調させて言いながら、彼女はひらひらと手を揺らして去っていく。
……もしやこれから、女子からもこんな悪態吐かれるってことなのか?
相当厄介になるぞソレ…。
龍樹の影響力への驚きと、これからの学校生活への憂鬱を同時に抱いて頭を抱えながら、俺はまた購買の列を並びなおした。
---
昼休みが終わり、恐る恐る教室へと戻ってきたが、いきなり殴りかかられることなんかはなかった。
まぁそんな治安悪い高校でもないし、相変わらず心の声では毒を吐かれまくったのだが。
今日は金曜日のため、午後は授業はなくロングホームルームとなる。
約2時間使って何を話すんだと言われれば疑問ではあるが、まぁ、1週間分の連絡をいっぺんに告げられるとなれば妥当なのだろうか。
「はーい、席つけー」
依然と騒がしく、忙しなく動き回る生徒たちを、入ってきた担任が収める。
「わかってるとは思うが、来週からテスト1週間前になる。部活も停止期間になるから、励んで勉強するように」
担任のぶっきらぼうなお告げにより、教室にまたもや騒がしさが舞い戻る。
それは、心の声にさえも。
やはりというかなんというか、テスト期間というのは学生にとって厄介ごとであるらしい。
まぁそれは俺にとっても例外ではないのだが、しかしそれでも案外俺はテスト期間は苦ではない。
もともと勉強は得意な方だ。
1、2週間前になって慌てるような
逆に、いつもは騒がしい連中が1週間だけ鳴りをひそめる様は、見ていて面白いものがあるしな。
『やば〜い、数学死ぬかも〜』
「全然勉強してねーよ俺w」
『英語できねーわーこれ』
「こりゃ一夜漬けだなぁ」
内外の声が飛び交う。
中には部活休みにかまけて遊びに行こうとしてるヤツも居たが、まぁそいつの末路は俺に関係がない。
もう重要な連絡事項はなさそうと見て、俺は意識を散漫にさせる。
ずっとまともにこんな量の思考を聞いていたら、頭がバカになりそうだ。
椅子に深く座って、目を瞑る───。
不意に、龍樹の方を見てみた。
なにやら、いつもの仏頂面で机をまじまじと見ている。
『ど…、どうしようかな…』
彼女もまた、他の奴らと同じような心の声を漏らしていた。
頭脳明晰と聞いていたが、あくまでそれは中学時代での話であり、その上風の噂程度でしか俺は知らない。
案外彼女も、勉強が苦手だったりするのだろうか。
まぁ普段から授業中にピンクい妄想してるし、成績良い方が不思議だけどなっ。
気を取り直して目を瞑り、意識を散漫とさせた。
「───では、気をつけて帰るように」
担任の声によって、散漫とした意識を収束させる。
気づけば放課後のチャイムが鳴り、みな帰りの支度を始めていた。
「なぁ、今日勉強会しようぜ」
「いいなそれ、近くのサイゼ───」
みな、テストに向けて対策をお取りになっているようだ。
まさかただのお喋り会になることはあるまい。
「っ。千紘は今日も部活か」
「そっだよもう、テスト終わったらすぐ大会だしな」
近くに来ていた千紘に声をかけると、ぼやくように返事をしてきた。
この学校は大して部活動は強くないが、一部に限っては全国に出るほどの実力があり、その部活はテスト期間ギリギリまで活動がある。
その一部に、千紘の入るサッカー部が入ってしまっていたがゆえの、彼の反応である。
「勉強はいけんの?」
「あー…、なんとかな…。落第にはならねぇようにする」
がっくりと落とす千紘の肩に軽くパンチして、部活動へと送り出す。
いやはや部活人も大変である。
教室の奴らは、もう大体はけていた。
勉強会かっこ仮を計画していた集団の声も、階段の方へ遠ざかっている。
しかしまだ、この教室には龍樹の姿があった。
木更をはじめとした一軍女子たちに前の方の席へ引っ張られていたが、その女子たちももうここから出発している…のにも関わらず。
「あー…、龍樹さん、また来週」
一応は、友達…みたいな関係になったわけだ。
黙って出ていくのも自然ではないと思い、適当に挨拶をする。
「あっ、あっ、えっと」
しかし龍樹の方は、不自然なほどに動揺していた。
先ほどのホームルーム中の時といい、なんか様子がおかしいような。
『よしっ、よし…、言おうっ!言おう!』
心の声を聞いてみればこれは……何かを決心した?
「えっと、五見さん…」
ボリューム低くそう言いながら、彼女は近づいてくる。
『よしっ、えっと、いっしょに────』
心の声で先に言わんとしていることを聞いたが、それでもまだ処理し切れなかった。
完全に彼女の言葉を理解するのは、実際に彼女の口から発せられた時であった。
「一緒に、べ、勉強会しませんかっ…?」
……。
どうやら、俺にとってもテスト期間が厄介なことになりそうである。
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