第2話 月詠光

「ひーかーりーっ!おーい!待てよ!」


月詠光(つくよみひかり)は足早に歩いていた歩をピタリと止め、振り返った。

高校の校舎の向こうで、ムッとした表情をしている人物は小口颯(おぐちはやて)だった。


颯は、光がこの"希望高校"に進学してから初めて仲良くなった友人だった。


彼は明るくユーモア溢れる人気者で、自分とは正反対の人間であり、光の憧れでもある。が、少々空気が読めないところがあるためそれが度々キツい。



「お前!少しは親友の補習を待ってあげるとか優しい心は持ち合わせてないわけぇ?!」


一瞬で目の前にいる颯が呆れたように鞄を担ぎ直した。


秒数にして、1秒にも満たないだろう。


そう、彼の才能は、その瞬間移動さながらの脚の速さである。


いつもイケてる感じにセットしてある茶髪は、

いつもあまりの速さに追いつけず変な方向になびいているため、

いつもあまり意味が無いのではないかと思うのだが、

いつも彼が気付くまで光は何も言わない。



「あー、お疲れ颯。補習するのもお前の足みたいな才能あったの?」


ただ笑いをこらえながらそう茶化す。


「馬鹿言うなよ。藍那じゃあるまいし」


伊達巻藍那(だてまきあいな)というのは同じクラスの学級委員である女子生徒だ。



「あぁなるほど。また伊達巻さんの暗記能力利用したわけか」


藍那は1度見たものは忘れないほどの暗記の才能がある。

というわけで、彼女は教師の板書を基本的にはとる必要はないのだが、学級委員のくせに金稼ぎ賄賂が好きだ。

効率よく大事なポイントのみをまとめたノートを彼女から買収するこんな者がたまにいる。



「あっ、つぅか光ぃ〜また真奈美ちゃんとこ行くんだろ?」


「そうだよ。補習なんてしてる暇俺には無いからね」


「そういやお前補習1度も引っかかってねぇもんな」


「…引っかかるってちょっと言い方おかしくない?俺はちゃんと勉強して無駄な時間を過ごさないようにしてるんだよ」


「皆できることとできないことの差が激しいんだから不公平だと思わないか?」


「いや、できることができすぎるって話だろ。」



いつもの如く、2人で軽い言い合いをしながら足速に歩く。

颯はもちろん光のスピードに合わせてくれている。



「俺だって、お前みたいな瞬足欲しかったよ、颯」


そうすれば…こうしてすぐに向かいたい場所にも、一瞬で辿り着けるのに…。



「あぁー、光の才能は裁縫だよな。でもそれって俺的にはイカしてると思うけどねー!男でそれってすげぇCOOLじゃんか!」



光は心の中で「どこがだよ…」と呟いた。


裁縫って言ったって、そんな大層なものが作れるわけじゃない。

ただテキトーにいろいろ作っていたら才能だと周りに言われ始めただけで、こんなもの颯や藍那や周りの者たちに比べたら本当にちっぽけなもので、普通に過ごしていればなんの役にも立たない。


そう。普通に過ごしていたら…。



光は目の前に立ちはだかる大きな建物を見上げた。

「ルミエール総合病院」

という、大きな病院にしては控えめな看板を背に、颯に向き合った。



「じゃあな颯、また明日。少しは勉強しろよ」


「しねぇけどっハハッ!じゃーな!真奈美ちゃんに宜しくぅ!」



ビシッとカッコつけたポーズをするわりには未だ面白可笑しいヘアスタイルをしたまま去っていく友人を見届けたあと、光は鞄を持ち直して足速に入口に向かった。



「あらっ、光くん今日も来てくれたのね!」


「お疲れ様です」


看護師数名に声をかけられ、「これ駅前でできた洋菓子店で買ってきたんだけど美味しいから」などと無理やりお菓子を握らされ事務室に連れ込まれそうになった。

それをやんわりとうまいことかわしてエレベーターに乗り5階に急ぐ。ちなみにこの流れは毎回のことだ。


この病院はとにかく広くて大きい。


1年前、高校生になったばかりの頃に、ある人にここを紹介されて来て以来、バイトをするようになった。

といっても、たいしたことじゃない。

ここはやけに子供が多い。

たまたまここで出会った子供たちに何か作ってあげたり教えたりして遊んでいたら、看護師たちに気に入られ、たまにバイトに来てくれないかと頼まれたのだ。


いつも周りの才能と自分の才能を比較して劣等感を感じてきた。

自分レベルの裁縫の才能がある者なんてきっと世の中ゴロゴロいるだろうし、そもそもこんなのちょっと練習すれば誰だってできることだと思っている。


それよりも、周りの人間たちに圧倒させられてきた。

ただ、もしかしたら人は無い物ねだりかもしれないとも思う。

自分のように自身に劣等感がある者も沢山見てきたからだ。


でも……


(お兄ちゃんすごい!)(わぁ〜ワタシにも何か作って!)

(これ好きぃ〜!)(ボクにも教えて!)


今まで、こんな才能なんて何の役にも立たないと思ってきたのに、初めてここで価値を与えてもらえた気がしたのだ。

初めて人に感動を与え、初めて人に認められた気がした。

こんな、無いに等しいような才能……

でも……これがあったから好かれたわけで、人から賞賛される才能がなかったらきっと、この世に居場所なんてないんだろう。


いつだってどこだってそうだ。

良い才能がある者は強い。

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