第50話 戦争の予兆



「ん…?茂さん」



またも気配をピンと察知したカイトが、窓際に視線を投げる。


茂範はゆっくりと窓を開けた。

するとそこへ、1羽の不思議な色形をした鳥が飛んできた。

茂範がその鳥に触れると、鳥は小さな紙に変化した。


その紙を広げ、書かれている文字を追い、しばらくして表情を変えずに無言で柚と爽斗に渡した。


爽斗たちは訝しむようにそれを受けとり、ゆっくりと文字を読んでたちまち顔を苦くする。


「...っ、雫からだ……。

しばらく戻らないって……。

理解してほしいって…あいつ………」



皆で手紙を見ると、そこには、伊央里の大義に協力することに決めたということ、伊央里とその組織皆と平和に過ごしているから心配無用だということ、雀が影憑石を横流ししていたということ……等が書かれていた。



「でもこの手紙も、そいつの洗脳なんじゃないのか?」


「分からないけど……どちらにしたって、本人がこう書いて寄越したんなら……」


「やはりここは一旦、こちら側も動かず様子を見ておくのが得策そうだな…。」



爽斗、柚、玲二が各々そう言いため息を吐く側で、カオルが手紙を握り締めてグチャと音がした。


カイトがその丸くなってしまった手紙をひったくり、広げた。

そしていつも髪に隠れている方のオッドアイを光らせた。


その瞬間、カイトの目には霧をまとってその手紙の持つ残穢記憶が見えてきていた。


今、カイトは手紙としての目線で手紙としての記憶を見ていた。



「あれは……雫だ……」


手紙に視線を落としたままそう静かに呟くカイトに、周りは神妙な面持ちで押し黙る。



ん?……雫が誰かの治療を受けている。

雀との闘いで怪我をしたのか。

治療しているあのガキはなんだ……?

雫と同じような治癒スキル……


っ!!

いきなり視界に現れたこの男……顔が爛れている長髪で……杖をついている。

この男も怪我をしているのか……雫がいつも持っている特殊な包帯が巻かれている……ということは雫に治療されたんだろう。


雫と何か言い合いを始めた。


" 伊央里さんっ……さっきの雀さんの話……アレは本当なんですか……"


" すみません…… "


" じゃあアナタの言ってた話は……ぜんぶウソ?"


" 嘘ではありません……全部真実です "


" でも私を……雀さんを呼び寄せるダシに使ったんですよね? "


" それは……すみません。しかしこうでもしないと全てが兄の思い通りになってしまいます。

私はSPIの味方というわけではありませんが、兄の世界になってしまうことだけは到底……受け入れられない……"


" ……それは…っ、私もきっとSPIも同じです "


" 私は……自分が生きている間にできる限りの事はしておきたいんです。もう……後がない。"




伊央里……こいつは何らかの病を患っているのか……?

それを治癒させるために雫を……?

ついでに雀を……?


だが何かが引っかかる……。


こいつの兄であり、アダマスの君主・亜斗里……

ここまで簡単に策を乱されるようなことをするか……?

雀が伊央里に勝てないことは分かっていたはずでは?

ということは……ここまでも亜斗里の想定内……?


やはり何かがおかしい……。

何か本当は……ここにトリックが……





" 雫さん……申し訳ありませんでした。

もうご帰宅されてください。送らせます"


"……いいえ。私はあなたを治すためにここに居るんでしょう?ならそれが終わるまでは帰りません。私の大切な仲間、友達を守るためにも "


" っ!雫さん……っ! "




雫がこちらに向かってきた。

ペンを走らせている雫と、背後にはそれを泣きそうな顔で見守っている伊央里と、その伊央里を一生懸命に治療しているガキが見える。



カイトがスキルを解き、少し疲労の溜まった目に目薬をさした。

深く息を吐いて視線を戻すと……


「っ!」


なんと手紙には、新たな文字が浮かび上がってきていた。


……なるほど……これは、俺が残穢を覗くことを前提に、雫が施した文字だな。


そしてそこに綴られている文に、カイトは眉をひそめた。



「カイト……なにか見えたか」


そんなカイトに、カオルが切羽詰まった表情で聞いてきた。周りも皆、不安そうな表情でこちらを見ている。


カイトは今しがた見た残穢を簡単に説明し、「ここを読め」と言って追記の文字を指した。


それを読んで、皆が驚愕した。



「じゃあもう……この国はアダマスに仕切られてるってのか……?」


「亜斗里……その男が、もともとの政府組織を皆殺しにでもして、改革中なんだろう。SKJも含め……。」


「おい本当なのか、燕。」


先程から黙っている燕に皆が視線を移す。

燕はペンダントをグッと握りしめながら、


「分からない……」と言った。


「分からねぇとは何だ?」


カイトがまた鋭い眼光で睨みつける。


「本当に、分からないんだ……。

きっと姉さんだって知らなかったはず。

アダマスの中枢のことや真実なんて……。亜斗里はそういった内部事情は公言しないし ……私だってはっきり言って、興味もない。」


自分たちのことしか……。

自分たちを守ることしか。

それに必死すぎて……。

もしかしたら私以外の奴も……。



「でも……おそらく本当だと思う。

今考えてみれば、アダマスは……もはや一つの国のようだった。」




光は、それはまさにアクシアもそうだったなと思い返した。

これじゃあまるで、この国が既に3分割されているようだ。

一体今後の未来がどうなってしまうのか……不安と恐怖しかない。


チラと茂範を見ると、彼は手に持った何かを見つめていた。そしてポケットに入れる瞬間に一瞬だけ見えたそれは、小さな時計のようなものだった。




「ともかくこれは……いつか戦争が起こることを前提にしておかなくてはならないようだ……」


神妙な面持ちでカオルがそう言い、皆の空気が一気に緊張と不安に包まれる。



「そうだな……。アダマス、アクシア、SPIの三天戦争……このままじゃ必ず起きてしまう。ならば……」



愁磨が拳をグッと握りしめてそう言い、



「そう。俺らが今すべきことは、それに備えた準備だ。」


カイトが繋げた。



「アクシアからもアダマスからも利用されまくってたわけだ。このままじゃ確実に俺らは舐められたままだ。

俺らは弱い。充分わかっただろ。」



光はその言葉に、ドクッと鼓動が跳ねる。

カイトの言う通りだ。

自分は少しスキルを会得したくらいで強くなった気がする錯覚に陥っていた。

そして結局なんにもできずにノコノコ帰ってきたに過ぎない。

しかも……

あの圧倒的強さ……

雀だって強かったはずだ。自分だったら一溜りもなかっただろう。

あんなのがゴロゴロいる世界……そんな世界に今自分はいるんだと思うと、不安が押し寄せて来ると同時に、やはり悔しくもなっていた。


俺は……最強を目指しているんじゃなかったのか?




「強化訓練……なんて始めるのはどうでしょう」



そう声を上げたのは、奥の方にひっそり座っていた辻浩輔だった。



「確か、前にもやったことありましたよね。

美沙が死んだ時です」



その言葉に、誰もが目を伏せた。

誰もが今、思い出してしまっていた。

美沙という、かつて仲間だった少女の悲痛な死を。


イタズラ好きで明るい、16歳の少女だった。



" そんなことばかりして、美沙さんはいつも大人げないですね "


" もぉ〜、浩輔は子供げないな〜!"



いつも笑顔で、気がつけばいつも、周りは巻き込まれて明るい空気になっていたことを、彼女がいなくなってから気付いた。



" もぉ〜!どうしたら浩輔は笑ってくれるのよ?!"


" 面白くもなんともない時になんて笑えません "


" 違うよ浩輔 "


" はい? "


"……どんな時も、笑顔を味方につけるんだよ"




「強化訓練か……確かにそろそろ、またその期間を設けるべきかもしれんな。一旦は雫のことから気を逸らすためにもな」


茂範がそう言い、


「っしゃー!また皆に会えるな!

なぁっ?カイト!!」


カミラが意味ありげにカイトの背中を叩き、カイトは「うるせぇ」と一言言ったかと思えば、なぜか複雑そうな表情で視線を逸らした。




「あの……強化訓練って……?」


まだ何も分かっていない光が恐る恐る手を上げると、玲二が説明する。


「大阪や沖縄の全国のサイチームが混合してお互いのスキルを高め合うんだ。ランダムでペアを組んで任務をこなしたり、遠征に行ったり。より多くのエスパーたちと触れておくことが1番効率よく自分を磨けるからね。」



なるほど……それはすごい。

まだ会ったことのない全国のサイメンバーに会えるんだ。




「そ!だからカイトは恋人に会えるってんで浮かれてるのさ!」



「あ?!浮かれてねぇ!」



また喧嘩を始めたカミラとカイトだが、光は純粋に驚いてしまった。

そういえば一番最初に会った日も、大阪の恋人がどうとか言ってたっけ……

しかしこのカイトに恋人が……?!

どんなときでも冷静沈着で口が悪く、光にとってはとても絡みずらい一人なので、一体どんな恋人なのかと好奇心と楽しみが芽生えてきてしまった。



「今の時期各々忙しいから、恐らく全国の全員が漏れなくというのは不可能だろうが、なるべく皆が集まれるように予定を組んでおこう。」



サイ組織は、茂範だけが統括しているわけではない。

光は他の上層部に会ったことは無いが、これを機に一層この世界のことを知れる気がした。




「いいか、カオル。

一旦、雫のことは頭から離せ」



「……わかってるよ」



カイトとカオルの小さなやり取りが微かに聞こえた。

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