第51話 初ホストクラブ
「……で?なんで僕まで?」
ここは煌びやかな、まるで社交界か何かに来たかのような異世界。
高級感漂うソファーで隣に座る風間朧はストローを咥えながら盛大に光を睨む。
「いや朧くん……そんなこと言ってる場合じゃないよ……」
当の光は、視覚や聴覚、ありとあらゆるところからの情報処理に忙しく、完全に目が回っていた。
そう。ここは亜蘭フェルナンドが在籍するホストクラブ。
今夜は、前に半ば無理矢理招待されていた彼のバースデーイベントとやらにお邪魔している。
ホストクラブなどというもの自体が光にとっては未知の領域だが、それが想像の遥か上を行っていたため、大混乱中だ。
そもそも、ここ新宿歌舞伎町という場所は、近付けば近付くほど人も空気も何もかもが派手で妖しく、まさに異世界だった。
初めて足を踏み入れた光は、ネオンの灯りだけで軽くめまいを起こした。
「う……ここ入ってもチカチカする……
にしても、どこなんだ亜蘭さんは……」
そこかしこに飾られている大きく豪華な亜蘭フェルナンドの写真たちを見て、正直本人が現れなくてももうお腹いっぱいだし、そもそもな話をしてしまえば別に会いたくない。
しかし、ここまで来てたくさんのナルシスト表情の彼の写真だけ見て帰るのもおかしな話だし、なんだか損な気がしてしまう。
何が損なのかは分からないが…。
"君の名前出せば入れるように手配しとくから好きなもの飲んで僕の登場を待っててね♡"
などと言われたのだが、目の前にある酒……否、ジュース……
未成年だと隠して来たはいいものの、こんな場所で朧と2人でストローを咥える、どう見ても高校生な男の子たちという絵面は確実に!絶対に!浮いているはずだ。
そもそも、朧なんて15歳だ。
しかも小動物系のイケメンなため、先程から随分とお客の女性たちに見られていることに光は気づいていた。
「あらやだ!かわい〜ッ♡♡
ねぇこの子たち新人?指名したいんだけどぉ」
「やだな絢子さん!この子たちも亜蘭のお客様ですよ〜もぉ〜」
客の女とボーイのこんなようなやり取りを何度も聞き、
「わぁ〜♡ボクたち、こんな所で何してるのぉ?お兄ちゃんのお仕事終わるの待ってるとか?ねぇ向こうの席で私たちと一緒に飲まない?♡」
こんなことまで言われる始末だ。
とにかく居心地が悪い。
しかし朧はいくらチヤホヤされようと、完全シカトで全く気にする様子もなく、先程からストローを咥えながら玲二とメールのやり取りをしっぱなし。
そう。彼はいつでもどこでも頭の中には玲二のことしかない。
「はーあ。もーここ飽きた!うるさいしー。帰りたいな〜。玲二先輩に会いて〜」
まだ主役が来ていないというのに、まだ子供の風間朧くんは帰りたがっている。
「ていうか、玲二先輩が言うから着いてきてやったけどさー、誘われたのはお前なんだから、僕を巻き添いにすんなよな!」
崇拝的な玲二の大ファン、朧は、今は玲二に対する人格とは全く別の人物かのように思える。
一応年上なのに、お前呼ばわりまでする始末だ。
「こっこんなとこ1人で来られるほど度胸ないよ!ていうか朧くんはここ初めてじゃないんだっけ?」
「うん、まぁ何度か亜蘭先輩に呼ばれて玲二先輩と来てるよ。玲二先輩とならどこだって僕にとっては天国だからね」
置かれた彼のスマホが目に入る。
待ち受けまで玲二だった。
「……ずっと思ってたんだけど、朧くんはどうしてそんなに玲二さんが好きなの?」
「あ?なにその質問!喧嘩売ってんの?
カッコイイからに決まってんだろ!!」
「あ、うん、そうだよね……」
光も本当は今夜、玲二とここへ来たかった。
確かに朧が崇拝するのも頷けるくらい、優しく頼れる先輩だからだ。
しかし優秀な玲二は今日も夜まで任務が渋滞しており、代わりに、ペットのように懐いているこの風間朧を預けてくれたのだ。
「お客様、お飲みもののおかわりは何に致しましょう?」
突然イケメンのボーイが立ち膝で目の前に現れて、ビクッと肩を揺らした。
グラスが開いた瞬間に聞いてくるとは流石高級ホストクラブである。
「えっと……じゃあ、」
「僕、生搾りピーチスムージー」
「え……あ、じゃあ俺もそれで……」
「かしこまりました!」
ボーイがにこやかに立ち去った後、光は朧の空いているグラスを見る。
確か……シャインマスカットのなんとかってノンアルコールカクテルを飲んでいた気が……
「朧くんて、随分とオシャレなもの飲むんだね」
「は?だってせっかくこんなとこ来てんだぜ?たかがソフトドリンクでも、高いのから頼まなきゃ損じゃん!」
ホラッ!と言われて見せられたメニューは、よく見ると確かに聞いたことない名前がズラッと並んでいる。
「あ〜なんか僕お腹空いちゃったな〜
どれどれ〜〜?1番高いのは……っと……
おーい!そこのボーイさん!フルーツ盛りちょーだいよ!」
「あっはい!……えっと、フルーツ盛りですと、少々お時間頂いちゃいますけれども」
「えぇーもう早くしてよね。僕たち亜蘭フェルナンドの親友で特別招待VIP客だよ?」
「はっはいっ!ただいま!」
つい目が点になってしまっていた光は、恐る恐るメニュー欄を覗く。
「えっ!!ごっ、5万円?!」
なんと、今しがた朧が頼んだフルーツ盛りとやらは、信じられない値段が書かれている。
「いっ、いいの?こんな高いの頼んじゃって……あとから請求とかされない?」
「はー……光くんてさぁ、ほんっと世間知らずってゆーかお子ちゃまってゆーか、なんにも分かってないんでちゅねぇ」
「………。」
年下にそんなに見下されると少し腹が立つし、そもそもその年齢で先程からまるで常連かのように振舞っている朧の方が普通じゃないと思う。
こんな子供にこき使われているボーイさんたちが可哀想に思えてきた。
「あのねー、亜蘭フェルナンドっつったら今やホスト界の帝王とまで言われてんだよ?最近じゃテレビや雑誌にも引っ張りだこ。新しいメンズ美容のビジネスなんかも始めちゃったりしてさー。
そんな奴が、僕らから金とるわけないじゃん」
「え……そんなに凄いの?亜蘭さんて」
確かに、今夜この街に入った瞬間から、亜蘭フェルナンド一色だった。
そこかしこが亜蘭のバースデー広告でいっぱいだったし、亜蘭の広告トラックまで走っていた。
店の前なんかはもうなんのお祭りだと思うくらいに凄かった。
「それにさー、万が一のことあっても、そのへんの女たちが全部払ってくれるよ」
「へ……へぇ……勉強になるよ……」
なんという15歳だろうか。
その歳でこれだとこの先どんな大人になってしまうのだろうかと少々怖くなる。
目の前にでっかくそびえ立つ、俗に言うシャンパンのタワー。
亜蘭フェルナンドの顔がプリントされているボトルの数々。
そしてなんだかよくわからないけど凄い雰囲気の人たちがひしめき合っている。
そして恐らくとても良い席に座らされている自分と、玲二以外には興味ゼロのふてぶてしい態度の男の子。
それでも光は、朧がいてくれてよかったと胸をなで下ろしていた。
こんなところで1人になるよりは100倍マシだ。
それに、ある意味、誰にも真似できないような振る舞いをする朧で逆に良かったとも思った。
きっと玲二さんはそんなところも分かってて朧くんをつけてくれたのでは??
ありがとうございます玲二さん!
「やっぱさすがだねー。亜蘭先輩は男の客もすんごく多いや」
それは先程から光も気が付いていた。
ホストクラブといえば、女性のお客しかいないものだとばかり思っていたが、ここには男性のお客も負けないくらい多い。
しかも男女とも全員もれなくお金持ちそうだ。
「僕さ〜、さっきあそこにいるオジサンに名刺もらっちゃったよ」
そう言って見せてきた高級感漂う名刺には、明らかに社長という肩書きが書かれている。
「なに?もう就職先見つけちゃった感じ?」
「僕のこと愛人にしたいみたいだよ」
「えっ」
まるで慣れているかのような物言いに違和感を覚える。
しかも朧が目で教えてくれたその人物は、向こうでホストたちに接客されているスーツ姿の見るからに威厳のある男性だ。
人は見かけによらないなと改めて思う。
「まぁこんなこと今まで何十回ってあるし、実際僕、男にも女にも飼われてたことあるから」
「え?ちょっとそれ…どういうこと?」
「僕、バイ・セクシャルなんだ。」
光はどう反応していいのか分からずただ固まる。
こんな場所でこんなカミングアウトをされる状況は想定したことがない。
「しかも僕って美しいわけじゃん?
まだサイに来る前、お金に困ってた時、稼ぐ手段がそれしかなくてさ。僕を買う変態なんて掃いて捨てるほどいたよ」
光は目を見開いた。
それってつまり、今よりも若い時ってことは少なくとも10代前半ということだ。
確かに朧の外見は美しい。
どうみても美男子だ。
だから、そういう趣向の大人がわんさか湧いてくるという話も分からないでもないのが正直なところ。
しかし、まだ小学生中学生くらいの子供だったという事実を踏まえても、そんな子供を搾取するそんな大人がいる現実社会に対し、嫌悪感を抱かざるをえない。
「お待たせ致しました!」
目の前に豪勢なフルーツ盛りが置かれ、
朧は「わお〜♡」と言って写メを撮り、苺をつまみながら玲二に写メを送りはじめた。
光は、なぜそんなに衝撃的な過去の話を楽しそうにできるのかが分からなかった。
「朧くん……あのさ、それってすごく…大変だったっていうか……辛かったんじゃない?」
「いや?別になんとも?あ、ちなみに僕今は玲二さん一筋だから!とるなよ!」
フルーツをパクパクと口に入れながら、過去のことは本当に何とも思ってない様子だが、傷付いていないわけはないと光は思った。
しかし、それ以上は触れない方がいいかもしれないとも……
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