第124話 私を守って


朱星が目を覚ますと、そこはどこかの部屋だった。

自分は白くてフワッとしたベッドの上で眠っていたようだと気付く。

もちろんはっきりと記憶はある。


「いち……じょう、さん……」


ガチャ


「あ、目が覚めましたね」


「っ!!」


突然扉が開き、優しい笑みの一条が水や食べ物を持って入ってきた。


「あの……一条さんっ……どうしてっ」


「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」


「そうじゃなくてっ!どうして助けたんですか?!そんなことしなければ一条さんまで今後追われることないのに!」


「……好きな人を助けることは、いけないことですか?」


ドクッと鼓動が鳴り、目を丸くする。


「とにかく安心してください。

ここは私の結界で守っているので。」


落ち着いた声色でそう言うと、サイドテーブルに飲み物と果物を置いた。



「私と居たら……ずっと逃げることになっちゃいます……」


「はい。そのためにいるので。」


「……はい?まさか……一条さんも颯くんと同じでっ……父からの命令で……?」


「違います。私は個人で動いています。」


「……なんのためにですか?」


なんとなく、目の前の男が不気味に思えてきた。

そもそも一条のことを何も知らないのだ。



「……あなたの行方をアーテルにタレコミしたのは私です」


「は、はっ?!」


突然の信じ難い告白に、朱星は一気に警戒心を滾らせた。


「初めはあなたを……殺すつもりだったので」


「……な、なに……言ってるんですか?」


「でももう、そのつもりはありませんから」


どこか切なそうにそう言って水を渡してきた一条の指を見て、朱星は目を見開いた。


「っ!」


なんとその指には、見たことのある指輪が光っていた。

そう。光が首からかけていたものと同じ指輪だ。



「……どうかしました?あ、毒など入ってませんよ」


そんなことは、一条の目を見れば分かる。

自分を殺そうとしていたなどと言われても、どういうわけかこの人は、自分を傷つけるようなことはしないと確信してしまうような、言葉では言い表せない何かを秘めている。


「……ありがとう…ございます」


朱星は渡された水を飲んだ。

随分喉が乾いていたようで、一気に飲み干してしまうと、一条はまた注いでくれた。


「……一条さん。あなたがどうして私のことを殺そうとしていたのか、もう聞きません。

裏で懸賞金をかけられているらしい私の命を狙う人なんて多くいるから。」


「では……あなたは何故あそこで働いていたんです?かなりリスキーかと思いますが。」


「あの店は、父が懇意にしていて……

私たちのことをよく知ってくれているんです。もちろん巻き込みたくないから断っていたけれど……行き場のない私を長年匿ってくれた。

私も雰囲気やオーラを変えるのは得意になっていたし、大丈夫だろうと過信してました。

けれど、あなたが来て大誤算ですよ。」


「すみません……ですが私はアーテルとは関係ありませんので。」


先程からずっと、何も考えていないような冷静な態度に徐々にイラつきが増す。


「一条さんも、どうせ賞金狙いの殺し屋なんでしょう?!だったらアーテルにタレコミなんかせずにとっとと私を殺して首を差し出せばよかったじゃない!」


「……アーテルとは関係ないので、たとえあなたを殺したとしても誰にも渡しませんよ」


「じゃあ……っ、あなたは一体なんなの…」


一条は何かを考えるように視線を外し、口を開きかけたかと思えばまた閉じた。



「……わかった!私がデートに誘ったから……だから……私とデートしたくなったんでしょう?!」



一条はポカンとした顔をしているが、朱星は冗談ではなく本気で言っているように見える。



「どうせならそこそこ可愛い私とデートをしてから、私を殺しやすい立場にしてから、仕事を楽しんでから、自分の罪悪感を打ち消してから、……私を消そうとした。そうでしょう?」


「あ……えっと……

そう……かもしれませんね。

私は朱星さんに…好意を抱いてますから」


そう言いながら思わず小さく笑ってしまった一条に、朱星はドキッと顔が熱くなり、眉をひそめて視線を逸らした。


「もう……いいです。

あなたが私を殺す意思がもう無いというなら、この話はやめましょう。」



朱星が真剣な眼光で一条を見つめる。

その真っ直ぐな瞳に、一条は目を細めた。



「だから私を、守ってくださいね」



「……はい。喜んで。」




~~~~~~~



一方その頃、颯は必死に朱星を捜していた。


途中で、朱星たちを追っていったはずのアーテル3名を見かけた。

彼らは険しい顔で悔しがっているような言葉を発していたため、朱星には逃げられたのだろうと予想がつく。


「くそ……あの男の邪魔さえなければ」


「奴はあの店で、娘の隣におりましたよね。奴もSPIと見て間違いないのでは…」


「それか……娘と特別な関係なのかもですね」



密かにその会話を聞いて驚愕した。


まさかあの……一条さんと一緒にいるのか?!

ちょっと待て……

どういうことだ?!

一条さんのことを何も知らないが、助けてくれたということは味方と見ていいのか……?

いや……だとしても……きちんとこの目で確認し、俺が彼女を守り抜かねば安心はできない!

それまでは向こうにも戻れない!!


颯は覚悟を決め、瞬速で駆け巡った。

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