第109話 現実を追いかける
秋葉原では賢吾と夏樹が、突然現れた「蜂谷」と名乗る蜂のようなアダマスエスパーと闘っていた。
しかし……
あまりにも強すぎて、賢吾の蜂はすぐに消されてしまうし、夏樹のスキルも歯が立たない。
蜂谷は不気味なことに、蜂のように毒針を使ったり飛んだりできるのだ。
俊敏な上に威力もすごい。
ガタッ……!
「っ!賢吾くん?!」
倒れてしまった賢吾に夏樹はハッとする。
賢吾は呼吸荒く汗をかいている。
さっき俺を庇ったせいで……
これはどうすれば……
「そりゃぁそうだよ。むしろよくここまで耐えてたなぁ?虫使いは毒に耐性があんのか?」
「……くっそ……!」
夏樹は下唇を噛み、ギロリと蜂谷を睨んだ。
それと同時にブワッと怒りのオーラが滾る。
「ふふっ……怒ってる怒ってる」
「おいクソ野郎。俺が勝ったら解毒の方法教えろよ」
「勝てないと思うけど。まぁいいよ?」
かなり余裕な態度でニヤつきながら羽根を勢いよくばたつかせ始めた。
夏樹のギラリと光る眼光には今、蜂谷のスキルが全て数値化されていた。
速さ……俺の倍。威力は1.5倍。
差がありすぎて叶うわけない。
でも……何とかそれを弄れば……
「ちゃんと本気を出せ……俺……!」
シュッー……!
一瞬で消えた夏樹は既に蜂谷の背後にいた。
蜂谷が振り向く寸前にピピピッと蜂谷のスキル数値を操作した。
蜂谷が速すぎてそんなに多くは弄れなかったが、自分の数値に少しだけ近づけることが出来た。
シュパパパパパー
飛んできた毒針を、床に這いつくばって避ける。
そしてゲームのように軽やかにジャンプしていく。
「ちょこまかとっ」
数値をいじられたことに気がついていない蜂谷は、素早く動く夏樹にイラつき始める。
ギュイーーーン!!!
蜂谷は毒針を集めて1つの大きな槍のようなものに変形させた。
そして勢いよく、夏樹の方向へ投げる。
バコーン!!
夏樹の足元の建物は崩れた。
蜂谷は夏樹が落ちる寸前を狙ってビュンッと飛んでいく。
全てが一瞬すぎて、夏樹は近付いてきた蜂谷にあえて決死の覚悟で押しとどめた。
「なっ?!」
毒針を腹に直接貫通させたまま、ジリジリと力比べとなる。
蜂谷は目を見張る。
なぜ動かない!!なぜこいつの力はさっきよりもっ!
はっ……!まさか俺のスキルをコイツは一時的に操作して……
「ふん……だがこれでお前も終わりだな。
残念だが、あそこでくたばってるお仲間さんと、仲良くあの世へ行きな」
夏樹はグッと歯を食いしばりながら、賢吾に視線だけ向ける。
グッタリと横たわっている賢吾の指が、ピクリと動いたのが見えた。
「くくくっ……」
「……何がおかしい」
口から血を吐きながら笑い出す夏樹に、蜂谷の笑みは消える。
蜂谷は今、自分のスキル数値がどんどん下げられていることに気がついていなかった。
だんだん、目の前の蜂谷の笑みがぼやけてくる。
体がゾクゾクと震えてきて、足の感覚がなくなってくる。
あぁ……俺はここまでか。
会いたいなぁ……
最期にもう一度だけ……
" 人間なんて、いつか必ず死ぬんだ。
それを皆忘れてる。
皆もっと好きに生きればいいのにね。
いつ死ぬかも分かんないんだし、人間の寿命なんてたかが知れてんだから "
好きに生きたいよ、誰だって。
でもそれを妨げる何かがあるから皆悩んでるんじゃないか。
それがただの言い訳だと気付いたのは、京さんに出会ってからだった。
" 幸せを掴むためには、どこかで切り替えて、いろんなものを切り捨てて、「今」を生きなくてはならない。
勇気を出して自分の力で「現実」を追いかけなければならない。
ゲームの世界ではなくね。"
俺は生まれた時からなんかおかしかったらしい。
子供とは思えないほど力は強いし、オーラや影や変なもんが常に見えてて目の前の情景がたちまちおかしくなる。
学校で先生の問いかけに、みんながハイハイと手を挙げれば眩しすぎて目を開けてられなかったり、誰かの影響を受けてしょっちゅう具合が悪くなったり。
あぁ、俺って普通じゃないんだなぁって。
普通のみんなの持ってる才能みたいのを、俺は持ってないし。
その変わり、違った何かを持っているんだって薄々気づいてた。
俺は友達を作らず、1人でゲームばかりやるようになった。
どういうわけか、俺の親は俺が幼い頃からなんでも買ってくれた。
俺の部屋にはゲームがどんどん増えていった。
ある日、両親の会話が聞こえてしまったことがある。
「あの子やっぱり学校にも馴染めてないみたいだし、あの子のためにもあと1年待たずにもう引き渡した方が……」
「だから夏樹が生まれた時点で俺は言ったろう?痣はクッキリとあったんだから」
……なんの話しだ?
アザってなんだ?
俺のどこに生まれつきアザが……?
引き渡すってどこへ?
あと1年で俺はどうなるんだ?
でもたったひとつ、確信したことがある。
俺はやっぱり普通じゃないらしい。
同時に思った。
この世界は、俺が思っていた以上にめんどくさいんだと。
それに比べてゲームの世界は良い。
現実を忘れ、めんどくさいことをゴチャゴチャ考えずに、思う存分いつだって自分の好きなように行動できる。
気がつけば俺は、ゲームの世界と現実の世界の境目が分からなくなっていた。
現実世界でも、ゲームの中みたいな行動をしてしまうし、人の上に数値が見える。
俺はゲームの世界だけでなく、現実世界でも強かった。
カツアゲ、弱いものいじめ、馬鹿げたイザコザ……
そういうくだらない悪を、ゲームの中みたいにボコるのが好きになっていた。
親の会話を聞いて、いつどうなるか分からない自分自身が自暴自棄になっていたのかもしれないし、単純に俺が気に食わない奴でスカッとしたかっただけなのかもしれないし、ゲーム世界のようにヒーローになりたかっただけなのかもしれないし。
だからよく、俺にやられた奴らは仲間を引連れて報復に来ることが多かった。
その度に俺はゲームみたいに遊べて楽しかった。
そんなときに1人の女に突然話しかけられた。
それが俺の人生を変えるきっかけとなった京さん。
俺がゲームをするお気に入りの場所に、なぜか毎日来るようになった。
京さんはただ俺の隣でゲームを見続けて「おお!」とか「あ〜!」とか声を出してるだけ。
俺が言うのもなんだけど、本当変な人だった。
変わった服装やタトゥー、オーラからして、この人も普通じゃないんだろうなと思った。
「……興味あるならやってみる?」
ある日そう言ってみると、笑ってこう言った。
「はははっ、この年齢で久々にやりたいのは山々だけどさ〜、ハマっちゃったら困るから」
年齢を聞いて驚いた。
どう見ても30代には見えなかったからだ。
少し俺より上かなくらいにしか思ってなかった。
そのくらい京さんは若々しく神秘的な造形で、いつも輝いていたから。
「アタシさ、明日からはもうここ来れないし。」
「えっ?!」
「実は元々あんまり日本いないんだよ。
今回、ちょっと1個仕事で呼ばれて来てただけでさ。」
じゃあもう会えないのか……?
初めて俺に興味持ってくれた唯一の人だったのに……
「ねぇ……俺も連れてってよ」
「……えぇ?そんなことできないよ。アンタまだ子供だし」
「子供扱いしないでよ。
それに……どうせ俺、もうすぐどっか飛ばされるんだ」
京さんに急に頬を掴まれ、俺はドキッとした。
ゆっくりと耳を触られ、ゾクゾクと一気に顔が熱くなる。
神秘的で綺麗な顔が近づいてきて……
俺はギュッと目を閉じた。
しかし何も起きなくて……
恐る恐る目を開けると、京さんはなぜか俺の耳の裏に顔を近づけ凝視していた。
「あぁ……やっぱりね」
なんのことかはその時分からなかった。
「いいよ。荷物まとめておいで。
今すぐ連れてってあげる」
俺は一目散に家に戻り、ありったけのゲームだけをカバンに詰めた。
後々カバンの中身を見た京さんは大笑いしていた。
でも京さんが連れて行ってくれたのは、海外ではなくSPIという組織の茂さんの所だった。
「アタシのお供をするのは、夏樹がもっともっと強くなってからね」
なぁ俺……強くなったよな?
京さんに少しでも近づきたくて、褒めてほしくて、それだけが俺の夢で、それだけのために頑張ってきた。
だから今も……頑張っただろ俺。
でも俺は今、寿命が尽きるみたいだよ。
ついに立っていられなくなった夏樹がガクッと足を崩した瞬間、
グサッ!
目の前の蜂谷の喉に、背後からトゲのついた薔薇の茎が貫かれていた。
目を開いたまま倒れる蜂谷、背後に立っていたのは……
「っ……み、やこ…さ……」
滅多に日本にいない彼女が、なぜか立っていた。
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