第110話 他者と違うものを持つ者


「遅れてごめん夏樹」



素早くジャンパーを脱ぎ、夏樹の止血をする京の体のタトゥーが顕になる。



「はは…やっぱ京さん……強いなぁ……」



「アンタがこいつの数値低くしてくれたおかげだよ」



京はSPIでも一目置かれる最強エスパーであるにも関わらず、普段は海外を廻っているため滅多に会うことは無いのだ。



いつまでも自分を連れて行ってくれない京はある日提案してきた。



" じゃーさ、まずは留学くらい行ってみたらいんじゃない?そこでもっと身も心も強くなったら、考えてあげる "


京にそう言われ、夏樹は数ヶ月前本当にカナダへ語学留学した。

そんなとき、唐突に京は会いに来た。

異国の地で1日遊んでもらった夏樹は、京がただ海外を好きにウロウロしているだけではなかったことを知った。


" アタシはさ、夏樹。もっといろんな角度から世界を見て、何が正しいのかを見極めたいんだよ。

そんでさ、最終的にはテキトーに好きなことだけしてさ、ダラダラ生きたいだけなんだよね〜"



京は世界中のエスパーたちに会い、世界中のエスパー組織に自ら入っていたのだ。

世界中から受け入れられるくらいの実力も技量もあるのだろう。

そして京は自ら様々な現場に身を置くことによって、数々の視点から本当の平和を模索している唯一の人物なのだ。


だからこそ、夏樹の憧れは強い。



「京さん……俺…も……京さんの夢の……力に…なりたくて……っ……」



「喋るな夏樹」



京は自分の上着で夏樹の腹を止血し、毒抜きの花を出して懸命に作業をしている。

しかし、夏樹の意識は明らかに朦朧としていて、脈が消え入りそうなことを実感していた。



「……夏樹!頑張れ!

またアタシとデートするんだろ?」



夏樹が、ぼんやりとした目でフッと少しだけ笑った気がした。




" 子供扱いしないでよ "


出会ってから、事あるごとにいつもそう言っていた夏樹。


30代の私からすれば、まだギリギリ10代の夏樹なんて子供に決まってる。


出会った頃なんてもっと子供だった。


たまたま私が帰国していた時だ。

妙なオーラの気配を感じてそこへ行くと、なんと集団リンチされている中学生に出会ったのだ。

10数人の、明らかに年上に囲まれて暴言を吐かれている小柄な少年。


それが夏樹。


私は急いで割って入ろうとしたが、

次の瞬間、夏樹は一瞬で数十人を可憐に吹っ飛ばしてしまった。


そして気がついた。

この子のエスパーのオーラに。


夏樹はチラと私に気づいたが、無視してポケットからゲームを取りだし、なんとベンチに座ってそれをやりはじめた。

目の前には10数人もの高校生たちが倒れているのにだ。



「やっほ!ゲーム好きなの?」



「……まぁね。なんも考えなくて済むし」



ババアなんて言われて無視されるかと思ったが、なんと夏樹は突然話しかけてきた私に嫌な顔ひとつせず普通に接してきた。


それから私は、毎日同じくらいの時間にここに来るようになった。

妙なオーラを放っているのにいつも一匹狼なこの子に自分を重ねていた。


夏樹も同じ時間に同じベンチで同じゲームをいつもしていた。

そしてなぜか、いつも待ち合せたように来る私に何も聞かない。目もあまり合わせない。

そのくせ、私が帰る時には物凄く寂しそうな顔をする。

それがなんだかとても可愛かった。



「アタシも若い頃はよくゲームやったなぁ。

楽しいよね、自分の知らない世界に入り込むのはさ。」



「……俺の場合は、現実世界でうまく生きれないからだよ」



あぁ。分かってるよ。

他者と違うものを持つ者の運命さだめだから。



だけどね……



「うまく生きれてる人間なんて、実際はそんなに多くないよ。でもね……」



何をどう悩んで立ち止まっていたって、

世界は自分を置いてどんどん進んでいっちゃうんだよ。



「他人はいつまでも自分に同情してはくれない。

都合良く配慮もしてくれない。」



皆自分が一番大切だからだ。


だけどそれは絶望でもあり、希望でもある。



「幸せを掴むためには、どこかで切り替えて、いろんなものを切り捨てて、「今」を生きなくてはならない。

勇気を出して自分の力で「現実」を追いかけなければならない。

ゲームの世界ではなくね。」



自分の武器を揃えるには、自分の人生を自分で選び、自分で舵を取らなくてはならない。



「人間なんて、いつか必ず死ぬんだ。

それを皆忘れてる。

皆もっと好きに生きればいいのにね。

いつ死ぬかも分かんないんだし、人間の寿命なんてたかが知れてんだから」



その時夏樹が、どんな表情で何を感じていたかは分からない。


だけど、ずっと私のことを追いかけてくれていたのは分かってた。


たまに電話で夏樹の様子を聞いてみると、彼のわがままぶりには皆手を焼いているらしかった。



「夏樹くんてホント、京さんの言うことしか聞かないじゃないですか。相当憧れが強いんでしょうね。京さんとの写真を大事そうに持ち歩いてるくらいなんですよ?」




" 次会ったらまた、デートしてね、京さん。"


" はははっ、デートって!アタシほど歳が離れてる女にそんな単語使っちゃダメだろ〜"


" 子供扱いしないでよ "




……ねぇ、夏樹……




目の前には、もう既に息を引き取っている夏樹がいる。




「してないよ……」



もうとっくに子供扱いなんて、してない。



どうしてそう、言ってあげられなかったんだろう。





気が付けば、賢吾が絶望的な顔をして立っていた。



「な……夏樹くん……っ!」



毒に耐性のある虫で自らの体を治癒していたらしい。



「夏樹くん……そんな…っ……!

うわぁぁぁぁああ!!」



賢吾が泣き叫ぶ中、京は夏樹の胸ポケットに入っている自分との写真を、色の無い目で見つめていた。

それをゆっくりと元に戻し、奥歯を噛んで目を瞑る。


次に目を開いた時は、怒りに燃える目に変わっていた。

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