第132話 京と環
「ふっ、京……
今まで俺がお前をとっとと殺らなかった理由、考えたことあったか?」
京は他のアダマス幹部数人に同時にスキルを放たれていて、身動きが取れない状況になっていた。
「お前の死に方を一生懸命考えてやってたのさ。
お前にはもっと惨めに苦しんで死んでほしかったからな」
恐ろしい笑みを浮かべる環に、京はフッと笑った。
「違うね。アンタは逃げてただけだ。」
ハッと環が目を見開く。
「いつだってそうだ。環……アンタはいつも逃げてる。
一体何から逃げているのか、アタシが特別に教えてあげる。」
上目遣いで睨む京の頭から、タラ…と血が流れた。
「自分に失望することの恐怖だよ」
ゾクッと鳥肌が立つ。
「アンタは昔から自尊心が低いからね。
長いものに巻かれてないと不安でたまらないのさ。
誰かが自分を肯定していてくれないと、すぐに自分を見失ってしまう弱い奴。」
血が滴る京の顔が、途端にグラグラと歪んで見えてきた環の額に汗が浮かぶ。
「誰かに捕まえといてもらわないと、アンタがアンタでいられないんだよ、環。」
「黙れ!」
「だったら……アタシが捕まえといてあげる……!」
「環様離れてっ!」
「ジュン!!」
ガンホが叫んだ。
ジュンが環を庇った瞬間、ジュンは一瞬で砂になった。
その砂が、京の深呼吸と同時に口の中に入っていく。
その光景に、吹き飛ばされて地に這いつくばっていたアダマスたちが目を見開いて絶句していた。
「は……ジュン?…っ………」
ガンホは数秒茫然と立ち尽くしていたかと思えば、ギロリと京を睨みあげた。
「てめぇ……」
ブワッ!ガンホのオーラが滾り出す。
ズサズサズサ!!
地面から大量の棘が生えてきて、京を捕らえた。
「死ね!!!」
しかしその時、京の姿がジュンになった。
ハッとガンホが一瞬戸惑った瞬間、
ザシュッー!
「ゴメンね、悪いけど……アンタじゃアタシを殺せないよ」
ガンホは砂となり、また京に吸収されていた。
「は……はは……ははははははは」
茫然としていた環が、突然笑いだした。
「相変わらず随分と残酷なことをするんだな京!
あん時からお前は簡単に人を殺すよな!
だからお前は必ず死ななきゃならないんだよ!」
「……アンタは、自分のために死んでくれる奴らがこんだけいて、それでもまだ何かを求めるの」
「………………。」
環の笑い声は止まり、代わりに冷徹な瞳を光らせた。
「あー……うるせぇなぁお前って奴は本当に……
昔っから……いっつも、いっつも……
なんでも自分が正しいみてぇに言いやがって」
環の頭の中には今、幼少期の記憶が蘇ってきていた。
京と俺は、SKJの " Z・12 "
同じグループの被検体だった。
そこでの名は、俺はナイン、京はイレブン。
Zはそう……被検体の中でも特別ヤバい奴らの集まりだ。
生まれつき相当な力を持っていて、尚且つ実験改造によって他の被検体たちとは比べ物にならないほど桁違いのエスパー。
SKJが最も力を入れ大事にしているのが俺たちだった。
京はその中でもずば抜けてレベルが高く、頭脳も体術もスキルも、全ての分野において1位を独占していた。
2位はいつも俺。
SKJでは定期的にランキング付けがあったのだ。
どう足掻いても京には勝てず、俺はこいつのことが本当に大嫌いだった。
そうだ。それは醜い嫉妬だ。
だが、才能がある者ほど誰もが特別な人間になりたいと望んでいる。
俺もそのうちの一人だっただけだ。
どうすれば京のようになれるのか?
敵を倒すためにはまず、敵をよく知ることだ。
だが俺は、何がなんでもこいつとだけは仲良くしたくなかった。
「ねぇ、ナイン。どうしていつもアタシから逃げるわけ?」
「……あぁ?俺がお前から逃げてるだと?ふざけんな!お前みたいなの嫌いなんだよ!」
「は?どうして?」
どうしてって……
こいつはどういうわけか、いろんな奴に興味を持ち、自ら進んで関わるようなキチガイだった。
いつもこいつの周りには誰かしらいて、被検体たちだけじゃなく、SKJの研究員たちとも随分と仲良くしていた。
だからこいつはいつでも全員の特別だった。
そんな所も、俺がこいつのことを嫌い、避けている理由の一つだった。
しかし俺らが成長していくにつれ、他の奴らは次々と死んでいった。
俺が仲良くしてた奴ら、皆だ。
そうして俺は気付いたのだ。
このままではいつか、自分も殺されると。
こんなところで死ぬなんてまっぴらだ。
「ねぇ、ナイン。一緒にこんな世界抜け出さない?」
ある日こいつは突然そんなことを言ってきた。
俺は驚愕した。
こいつはここに来た時から、つまり初めっから、脱走するつもりでいたのだ。
「……なんで今なんだよ……
だったらもっと早くからやってりゃ良かっただろ!
スリーもファイブもセブンもみんなみんな死んだんだぞ!」
「アンタと2人きりになるのを待ってたんだよ。
アンタなら私に、ついてこれると思った。
アンタのスキルは使えるから…。」
は……なんだよそれ。
後にも先にも、こんなに複雑な感情になったことは無い。
舐められているのに認められているような……
悔しくてムカつくのに胸が高鳴るような……
なんとも言えない感情に陥って、何も言えなくなった。
京の計画は完璧で、俺と共に本当に脱走を成功させた。
この日のために京は研究員たちの信用を一身に集めていたのだと知った。
SKJのトップ2が脱走したという事実は当然一大事だ。
しかしそもそも世間に隠されている組織だから、公にはならない。
俺らは上手いこと一般社会に混じって生きていた。
しかし同じ境遇で同じ秘密を共有している俺らはまるで、たった2人だけの世界に迷い込んだみたいだった。
俺はいつの間にか、このまま2人きりで良いかもなんて思っていた。
きっと、疲れていたんだと思う。
強さばかりを追い求めていた自分に。
現実から逃げたかった。
このまま誰も知らない俺たちという存在だけの世界に……
しかし京はすぐに、あの爺さんを連れてきた。
これも計画のうちだったのだろうか。
「嫌だ。俺は行かない!
お前そんな信用ならねぇ奴にまた飼われる気か?!」
「アタシたちは世界を見なきゃいけないんだよ!一緒に行こうよ環!」
俺は京の手を振り払った。
「1人で勝手に行けよ!毎回毎回俺を巻き込むな!」
京の悲しそうな顔を、俺はその時多分初めて見た。
「お前……本当は自分さえ良ければいいと思ってるんだろ。だから俺ら以外の奴ら見殺しにしたんだろ。
薄情者のお前は、それでまた俺を良いように使おうとしてっ」
「違う!」
「いいや違くない!お前はいつでも自分以外のことを見下してるんだ!自分が特別だからって!」
「違う……特別なんて思ったことない。」
京は目に涙を貯めていた。
「あの時アンタを利用したのは、私だけが助かるためじゃない。
いつの日か全員を報いるため……。
切り捨てる勇気を持つことは、逃げずに現実に立ち向かうことだから。」
なんだよそれ……
それが、他は切り捨てて、俺を選んだ理由になるのかよ。
「何かを得るためには、何かを手放さなくちゃならない。
現実はそんなに甘くないから……絶対に失敗したくなかった。それでも……自分だけが助かるのは嫌だった。
でも、アンタがいた。
環……私はアンタとだったら、皆のために人生やり直せると思った。
もっと世界を知れると思った。」
なんだよその目……
そんな目で俺を見るな!
何かを得るためには、何かを手放さなくちゃならない?
それが大切な何かでも?
自分が正しいこと言った気になってんのかよ。
「だったら今度は俺を手放せよ」
「え……」
「知ってるよ。お前は世界を手に入れたいんだろ。
だったら俺を手放せよ」
俺も所詮、お前の特別でもなんでもなかった。
「俺もお前を手放して、世界を手に入れてやるからよ」
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