第6話 松原 美乃里

光は必死で逃げていた。


なぜなら今、鬼ごっこで光以外の子供たちが全員鬼だからだ。



「はぁ…はぁ…はぁ……ふぅ…

疲れたからしばらくここで休んでよ……」



光は院内の一室に勝手に入り込み、身を隠した。



「あれ?!光いなくなっちゃったよ」

「光ぃぃ〜〜!!」

「光兄は隠れるの下手だからすぐ見つかるっしょ」



バタバタと自分を捜しまわる子供たちの気配に息を止める。


何しろあの子たちは本当に速い。

しかも勘が鋭いから隠れていてもすぐに見つかってしまう。


ここにいられるのも時間の問題だろうと半ば諦めていると、ふと気がついてしまった。



「えっ…!」



車椅子の少女、美乃里がいたのだ。

無表情でこちらをボーッと見つめている。



「なっ…びっくりしたぁ、美乃里ちゃん…」



あれ?ここ入った時は誰もいないように見えたんだけど…

焦りすぎてて気付かなかっただけかな…


そう少し疑問符が浮かんだが、

ひとまず息を整えて笑顔を作る。



「いたんだね。ここで何してるの?」



どうせ話しかけても、いつも通り何も返ってこないだろうとなんの期待もせず言っただけだった。


しかし、



「あんたって…よく子供相手の遊びにいつもそんな本気になれるね」



「っ!!」



初めて聞いたその声は、抑揚がないのに、まるで歌のように美しかった。



「えっあっ…えっと、そうだね。

まぁ俺も楽しいし、なんて言うかさ…遊んであげてるというより俺が遊んでもらってるみたいな感覚なんだ」



ハハッと笑うと、



「……私は何かに本気になったことなんて1度もない」



美乃里は目を合わせずそう呟いた。

その表情は、真顔なのにどこか切なげに見える。



「そっか……でも、どんなことでも、本気になるって楽しいよ。それが年相応かどうかとかは関係なくね。」



美乃里の瞳が一瞬揺れた。



「今もこうして、皆から全力で逃げてるとさ、今日も元気に生きてるんだ!って実感できるっていうかさ。」



にっこり笑って取り出したハンカチで汗を拭く。

美乃里はそんな光をジッと見つめていたかと思えば、突然手招きをしてきた。



「?」


ゆっくりと近づくと、突然ギュッと手を握られる。


自分と同い年くらいの異性に初めて手を握られ、突然のことにドキッと心臓が跳ねた。

それと同時にガラガラッ!と勢いよく扉が開いて体まで跳ね上がった。



「光兄みーーーっけ!!!!」



やばい!見つかった!!

そう思ったのだが、子供たちの様子がおかしい。



「あれ…いない!」

「おっかしいなぁ、気配したのに」

「あんたの読み間違いじゃないの?!」

「そんなわけないだろ!!」



確実に見られていたはずだ。

ほぼ目の前にいたのだから。しかも美乃里まで。



それなのに、子供たちは部屋をキョロキョロ見回したあと、またバタバタとどこかへ捜しに出ていってしまった。



「………えっ……なに…え…な、なんで?」



ふと美乃里に視線を移すと、スっと手を離された。



「…休みたくなったら、私のそばに来るといいよ」



「え……?」



「人間だもん。本当は誰にも存在を知られず、なんにもしたくない時だってある」



目を合わせずそれだけ言って、窓の外に視線を移す美乃里。

もう外は薄暗くなっていた。



「美乃里ちゃん……えっと……」



「ねぇ明日はさ」



「え?」



「明日は、来る?」



「えっと、明日は実はちょっと微妙なんだ。

実はもうすぐ体育祭でさ、その練習を放課後クラス全員でやることになってて…」



「来た方がいいよ」



「え?」



「真奈美のところ。」



どんどん暗くなっていく外の何を見ているかは分からないが、闇の中をボーッと見つめながらそれだけ言う美乃里に、なんて返していいのか分からず考えていると、また勢いよく扉が開いた。



「あー!やっぱりここにいたぁ!!」

「もー!さっきはどこ隠れてたんだよー!」




「あー、見つかっちゃったかー。

てかもう6時か…早いなぁ。」


「えっ!もう帰っちゃうの光ぃ〜」

「光ぃ〜もっと遊ぼうよ光ぃ〜」

「まだだるまさんがころんだしてないよ兄ちゃん〜!」



囲まれてチヤホヤされている気分も悪くはないが、本当にもう帰らなくてはならない時間だ。



「こらこらぁ〜!光くんを困らせない!

そもそも院内で鬼ごっこや隠れんぼは禁止したはずよ?」



看護師が出てきて助け舟を出してくれた。



「光くんも!何度も言うように、院内で走り回るのダメなのよ!」


「はは、すみません〜」



このやり取りはもう何度もしているが、

実は守る気はさらさらない。


よく考えればダメなことくらい当たり前なのだが。

しかし光は、先程美乃里に言ったように、こんな時間をとても楽しんでいた。


必要とされている…そう思えるからだろう。

だから、自分勝手な感情で、自分が遊んでもらっている側なのだ。



帰りに、真奈美の病室に置きっぱなしになっている自分のカバンを取りに真奈美と共に戻った。



「じゃあね真奈美ちゃん。ちゃんと寝てね」


「光お兄ちゃん」


「ん?」



いつもは、バイバイと言って別れるだけなのに、珍しく裾を掴まれた。

振り返ると、真奈美は見たことないような切なげな顔をしている。



「どうしたの真奈美ちゃん。

あ、もしかしてさっきお化けの話したから、」



「楽しかったよ」



「え?」



「マナね、お兄ちゃんとたくさん遊べて、すっごく楽しかった!」



満面の笑みになる真奈美に、光も笑顔になる。



「うん!俺も!今日もいっぱい遊べて楽しかったよ!」



そう言って頭を撫でると、真奈美はくすぐったそうに頷いた。



「明日も…なるべく来られるようにするね!」



ギュッと手を握ってくる真奈美が、なんだか少しいつものお別れと様子が違くて首を傾げる。



「まだもう少し……いられない……?」



そんなことを言ってきたのは初めてで目を丸くする。

しかし……



「ごめん。もう7時になっちゃうし…

真奈美ちゃんもいろいろやることあるだろ?

俺がいつまでもいちゃ怒られちゃうよ」



「…うん……そうだよね……」



「明日も来れるようにするからさ!ね!」



「うん」




ニッコリ笑ってから手を離す真奈美。






「バイバイお兄ちゃん。元気でね」




遠ざかっていく光を窓から追いながら呟いた。

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