第7話 俺は恵まれている
「ただいまぁ〜」
「今日も遅かったわね、光。
お父さんもう帰ってきちゃってるわよ。
ちょうどご飯食べるとこだったから手洗ってきちゃいなさい」
「ごめんごめん。はーい」
光は極力、夕食は家族みんなで食べたいと思っているため、少なくともこの時間には帰宅するよう努めている。
リビングに行くと、父親が自分のグラスにビールを注いでいるところだった。
「おう、おかえり光」
「うん、ただいま」
そして、父(月詠聡)、母(月詠恵子)、光で「いただきます」と手を合わせる。
食べながら、今日あった出来事など他愛ない話をする。
こんな時間が、光にとってはすごく大切だった。
なぜなら、光にはなぜか、幼少期の記憶がすっぽり無い。
具体的に言えば小学校低学年くらいまでの記憶がまるでないのだ。
そしてこの両親とは血が繋がっていない。
つまり光は養子であり、ある日突然この夫婦と親子になった。
詳しいことは聞いていないし、光も興味を持ったことがない。
どこかの施設で育って、優しい夫婦に貰われた。
この事実があるだけで正直本当に充分だった。
「うーん!母さんの春巻きホント美味いな!」
「光これ好きよねぇ〜。明日は何がいい?」
「明日もビールに合うものがいいな!」
「あなたには聞いてないわよぉ」
「たまには俺にも聞いてくれたっていいだろう!」
「だってあなた揚げ物しか言わないじゃない」
「ハハハハハ!父さんいつも唐揚げって言うもんね」
本当に俺はラッキーだ。
親ガチャなんて言葉があるが、きっと俺は生まれてからガチャを回したんだろう。
そしてかなり引き運がいい。
料理上手で優しい母さんに、明るくて面白い父さん。
自分を本当の息子のようにこうして楽しく育ててきてくれた。
感謝してもしきれない。
非の打ち所のない家庭じゃないか。
そして……
「ワン!くぅ〜ん」
「おっ!またおねだりか!
よしよしプヌ!母さん特性春巻きをやろう!」
「ちょっと!プヌちゃんはもうごはん食べたばかりなのよ!あなたがいつもそうしてつまみ食いばかりさせるからこんな癖づいちゃって」
「なぁにケチケチするなよぉ〜母さんの美味しい料理お前も食いたいよな!ホントはビールもほしいよなぁプヌ!」
「それだけはあげちゃダメよ?!」
そう、うちにはちょっとデブでプヌプヌしてるけど可愛い犬も居る。
幸せいっぱいの平和な家庭。
俺は本当にラッキーで幸せ者だと思う。
「そうだ光!もうすぐ誕生日だろう?
何か欲しいものはないか?」
突然の父の言葉に、
やっぱり…そろそろ聞かれると思った。
と苦笑いする。
「別にないよー。」
「あなた毎年それね。遠慮することないのよ?」
「そうだぞ?最近の子は何が流行ってるのか俺たち分からないから言ってくれないと」
うーん……と唸ってみせるが、しかし本当に欲しいものなんてない。
「本当に無いんだよ。そもそも普段必要なものとか自分で買えちゃってるし、高価なものとかも思いつかないし……」
ふと両親を見ると、とても寂しそうな顔をしていて「あっ」と気まずくなる。
「えっとじゃあ…探しとくよ!」
そう言うと、2人の眉間のシワは嘘のように取れ、いつものニッコリ笑顔になった。
たまには俺も、わがまま言わないとなぁ……
何かくれとまだまだおねだりしているプヌを見ながら、そんなことを思った。
ーーーーーーーーーー
夜になると、勉強中の光に、母・恵子はいつも通りリンゴジュースと手作りのドライフルーツを持っていく。
健康にも気を使っているのだ。
「先日、茂さんからイチジクを大量に頂いてね、それで作ってみたのよー」
「わぁ、ありがとう!そういえば茂さんちってイチジクの木があるもんね」
「勉強、ほどほどにね」
そう言って光の頭に手を置くと、恵子は静かに出ていった。
「光はまだ勉強してたのか?」
リビングでまだ晩酌をしている聡を、恵子は呆れたように見る。
「えぇ。いつも0時頃まではしてるわよ。
あの子いつも成績上位だから、本当に鼻が高いわ」
「そうだな。本当にいい子だ」
2人同時に棚の上に飾ってある写真立てを眺める。
小学生、中学生、高校生……今までの記録が映し出されている。
どれも、本当の親子同然の笑顔の3人だ。
「私よく思うのよ。子供ができなかったのは、きっとこの子が来るためだったのよ」
何度も不妊治療に失敗し涙を流していた日々を思い出した。
そして、完全に子供を諦めてから数ヶ月後の冬のある日……
雪の降る中、小さな男の子を抱いた人物が、この戸を叩いた。
「あとどのくらい……あの子と過ごせるかしら……」
「今度でもう17かぁ。早いもんだ」
「本当に早い……」
恵子は写真を見つめながら、目頭が熱くなってきてしまった。
そしてつい本音を零す。
「まだ…………まだっ…一緒に過ごしたいっ…」
「恵子っ……」
潤んだ声で涙を零す恵子を優しく抱きしめる聡。
「俺だって同じだ……でも、約束は守らないと……」
「分かってる…っ…
大丈夫……その時は泣かないから……」
きっとあの子は、死ぬほど落ち込んでいた私への、神様からの慰めだったのよ……
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