第94話 希望を捨てるな


原宿、表参道方面の対応をしているのは、遥と薬膳。



「酷いです……神聖な原宿をこんなに」


「あ〜なんだっけ?お前の服ここらで買ってんだっけ?」


「そうですよ…。東京来る度、ここへ来るのが楽しみで……でももしかしたら…もう二度と…」


悲しそうに辺りを見回す遥。

原宿の竹下通りを中心に、店などは壊され散乱してしまっていた。

あいにく、逃げ遅れた生きた人間はいないようだが、その代わり、遺体はあちこちにあったため、2人で1箇所に集めた。



「吐き気は収まったか?」


「はい……先程はすみません。」


遥は数々の遺体を前に、何度か嘔吐してしまっていた。



「まぁ俺なんか医者やってっと、グロいのいくらでも見てきてっから、こんなん綺麗なほうよ。」



そう言う薬膳は、ここへ来た時からまるで本当に何も感じていないかのような態度だ。



「はぁ……まぁ希望を捨てるな文殊。

またすぐ元に戻るさ。今までの歴史だってそうだろ?

戦国時代もあった。世界大戦もあった。何度もだ。それでも人間ってのは未来を諦めねぇから今がある。」



「そう、ですね……

それに今度、光さんに服を作ってもらう約束してるんです。だから必ず無事に再会しないとなんです」



「いいじゃねぇかそれ。

俺もなぁ…早く札幌戻ってあいつんとこ行かねぇと、まぁた怒られちまうからなぁ。いろいろ任せても来ちまったし」



「そりゃあ美羽さんと亮太さんは結ばれる運命ですもん。必ず戻らなきゃ」



「なっ、何言ってんだお前っ、妙なこと言うな。

俺みてぇなオッサンと10以上離れてる女がくっついてみろ。どちらかというと俺じゃなくてアイツが白い目で見られる。金目当てだとか言ってな」



「ふふ……分かってないなぁ亮太さんは」



ドスンドスンドスン



「なっ、なんだこの地響きは?!」


「地震……ではないですね」



突然のその地響きは、明らかにこちらに迫ってきていた。



「気ぃつけろ文殊。何か来る……」


薬膳はポケットから医療用メスを取りだした。

そこに薬を塗り始める。

するとそのメスは形を変え、禍々しいオーラを放ち始めた。



ドスンドスンドスン



「あれはっ……!」



大きなイノシシのような獣に乗ったアダマスのマントを着たエスパーが現れた。



「御子柴が言ってた奴じゃ……」



御子柴マモが先日の焼肉店で、自分のウルフが被害に遭ったと語っていたことを思い出した。



「……ん?なんだ。なんか弱そーじゃーん」


「はぁん?なんだと小僧。」



イノシシに乗っているのは、イノシシのような仮面を付けた男だった。

黒地のマントというのもマモが言っていた話と一致する。

明らかにアダマスのエスパーだろう。



「はぁー。参っちゃうな。なんで俺ここ?相変わらず環さんて俺には意地悪なんだからさぁーもぉ。」



薬膳に負けないほど気だるそうな声色だ。



「はー。とっとと殺させてねー?

本当は俺、上野動物園行きたいんだからさー」





ー 六本木、麻布、広尾方面 ー



熙とカイト があたっていた。


六本木ヒルズの交差点にて、息を切らしながら落合う2人。

かなりの影のたまり場であるこの人の多いエリア。

だいぶ広範囲を2人で担っていた。



「よお……ハァハァ……随分お疲れな面してんな…」


「やぁ……ハァ…思ってたよりキミはっ……

元気そうで何よりだよ…ハァ……」



ガシッと抱擁し、とりあえずは互いが未だ無事なことに安堵する。



「なかなか大変だったが……一先ずここらに影は無くなったな」



肩を支え合いながら歩き出す。



「あぁ、だがおかしいな。

アダマスエスパーと1人も出会わなかった。人間はチラホラと死んでいるのにだ……」



熙の言葉に、カイトも眉をひそめた。



「確かに俺もだ。他の奴らんとこが狙われてる可能性が高い。早く行こう」



「まぁそう焦らず、ゆっくり行こうカイト」



足早に歩き出すカイトに、熙がのんびりした態度で静かにそう言うのでカイトは目を見開いた。



「あ?何言ってんだお前、頭でも打ったか?仲間を二の次にするなんてお前らしくねぇ」



「皆のことは、信じている。それに……」



熙は寂しそうに笑った。



「君ともっと話していたいんだよ。

これが……最後かもしれないからね」



カイトは暫く沈黙し、「馬鹿野郎」と一喝した。


「縁起でもないこと言ってんじゃねぇ。

お前が死ぬわけねぇだろ熙」



「ははは……そうだな……」



「そもそも、こんな形で狙われたのは絶対に偶然ではない。まぁ玲二にしてやられたというわけだな…」



「あの子がまさかね。それにしても、カイトのことまで欺いていたとは……かなりの閉心術だな」



「あぁ…だが…最近気付いたんだ。

俺のスキルは、さほど凄いもんでもないのかもしれん。」



「何を言ってる。キミは凄いぞ」



「いや。何も凄くない。

俺は玲二だけでなく、燕や雀のことまで見逃していたんだ。クソすぎるだろ……」



「カイト。自分を卑下するのはやめなさい」



立ち止まり、真剣な目をして肩に手を置く熙に、カイトは気まずそうに押し黙った。



「人は近ければ近い者ほど、フィルターがかかるから見えずらくなるのさ。ちょうどほら、夜空の月と同じだ。」


そう言って指さす夜空には、うっすらと月が出始めてきていた。

確かにそれは、近づけば近づくほど、ぼんやりとして見えるものだ。



「俺はお前に出会ってから……人を信用するように努めてきたつもりだ。だが…こうも簡単に裏切られるもんなんだな」



「それでも、信じることをやめてはいけないよ。それは人間にとって、一番難しいことでもあるが、一番大切なことでもある」



「あぁ……そういや……

前にも聞いたなそれ……俺とお前が出会ったばかりの頃」




シュパッー……!




熙に突然、ガッと頭を掴まれ下げられたカイト。

地面に手をついたまま急いで顔を上げると、そこにはアダマスのマントを着たエスパーがこちらを見ていた。



そして……



ボタボタボタボタ



「くっ……」



「はっ!熙っ!」



カイトを庇ったせいで、熙の腕が大きく切れていた。





ー 秋葉原、上野 方面 ー



こちらには夏樹と賢吾があたっていた。




「このへんは被害が大きいね。

人もたくさん集まる場所だから、影もそれに比例して集まるし。……夏樹くん?大丈夫?」



「アキバがこんなんなっちゃって大丈夫なわけないだろ!俺の聖地だぞ!」



「あー、うんそうだよね、ごめん」



相当怒り心頭な夏樹は、所々に見えている小さな影を、ゲーム方式のスキルでグサグサと刺している。


ここら一体は、賢吾によって虫たちがほぼ討伐した。

残るは、あまり害のない小さな影の欠片たちだけだ。

それを夏樹は恐ろしい形相で先程から刺したり潰したり止まらないのだ。



「……ねぇ夏樹くん?そろそろ他のエリアを手伝いに行くか、巡回しに行かないと」


「うるさいっ!俺のゲームの邪魔する奴は許さないぞ?!」


「………。」



賢吾はため息を吐いた。


困ったなぁ……

この子1人だけ残していくのは……いろんな意味で危険だろうし……どうしよう?

夏樹くん、こないだの留学から帰ってきて少しは成長したかなぁと思って今回期待してたけど……

成長したのはスキルだけかぁ。

まぁそれでも大したもんだけど……



「はぁ……こんな時にあの人がいればなぁ」



夏樹くんて結局、あの人の言うことしか聞かないからなぁ。



ゴガガガガガガガー!!!



「えっ?!」



もしかして来てくれた?!


さすが!いつも誰かがピンチの時に登場する、


「京さっ……?!?!」



賢吾の希望に満ちた表情は一瞬で消えた。



「おぉ、すごいなぁ。

ここもほっとんど祓われちゃったのか」



アダマスのマントを翻し、にこやかに向かってくる長身のエスパー。



「……誰、ですか」



「んん?虫使いか……なるほど。それは便利だ」



賢吾の周りに大量の蜂たちが集まり出す。



「誰ですかって、聞いてるんですけど」


ビッ!と蜂たちの針を向け、鋭い視線を突き刺す賢吾に、男は口角を上げた。



「俺の名前は、蜂谷はちや。」



賢吾はハッと目を見開いた。


なんと男は、蜂のような姿に変わったからだ。



「勝負といこうか。蜂VS蜂の。」


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