第42話 アクシア本部


雫が目を覚ますと、そこはまるで中華風の宮廷のような部屋だった。




「ここが……」



アクシア本部?



気を失わされてはいたが、記憶はちゃんとある。

私はあの5人組にさらわれた…。



「おはようございます。

といっても、あなたがここに来てから3時間ほどしか経っていませんが。」




突然の声に、ビクッと肩を揺らす。

その方向には、美しい顔をした少年が座っていた。

歳の頃は、14.5歳といったところか。

穏やかな笑みに、穏やかな声色だ。


まるで、眠くなってしまいそうなくらいの……




「お身体は大丈夫ですね?少しお疲れのようでしたので、私のスキルで修繕しておきました。」



「……あ……」



この子のスキルは、対象を眠らせることによって回復や治癒を促す様な類なのだろうか。


雫は確かに今、自分の身体が異様にエネルギー万端なのを自覚した。



「さっそくですが、その状態でお願いしたいことがございます」



そう言われ、宮殿の中を少年について歩いていく。



途中で通った大きな庭で、たくさんの子供たちが遊んでいるのが見えた。

皆さぞ楽しそうに、一寸の曇りも不自由もない純粋無垢な表情をしていた。


いくつかの部屋の中からは、楽しそうな笑い声がし、年上が子供たちに何かを教えているような学校のような風景も見かけた。


そして度々、身体に障害のある人たちも見かけた。


しかしとにかく、皆心の底から幸せそうな表情をしていることは間違いない。




ここは……本当にアクシア……?


これって……




「想像と違った……って顔ですね」



心の内を見透かしたかのように、少年がニッコリと笑って言った。



「うん……まぁ……。それに……思ってたよりも随分と多い感じだし……」



「ここは唯央里いおり様のお創りになられた国なのですよ。」



「……国?」



「えぇ。老若男女、誰もが何不自由なく幸せに暮らす国。

唯央里様の作られたこの国は、どこよりも平和で幸せな国なのです」



その時、小さな男の子が、雫の前に来た。

小さな白い花を差し出してくる。


チラと少年の方を見ると、貰ってあげてと言っているようにニッコリ頷いたので、

「ありがとう」と言ってそれを受け取った。

小さな男の子は少し顔を赤らめてまた走って子供たちの庭遊びに混じっていった。

そこには、見たこともない小さな白い花がたくさん咲いていた。



「到着しました。こちらです」



一見すると、何の変哲もない扉だ。

しかし、少年に小さなペンダントを首にかけられたため、恐らく茂範の家と同じ仕組みをしているのだろう。



少年がノックをし、中から若そうな男性の声が聞こえた。


「…にしきですか……?」


「はい。篠原雫様をお連れ致しました。」


無言でロックが解除され、雫は緊張した面持ちで足を踏み入れた。



「……っ!」



「こんにちは」



そこにはなぜか、仮面をつけた綺麗な長髪の男性がいた。

着物姿で、杖をついている。



「驚かせてすみません」



足を引き摺っているため、足が悪いことはわかるのだが、仮面の理由はわからない。

顔が見えないので声だけで想像するに、おそらく歳は20.30代くらいだろうか?



「こんなところまでわざわざすみません。それに、私の子供たちが手荒な真似をしたそうで……」



雫を椅子に案内し、丸テーブルに暖かい茶を置いた。

とてもいい匂いがする。



「どうぞ。もちろん毒など入ってませんから。」



口調だけでなく、所作も驚くほど上品で丁寧だ。

雫は自分が想像していたアクシアとはあまりにも掛け離れていて、逆にどう対応していいか分からなくなっていた。



「私の名前は、天艸 唯央里あまくさ いおり

こちらはにしきといいます。」



ゆっくりと茶をすする。

仄かなローズヒップの香りがし、ちょうど良い酸味が緊張を解してくれた。



「あの……まずはその面をとってくれませんか?

顔も見せない人の話を聞いてあげるほど私は従順じゃありません」



緊張が解れたせいか、ようやくここに連れてこられたことへのイラつきも含めてつい言葉に出す。



「……確かにあなたの言う通りだ。

ただ、あなたを驚かせることになってしまいますが……」



「別に大丈夫です」



強気でそう言ったものの、不気味なその面の先を想像すると、なんとなく生唾を飲み込んでしまった。


唯央里は暫し躊躇していたが、ゆっくりと面をとった。



「っ!」



雫は不覚にも目を見張った。

片目は義眼になっており、皮膚の所々が崩れていて、ただれたようになっている。



「すみません……できることなら見せたくなかったのですが……」



雫の反応を見て、唯央里は悲しそうに視線を下げた。



「いえ……見せてと言ったのは私なので。

ありがとうございます。

でも別に、仮面なんてつける必要ないと思いますけど」



その言葉に、唯央里はハッとしたように目を見開いたかと思えば、また眉を下げて申し訳なさそうに笑った。




「えっと……それで……

私をここへ連れてきた理由は?」



思い切ってそう尋ねると、唯央里は自分の裾をまくった。



「えっ……」



「また、驚かせてしまいましたよね…

お目汚し申し訳ありません」



彼の腕には、紫のおどろおどろしい痣が一面に浮き出ていた。



「な、なんですかこれは……

ちょっと見せてください」



雫は反射的に唯央里の傍にしゃがみこみ、腕をとってまじまじと見つめた。


「っ……」


「痛むんですね?」


顔を歪め、さぞ痛みに耐えている様子だ。


自分のスキルを使って見てみると、かなり強力な魔術のようなものが使われていることが分かった。


目を見張っていると、傍に立っている錦が悔しそうに口を開く。


「私の力でも、どうすることも出来ないのです…

ただ、唯央里様が普段なんとか生活を送れる程度しか……」



「いや……それでも充分凄いよ……」


本当に、それを保てているだけでかなりたいしたものだと思った。

放っておいたらこれは、間違いなく命を蝕み、今頃はとっくに死んでいただろう。



「どうにか……あなたの力でどうにかなりませんか。

惨めにも私は、まだ死を受け入れられない……

まだ……死ぬわけにはいかないのです。」



ギュッと目を瞑り、歯を食いしばって懇願するように頭を下げる唯央里に、雫は下唇を噛む。


この人を助けて良いのだろうか……?

私たちSPIを襲って影憑石を集めたり、何がしたいのかよくわからない、謎で奇妙で、とてもじゃないが信用できない組織……そのリーダー……

しかも、私は勝手にここに連れてこられて……

正直なにがなんだか分かってないくらいだ。


でも……



雫は先程ここに来るまでに見てきた幸せな光景を思い出した。

まるで幸せのおすそ分けをするかのように差し出された白い花……


テーブルに置いたそれを見つめてから、雫は強く覚悟を決めた眼光を向ける。



「やれるだけのことはやります。

でも、私だけの力でどうにかできるとは限らない」



唯央里は目を丸くしたかと思えば、徐々に優しい切なげな笑みに変えた。



「ありがとうございます。どうにもならなかったら、潔く死を受け入れましょう」



「唯央里様!!」



「あらゆる手は尽くしてきました。何年も……

しかしもう限界です。スキルもうまく出せなくなってきている。

錦にも、これ以上私に付きっきりで迷惑かけるわけにはいきません」



「唯央里様おやめ下さい!私は本望です!迷惑などと思ったことは一瞬たりともございません!」



「錦……そういう問題ではないのです。君のような若く優しく優秀な者が、私なんかに永遠と構っていては、」



「唯央里様にもしもの事があれば、この国の者皆が血と涙を流す。戦争になる。なにより、誰もが悲しみに暮れる。それは貴方様が一番避けたい未来ではないのですか!」



涙をためて必死に訴える錦に、雫はこの唯央里という人物がいかにここの人間たちにとって大切なのかを理解した。




それから雫はあらゆるスキルの使い方で治癒を試みてみたが、ほとんど効果がない。


正直雫は、自分のスキルに自信を持っている方だった。

普段から仲間がどんな傷を負ってこようとも、ほぼ苦労することなく治癒できていた。

だからあまり心配することなく仲間を任務へ送り出せていたし、皆も自分がいるから躊躇することなく今まで闘えていた。



「あの……そもそもこれは、どこでどう負った痣なんですか?その……顔や脚も関係が……?」



ここまでやって歯が立たないことが悔しいし、単純に何がここまでのものを負わせるのかが気になった。




「顔と脚は生まれつきです。

そしてこれは……数年前に、ある人物にやられました。昔から彼とはそりが合わず、特に彼の方は、私のことを疎ましく思っており、何度も殺されかけました。こんな顔と身体ですしね……」



「そんな……だからって何度も殺そうとしたり、こんな事までするんですか?」



「……彼には昔、大切な恋人がいたんです。

しかし……私のせいで彼女は亡くなってしまった……」



「……。だから、あなたのことを恨んでいるってことですか?」



「………。私の存在自体が、醜くて憎くて仕方ないんでしょう。」



" 気持ち悪いんだよ!お前なんか人間じゃない!"

" 化け物!俺に話しかけんな! "



あれからずっと、そう言われ避けられてきた……

親にも殺されそうになった私など……




「何度……生まれて来なければ、と思ったことか……」



「あの」



雫は痣に優しく触れたまま、

まっすぐと真剣な眼差しで唯央里の瞳を見つめた。




「この世に、生まれて来なければ良かった人なんて、いません。」



雫は、自分を見つけ、初めて手を差し伸べてくれたカオルのことを思い出した。初めて、自分は生きてていいと思えた瞬間だった。



ハッとしたように目を見開く唯央里に、雫は続ける。



「生まれるのも死ぬのも、苦しむためじゃない。全員が平等に、死ぬまで幸せを全うするためです。」



唯央里は目を細め、静かに息を吐いた。


「そうだね……」



「うちのトップが、よく言ってます。

この世に、敵も味方もいないって。

いるのは、自分と少し違う人間だけ……

だから本当は、誰かと何かを奪い合ったり正義を押し付けあったりするのは、間違いなんですよね…」




唯央里の中で、ある人物の姿が浮かぶ。


" 消えろ!二度と姿を表すな恥さらし "





「あぁ……君の言う通りだ……」




ただ世界は……理不尽なだけだ。



平和に近づけるにはあまりにも理不尽が多すぎる。


すなわちそれは……





人が多すぎるんだ。



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