第128話 理不尽のない世界を
「へっ?!妊娠…した?!」
颯は、目の前で複雑そうな笑みを浮かべている朱星に目を見張る。
あれからある程度の月日が経った。
顔を変えて生活しているからというのもあり、3人でうまく生活できていた。
颯と亜斗里の関係も良好になっており、傍から見れば仲の良い3人組が旅をしているように映ることだろう。
そんな中、突然のこの報告。
今はまだ、亜斗里は帰宅していない。
「そ、それってのは…も、もちろん……」
「うん…。亜斗里さんとの子供。」
颯は開いた口が塞がらない。
もしや……それって……光…なのか?!
え、マジ?!え、え、えぇー?!
光の父親って……え?!?!
……いや、ここで考えてもそれは分からないしな。
とりあえずはまず……
「おっ、おめでとうございます!」
「ありがとう……。結婚してないのにね…」
「これからすぐすればいいですよ!
亜斗里さんもそう言いませんでした?」
颯の問いかけに、朱星は気まずそうに押し黙ってしまった。
「………え?」
「まだ……言えてないの。」
「……は?!」
「でも、妊娠したことは間違いないのよっ、薬も何度も試したし、まだ病院には行けてないけど」
「いやいやそれなら早く言いましょうよ!」
「なんか……怖くて。
喜んでくれるかも分からないし」
「なんでっすか?!
喜びますって絶対!あの人朱星さんにゾッコンだし」
「だってっ……亜斗里さん……私とはずっと居られないようなこと言ってたんだもん…」
颯はハッと口を噤んだ。
それは……その通りだ。
なんなら自分だっていつまでもここにはいられない。
いられるのはせいぜい、そのお腹の子が生まれるまでだ。
おそらく亜斗里もそうだろう。
「……と、とりあえず言わないことには」
「ううん、だから私考えたの。
別にこのまま……言わないまま産んでもいいかなって」
「何言ってっ!」
「だってもうすぐあの人、行かなきゃならないって……」
颯は暫く目を丸くして沈思していたが、
突然バッと一瞬で家を出た。
その瞬足で足跡を辿り、十数秒後には、歩いている亜斗里の前に回り込んでいた。
「亜斗里さんっ!!!」
「っわ……驚いたな、キミか。突然どうした。
少しここら辺の偵察をしてからすぐ帰ろうと思っていたんだが」
「そんなことよりっ!
もうすぐ向こうに帰る予定なんすか?!」
亜斗里がピクっと眉を動かした。
そして、複雑そうに眉を寄せて声のトーンを落とした。
「………重大なことに気がついてしまったからな」
「…はいっ?なんすかそれ?」
亜斗里は数秒黙り込み、湖の水面をぼーっと見つめていた。
「……現在この国を仕切っているアーテルの歴史だよ。」
目を見張る颯を横目に、亜斗里は続けた。
「アーテルは昔、アダマスのとある人物によって創設された。」
「えぇ?!」
「その人物は……アダマス創設者の私を殺してアダマスを乗っ取ったのち、アクシア、そしてサイを全て潰し、独自の組織を作りあげた。
その人物が新しく築いた新アダマスの名が、アーテルだったんだよ。」
「な……そんな…っ」
「つまり……わかるね?私はどうやら裏切られて殺され、全てを乗っ取られる。
そうしてこのような独裁的な権力主義の世界が築かれたというわけだ」
信じられない真実に、颯の鼓動が気味が悪いくらいに早くなっていた。
このままでは…向こうに残してきた皆が危ない。
「おかしいと思ったんだよ、最初に来た時。」
湖を見つめながらうっすら笑って亜斗里が言う。
「私が望んでいたものと、全然違う世界になっていたからね、ここは。」
「……え?だけど…あなただって優秀なエスパーだけの世の中を作るためにあんなこと起こしたんですよね?だからこれは、あなたの望んだ世界なんじゃないんですか?」
「私の理想は確かに、優秀な才能のあるエスパーのみの社会を築くことだ。
この未来も一見すると、そう見えるかもしれない。
しかし、現実は違う。
ここでは優秀なエスパーを選別しているのではなく、国がコントロールしやすいエスパーを選び、面倒だと思う者を裏で殲滅しているだけだ。
君も薄々気がついていただろう?これが独裁国家だと。」
言葉を失っていると、亜斗里は小さく笑った。
「私が計画を失敗するなどということがあるのだな。
私もまだまだ…普通の人間に近いということか」
「笑っている場合じゃないですよ!
どうするつもりですか?!その人物ってのが分からないことにはっ」
「分かるよ。だから私は今すぐにでも向こうに行き、その計画を止めなければならない」
「っ、止めたあとはどうするつもりですか?!
俺はそもそもあなたの計画にだって到底っ」
「私はただ、理不尽のない世界を…人々が何にも脅かされずに笑って生きられる安全な世を創りたかっただけだ。
この未来は私の求めていたものとは違う。」
亜斗里はそう力強く言い放つと、真っ直ぐと颯を見つめた。
まだ顔は違うが、その強い光を持つ眼光は、間違いなく亜斗里のものだと分かる。
同時に、颯はハッとある人物を重ねた。
その目はまさしく……光だと。
「もう行くから……。悪いが、朱星さんのことを頼めるか」
「待ってください。そのことで最後に話が。」
今度は颯が力強い眼光で見つめ返した。
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