第67話 サンカヨウが咲く理由


光は今、アダマス本部に来ていた。


結局ついてきてしまった。

自分がしていることが正しいのかと問われ、正しい正しくないというそんなことまで考えたことのなかった自分に気がついたからだ。


そして、気を失っている颯の回復を手伝うという申し出にも乗ってしまった。


普段だったら、敵と見なしている組織に親友まで連れ込むなんてことありえないのに、千鶴の言葉の数々には全て考えさせられるものがあった。



「さて、これであと数十分後には目が覚めると思うよ」



にっこり笑って立ち上がったのは、治癒のスキルを颯に施してくれた千鶴の部下、パウリナ。

見た目はどう見ても日本人ではない。優しげな白人の美女だ。



「……ありがとうございます」


「どういたしまして。」



どう見ても、悪い人には見えない。

それにこの場所も、この間行ったアクシアとは違う雰囲気だが、別に暗く禍々しい雰囲気というわけではないし、普通に美しい洋風の城と言った感じだ。




「お呼びですか、環様」



突然なんの気配もなく現れたのは、20代くらいの女性だった。

こちらを1度も見ることなく、まっすぐと千鶴の方だけを見ている。



「あぁ、瞳子。紹介するよ。

こちら、光くん。アダマスに見学に来てくれたんだ。」



千鶴の一言で初めてその女性がこちらを見た。

目が合った瞬間、光はその瞳に違和感を覚え、妙な胸騒ぎがした。

よく見ると、その女性、瞳子の瞳には、小さな輪があった。

まるで、天使の輪のような美しいものが。


しかし光の勘が働き、なぜか光は無意識のうちに閉心のスキルを発動していた。


ジッと光を見つめていた瞳子は、それに気がついたかのように目を細めた。



「初めまして。美澄 瞳子みすみ とうこです。」



「あ……どうも。月詠光です」



瞳子はまたジィっと光を凝視し、少し考えるような素振りをしたかと思えば、何事も無かったかのようににっこりと笑った。


このアダマスという組織では、やはり全員が同じお揃いの黒地マントを羽織っている。




「瞳子、光くんにアダマスを案内してあげてくれないか」


「かしこまりました」



颯と離れることに抵抗を覚えた光は、不安な面持ちでチラと視線を移す。

大丈夫。というような優しいパウリナと目が合い、光はなんとなく、この人がそばに居てくれるなら颯を置いていっても平気な気がしてその場を離れた。

どういうわけか、なんだかパウリナの存在は理屈抜きの安心感がある。



そうして瞳子について行くと、小さな小川が流れる美しい庭園へと案内された。

その光景に光は目を見張る。

あまりにも、見覚えがあったからだ。



「サンカヨウ……」



「あら、よくご存知ですね」


そう。そこには白い小さな花が一面に咲いていた。

アクシアの庭園にも、この花が咲いていた。

だから見覚えがあるというわけではない。


ここは……



「何度も、夢に出てくるんです」



ついそう呟いてしまった。


瞳子は目の前の光景に釘付けになっている光を見つめてから、花に視線を落とした。



「何度も見る夢は、メッセージが込められているものです」



「え……?」



「私も……毎日同じ夢を見る。

毎日同じ人が出てくるんです。そして私に、何かを一生懸命訴えかけている。

でもそれが誰なのか、どういう意味があるのか、いくら考えても私には分からない。でも……」



瞳子は懐かしむような表情で上を見上げた。



「まるで王子様みたいな、ブロンドの巻き髪の男の人……。なんだろう、私、お姫様に憧れが強いからかなぁ」


そう言ってどこか寂しそうに笑う。

光は、まさにそんなような見た目の人がうちにいるなぁなんて思いながら、自分の夢のことを語り出す。



「俺のは、まさにこんなふうな場所で、女の子と話してるんです。話している内容はいつも忘れてしまう……でも、この場所とすごく似ているんです……こんなふうに、サンカヨウがたくさん咲いてて……」



「サンカヨウの花って、どんなときにどうして咲くのか知っていますか?」



「え?」



咲くのに理由がある花なんてあるのか?




「誰かが誰かの幸せを願った時に咲くんです。その誰かが、この花を見て幸せになれるように」




なんとも言えない感情が湧く。


だってこの花は、そもそも自分がエスパーになるきっかけの花だった。


美乃里が、たくさんの人の才能を込めて、その全てを託してきた。そのときの花だ。


ということは、たくさんの人が誰かの幸せを願って、その祈りが自分に託されたとも言える。




「あら……雨が降ってきちゃいましたね」



ハラハラと霧のような雨が降り注ぐ。

その瞬間、先程とは全く別の場所のように、花は透明になり、消えてしまった。

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