第126話 直感に従う



「お台場なんて私……初めて来たなぁ」


朱星はそう言いながら、海の広がる美しい景色を前にシェイクを飲んだ。


「初めて?本当に?」


「うん……物心ついた時からあまり外出できなかったから。両親とも、すごく心配性だったの。」


「そう。今日は晴れててよかったね」


爽やかに笑う一条を見て、朱星は胸をときめかせる。

まさかこの状況でこんなふうに、本物のデートというものができてしまうなんて……

生まれて初めてデートというものをした。



「すごくビックリ。顔を変えられちゃうなんて……」


朱星は元と全然別人の自分の顔を手鏡で見つめた。


「しかも、一条さんの職場で開発したスキルなんでしょう?他には一体どんなものがあるの?」


一条の顔も今は変わっている。

外出の度に顔を変えていたら、どれが本物か分からなくなりそうだ。


「いろいろあるけど、もうこの世界にないものはないんじゃないかな。」


少々意味深なその物言いに疑問を抱きつつも、朱星は嬉しくてしょうがなかった。

一条に顔さえ変えてもらい、オーラをスキルで消していればアーテルからバレることはないはずだ。

一条さえいてくれれば、普通の生活を普通に楽しむことが出来る。


「ありがとう……一条さん。」


「いや……こちらこそ。」


「え?」


「いつぶりだろうな……こんなに心穏やかに、落ち着いた時間を過ごすのは……」


一条はそう言って切なげに目を細めた。

先にはキラキラと光る水平線と小船が見え、心地よい風が髪を揺らした。


「私はいつも……何かに追われるようにして何かを追い求め、休むことなく必死に自分を突き動かしてきた。

それが自分に求められている全てなのだと、私が成し遂げるべきことなのだと言い聞かせて……」


朱星はその横顔をジッと見つめた。


「……よくわかんないけど、でも……

一条さんの生き方を誰も責めたりはしないと思うな。」


こちらを見た一条と目が合い、朱星は静かに笑った。


「誰だってみんな、一生懸命生きてる。

だけど一生懸命になりすぎると、ときどき電池が切れちゃう。

だからきっと一条さんは、私と人生の休憩に来たのよね」


一条は目を見開いた。

朱星は楽しそうに海を見つめながらストローを吸っている。

その横顔に、かつての恋人を重ねていた。


「……朱星さ」

「朱星さん!!!」


突然聞こえてきた声にビクッと2人同時に振り返る。

そこには、颯が立っていた。


「え……どうして……?」


今の自分たちは顔も雰囲気も変えているはずなのに……



「わかりますよ朱星さん!

俺、瞬足の他に、足跡が見えるんだ。」


颯は、本人しか付けられないスキルの足跡を辿って来たらしい。

だから、目の前の彼らが知らない顔だろうと、アダマスにいた頃にそんなスキルを見聞きしたこともあったためそこまで疑いはせずにいられた。


「颯くん……追いかけてきてくれてありがとう。だけど今は一条さんも守ってくれてるし、大丈夫そうなの。」


「大丈夫なんてことありませんよ!

現に俺にこうして見つかってるじゃないっすか!」


てっきり颯を安心させられたと思ったのだが、かなり真剣にしかも危機感を煽られたので目を丸くする。


「だいたい!一条さん……あなた誰なんすか。

どうして朱星さんについてまわってるんです?」


「一条さんはっ…」


朱星はハッと気がついた。

自分は一条のことを何も知らないことに。

そもそも本名かどうかも分からない。



「朱星さんには聞いてないっすよ。

本人の口からちゃんと聞きたい。一条さん。」



颯に鋭く睨まれながら、一条は暫くしてゆっくり口を開いた。



「わからないかい?颯……」


「……はぁ?」



不信感いっぱいだった颯の顔が、徐々に驚愕の表情になっていく。

なぜなら一条の顔が、徐々に変わっていったからだ。



「っ!!!!そ、んな……っ」



颯の身体は無意識に震えていた。



「?……どういうことですか?」


朱星だけは、また変化した一条の顔を見ても状況が掴めず颯が何に驚いているのか分からない。


「あっ朱星さん離れて!!!」


颯が叫んだ瞬間、スっと朱星の首に一条のスキルが当てられた。



「くそ……っ……天艸亜斗里……!!!」



朱星だけは、わけも分からず固まっていた。

……どういうこと……?

私は人質なの……?どうして……?



「い…一条、さん……?」


「すまない朱星さん。私の本名は彼の言った通り天艸亜斗里なんだ。」


「は……っ私……知らないそんなっ……そんな人……だ、だれなの一体あなたはっ」


「……朱星さん、コイツは……茂さんの敵で…茂さんの…俺たちの仲間をたくさん殺させた組織のリーダーなんだよ…!」


目を見開き絶望的になる朱星。

自分は初めからずっと騙されていたのだと、自分はいかに愚かだったのかを知った。

恋心を利用してまんまと騙されたのだと……


俯いた朱星から、激しい憎悪のオーラが滾ってきた。



「……内容は真実かもしれないが、悪ふざけはやめておこう。」


亜斗里はそう言って朱星から身体を離した。


「私はもう、彼女を殺すつもりはないんだ。

そう初めに言ったね、朱星さん。あれは真実だ。」


朱星の凄まじいオーラが小さくなる。


「はぁ?じゃあなんでアンタは今も朱星さんにっ」


「それは……」


亜斗里は眉を寄せ、目を逸らしてしまった。



「亜斗里……さん……?」



「……似ているんだ……日和ひよりに……

あまりにも……似すぎている……」



小さな声で力なくそう呟く亜斗里に、2人は首を傾げる。



「それって……誰なんですか?」


「……私のかつての恋人だよ……

とっくに死んでしまったがね。」



2人が言葉を失っていると、亜斗里は切なげに笑みを零した。



「馬鹿馬鹿しい話だろう。

死んだ元恋人と瓜二つの女性に出会い、まんまと心を持っていかれ、結局私は成すべきことを成せないまま帰るんだ。」


「……え……」


「君は……彼女の生まれ変わりなのかもしれないな」



亜斗里はゆっくりと背を向けた。



「さようなら」


「ちょっと待ってください!!」



朱星に呼び止められ、驚いたように亜斗里が振り向く。



「約束したじゃないですか!

私を守ってくれるんでしょ?!

最後までちゃんと一緒にいてよ!」


その表情にかつての恋人を重ね、亜斗里は思わず息を飲んだ。



「だって私っ……いちっ、あ、亜斗里さんのこと、好き……だもの……」


顔を赤らめている朱星と固まっている亜斗里を前に、颯は懸命に思案していた。


これはどういう状況だ?

どうするのが正解なんだ?


どういうわけか……亜斗里が嘘をついているようには到底思えないし、しかも朱星も亜斗里に完全に惚れているように見える。


このまま放置してていいのか……?


いや………



「お2人が一緒にいたいと言うなら、1つ条件があります」



颯は真剣に2人を見つめた。



「今後俺も、あなたたちと行動を共にします。

それでいいですね?」



" 直感に従ってください "


瞳子の言葉を思い出していた。

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