第46話 全人類の才能の抹消
「そしてその日から、兄の生きる目的は変わってしまった……。
兄の目的は……この世の再建。ノーマルの完全排除、つまり、エスパーのみの世界を作り上げることです」
「エスパーだけの世界……?!」
「兄は"アダマス"という組織を創りあげたのです」
強いものだけが生き、弱い者は淘汰していく。
この世に必要な人間は、選ばれし才能のある者だけなのだ。
弱い者はいつだって問題を起こす。邪魔なだけだ。
弱肉強食……それが社会のあるべき姿だと、兄、亜斗里は言った。
「アダマスって!
その組織は国管轄下の組織のはずじゃっ」
「彼はここ数年で、政府自体を乗っ取ることに成功しています。初めからそれが目的だった。今はもはや、国が、アダマス管轄下なのです」
そもそもこの国の目的が、全国民を優秀で強いエスパーにすることだったのだから……。
目的が一致しているアダマスを国が雇い、まんまと乗っ取られた。
「今この国は、兄を中心に回っている…。
兄の目的は、世の中の再建ですから。
彼は、やると決めたことはとことんやる。100%確実に。」
この世の仕組みは至ってシンプルだ。
才能があればあるほど、何事においても強者だ。
才能という武器において、弱者は強者に絶対に勝てない。
この国は、才能のある者のみを受け入れる。
だから、兄 亜斗里のような、どんな才能も持っている優秀な人材は、喉から手が出るほどほしいのだ。
兄はそれを利用した。
雫は文字通り言葉を失った。
半開きの唇の隙間からは、息すら出てこない。
知らなかった。
この国をコントロールしている頭がすげ代っていたことに……
「私は彼女だけでなく、兄の運命まで変えてしまったのです。いや……それどころか……」
それどころか……もっとたくさんの人、この世の全ての人間に影響を与えてしまっただろう。
これほどにないくらいの……。
私の、たった一度の愚かな恋が、愚かな感情が、愚かな行いが……
もうすでにたくさんの人間の生命を奪っただろう。
そしてこれからも奪っていく。
全て、この私が愚かだったせいで……
いや……
私が生まれてきたこと、それ自体が……
雫はここまでの話に混乱していた。
頭の中が、数多の情報の整理に必死だ。
唯央里の兄、天艸 亜斗里という人物がアダマスの創設者。
国が管轄していた、エスパー実験改造研究所(SKJ)にいた被験者たちがメインで構成されているメンバー……つまりトランスエスパー(TS)とスーパーエスパー(SS)から成るれっきとした暗殺組織。
今でもSKJで、たくさんの強いエスパーを育て上げようと実験改造を続けている。
その組織に国は、そのまま乗っ取られている。
そして……目的は、優秀なエスパー以外の人類抹消。
この事実は、SPIはきっと誰も知らない。
「そんなの……どうすれば……」
「だから私は私の組織を創りあげたのです。
兄を止めるため……そして、私が理想の平和を築くためです」
雫は目を見張った。
てっきり、アクシアはアダマスと何らかの繋がりがあり、双方は同類ではないかと予想していたからだ。
「でもっ……じゃあどうしてあなたたちアクシアは、私たち
「攻撃しているわけではありません。影憑石が必要なだけなのです。」
「一体どうしてっ」
「石を横取りするような真似をしてすみません。しかし、あなたがたが普段任務で手に入れ、処理しきれなかった場合の影憑石…あれがその後、どこに持っていかれ、どうなっているのかご存知ですか?」
「え……」
考えたことなかった。
何年も皆がやっているこの作業を……一度も疑問に思ったことなどなかった。
「あれはずっと、アダマスに流れているんですよ。」
「?!?! えっ……でもなんで…だってあれはっ」
あの石たちはある程度溜まった時点で回収されて……
……あれ?
雫は気づいてしまった。
私たちは……回収されたその後のことについて、何も知らない……
「雫さん、影憑石は放置していても消えることはないんです。
昔は
手に負えなくなった本部は、ある日を境にある者に任せるようになった」
顔がサッと青ざめ、一気に背筋が凍った。
「どういうことなんですか……誰なんですか?それ……」
「スパイですよ。あなたの組織の中に潜む」
「え…………」
「雫さん、何か、心当たりはありませんか?」
「あるわけない……」
あるわけない。サイにアダマスのスパイ?
裏切り者……?
私は古株の方だから、本部の人間には多分ほとんど全員会ったことがあるし、大阪校や沖縄校、静岡校も札幌校も……だいたい皆に会ってきた。
もちろんそれだけで見抜けるわけじゃないってそんなこと分かってるけど、でも……少なくとも私は人を見抜く力があるし、あのKトリオの3人なんかは普通のエスパーの比じゃないくらいの千里眼を持ってる。
あの3人を……そして、茂さんを出し抜いているなんて……
驚きよりも、ショックの方が断然大きい。
「影憑石を集めて兄は……自分の理想を本格的に始動しようとしている。これは時間の問題です。
私にももうあまり……時間が残されてない。」
唯央里は辛そうに自分の腕を見た。
それは刻一刻と、自分を死に近付けている。
自分がいなくなったら、一番守りたいここの者たちが兄によって全員消されるだろう。
「唯央里さんの目的は……お兄さんを止めて、弱者が共存できる平和な世界を作ることなんですよね?
なら私もサイも協力します!
スパイを見つけ出したいし、唯央里さんの痣だって治したい。いろいろわかんないことだらけだからまずはそれを解決したいし、そもそも考えなきゃならないことが多すぎて私一人じゃ手に負えな」
「雫さん」
混乱している雫の手を優しく握り、穏やかな表情でジッと見つめる唯央里。
「私の目的は、少しサイの方針とは違うと思います」
「え……?」
「私の目的は、全人類の才能の抹消です」
雫は目を丸くし、言葉を失った。
「この世の全ての負は、才能の有無や質によって生まれています。そんなものがなければ、強者も弱者も存在せず、あなたのような人が虐げられ酷い目にあうこともない。生まれてきたことを悔やむ人間などいなくなる。
全員が、平等に幸せを享受できるのです!
雫さん!あなたの過去のような辛く残酷な思いをする人間もいなくなるのですよ!」
真剣な眼光で、雫の手を握ったまま訴えかけるように言う唯央里に、雫は時が止まったようになった。
「この国の再建、私はそのためなら手段を選びません。
兄の組織…つまり国の組織系統自体を全て潰すこと、弱者を虐げる類の人間を全員抹消すること、自分の命を差し出すこと、どれも躊躇なくします」
唯央里は尚もキッパリとした物言いで言った。
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