第96話 永遠のお別れかも



ー 東京、日本橋 方面 ー



モトキ、椛、町野姉妹があたっていた。


モトキのタトゥー使役スキルと椛の動物使役スキル、そして町野姉妹の量産型スキルは、かなりの広範囲でも楽に手早く対処することが可能だ。


そのため、このエリアを一掃するまであまり時間はかからなかった。



「うわぁ……椛ちゃん……にゃんこたち…集めすぎだと思うけど」


そう言う夕凪が見る目の前の光景は、まるで猫の世界だ。

あっちもこっちも猫猫猫猫……

先程まで影を追いかけ回していたが、ほぼ全て消えた今、暇になった猫たちはゴロゴロと喉を鳴らして甘えてきたりする。



「さっきまで…にゃんこ大戦争だった……」


「いいじゃん夕凪〜にゃんこちょぉ可愛いじゃん〜♡」


朝凪はさぞ楽しそうに猫たちと遊んでいる。



「なんかぁ、ここらへん、都内なのに実は野良猫が多くって、なんだかいっぱい集まってくれたんだァ〜」



「モトキくんのドラゴンみたいな馬も可愛かったよ〜」



モトキの腕には絶対に実在しないような不気味な生き物ばかりが描かれているため、それらが具現化されるとかなりの迫力がある。



「……?ん…なんか……

子供の泣き声…聞こえる気が……」


「え、猫の鳴き声で分かんないし」



夕凪が耳をすませると、異変を感じた椛が猫と視覚を共有しだした。


「あっ……!い、いるっ!」


猫を通して椛に見えてきたのは、暗闇で泣いている幼い男の子だ。


椛が一目散に走り出したので町野姉妹も慌ててついて行く。


「ここの下みたい……

聞こえるー?!今出してあげるからね!」



瓦礫を掘り起こそうと必死になっていると、ビュンッとモトキの翼の生えたゴリラのような生き物が飛んできて、一気に持ち上げ退かしてくれた。



「あ…ありがと……」


その姿を不気味に思いつつも、一応夕凪がお礼を言う。


生き埋めになっていた男児を発見し、なんとか救い出すことに成功した。


「良かった生きててくれて!

夕たんすごいねぇ、耳いいんだねぇ」


「まぁ……猫の鳴き声好きじゃないから…遮断してたら別の声聞こえた気がして」



バババッ!!



「「「?!?!?!」」」


突然、3人ともゴリラに掴まれた。

かと思えば大きな腕で抱えられ、そのまますごい勢いで大きな翼を広げて飛びはじめた。



パシュンーパシュンーパシュンー



それがスナイパーに狙われているからだと理解するのに時間はかからなかった。



「一体どこからっ」


何とか弾が当らずに動いてくれている中で、椛は急いで視覚を共有しだした。


「はっ……」


そのスナイパーの近くの電線に止まっている鳩の目を借りることができた。


「この建物は……あっちだ!」


「「どっちよ!!」」



「モトキくーん!!2時の方向!赤い建物の屋上!」


椛がそう叫ぶと、モトキは腕から大きな鷹の怪物のような生き物を出し、スナイパーの方に一瞬で向かわせた。



「うわぉっ!」


ライフルのレンズに突然迫ってきたその何かに驚き、スナイパーはビルから転げ落ちた。


が、かなり高いビルの屋上からでもその人物はスチャッと着地する。



「ひゃーやれやれ、ビックリドッキリ……おやっ?」



スナイパーは、自分が数十匹の猫に囲まれていることに気が付き、目を丸くした。

シャーッ!と威嚇し、今にも飛びかかってきそうだ。



「か、か…かわいい……」


「おい誰だ、お前」



モトキがナイフを回しながら近づいていく。



「あっ、あなたですか、先程私を落としたのは!全く!びっくりしたじゃないですか!」



プンスカしながら立ち上がった女のマントを見て、3人は顔を険しくした。






ー 白金、目黒 方面 ー



瑠真、梓美があたっていた。



「白金、パパの子会社があって、従業員も多く住んでた街なの。被害が大きくなくてよかった……」



富裕層が多く住むとされるこのエリアは、逃げ遅れて死んでいる者は見当たらない。

状況判断、行動力、移動手段等、迅速なのだろう。



「……梓美どうする。そろそろ手分けして別のエリアに移動するか?」


剣をグルグルと回し、歩きながら瑠真はそう提案する。

もともと広範囲ではなく被害も少ないここにはもういる必要はないと判断した。



「そうね…ここはもともとあまり多くの影が放たれていなかったようだし。」



「あぁ。じゃあひとまず俺は、被害のデカそうな表参道らへんへ行く。お前は、」



「ま、待って、瑠真くん」



ピタリと立ち止まり、突然呼び止めてきた梓美に振り返る。



「あの……」



「どした?」



「や、やっぱり……瑠真くんと離れるの、嫌……」



瑠真は眉をひそめてため息を吐く。



「なぁ梓美。そういうこと言うのはせめて普段だけにしてくれよ。こんなときにまでそういう態度は不謹慎にもほどがあるだろ」



「分かってるけどっ……でも……これが最後かも……」



震えている梓美に、瑠真は目を見開いた。



「このままもう二度と……会えなくなりそうな気がして……永遠のお別れかもって……」


「おい梓美!!」



瑠真は真剣な眼光で梓美を真っ直ぐ睨んだ。



「そんなことは起きない。馬鹿な妄想はよせ」



下唇を噛み、今にも泣き出しそうな梓美の頭に手を乗せ、目を逸らした。



「……行くぞ」


くるりと背を向け、また歩き出す瑠真。

梓美はその背に目を細めた。


昔からずっとずっと追いかけてきた、あんなに小さかったその背中が、いつのまにかこんなに大きく逞しくなっている……



「1つ約束して、瑠真くん……」


「んーなに」


「次会った時は、私と結婚して」



ピタリと立ち止まる瑠真。

そのまま固まって動かなくなってしまったため、梓美はゆっくりと近づいていく。


「瑠真く」


「そしたら俺は…生きてるお前にまた会えるんだな?」



その声は、なぜだか弱々しく静かで落ち着いていた。



うん……と梓美は頷いた。



「私、ちゃんと生き残って、またちゃんと瑠真くんに会いたいから」



ゆっくりと振り向いた瑠真は、いつもの凛々しい表情だった。



「分かった。結婚、するよ」



梓美は驚きと嬉しさで見開いた目を潤ませた。



その時………



グサッ!



数秒、何が起きたのか分からず、時が止まったようになった。



「っっ…く…」


梓美が膝を着くまでは。


カランッと梓美のバッドが落ちる。



「梓美!!!」



梓美の腹が刺されていた。

おびただしい血がみるみる滴り落ちるのを目にした瞬間、瑠真の背筋が一気に凍る。

ぞわっっと鳥肌がたち、呼吸が苦しくなってきた。



「っ……見ないで……瑠真く……」



瑠真の脳裏には今、いつも蓋をしているトラウマの光景が流れ込んできていた。


血の海になった家の中……

血まみれの父親、弟、部下……



「ハァ…ハァ……ハァ……ハ……ァハァッ……」



「瑠真くんっ!」



膝を落とした瑠真の頭を、梓美が抱き包む。



「大丈夫……っ……私がいるから…っ…ずっといるよ……っ…瑠真くんの隣…」



ハッとした瑠真の震えが止まる。


その言葉は、その温もりは、あの時と全く同じだった。



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