第34話 悪役王子、成り行きを見守る
「何の騒ぎでしょう?」
シフォンが俺の隣で不安そうに呟く。
ユースティア城の大広間に集まった貴族たちは、ある二人の少年少女を囲むように見守っていた。
「ミュリエル、お前との婚約は破棄する!!」
おうおう、やってらあ。
俺は周囲に聞こえないよう、シフォンにこっそり耳打ちする。
「シフォン先生、ユースティア王を呼んできてください」
「え? わ、私がですか?」
「だって俺、事の成り行きを見たいですもん」
「野次馬じゃないですか!!」
気になるもんは仕方がない。
だって『ドラゴンファンタジア』の本編では時間軸的に見られないイベントの一つだからな。
さてさて、どうなることやら。
「婚約破棄、とはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ。貴様のような愛想の無い人間と添い遂げることなど僕には出来ない」
「私と殿下の婚約は、私の父であるサイフォン大公と国王陛下の契約です。その契約を破棄する権利は私には無論、殿下にもありませんが」
「知ったことか。僕はいずれ国王となる身だ」
いやー、それなら国王になってから離婚した方が良かったんじゃない?
そもそも今回の集まりは君の結婚式だよ?
その結婚式で「やっぱり結婚しない!!」とか王家に一生語り継がれるような恥だと思うんだけど……。
アレクは十四、五歳くらいだろうか。
多感な時期に親の決めたことへの反抗心とか抱いちゃうのは分かるけどね。
「まったく、あの馬鹿が。これならばお前さんみたいに下半身ゆるゆるの方がまだマシだ」
「……」
いつの間にか俺の隣に国王陛下が立っていた。
足音一つ、気配一つ発さないで事の成り行きを見守っている。
というよりは、アレクが何をしようとも静観する腹づもりでいるらしい。
見てないでミュリエルを助けてやって欲しいのだが。
なんて考えていると、ミュリエルがこちらに視線を寄越した。
より正確には俺の隣に立つユースティア王を見ている。
そして、再びアレクに視線を戻す。
「殿下の要求は私との婚約破棄、ということでしょうか?」
「そうだ、何度も言っているだろう」
「……分かりました。では私から父に伝えておきます」
「ふん。流石のお前でも、公の場では逃げられないようだな」
いやあ、どうだろ? 逃げられないというか、逃げなかったというか。
王子との婚約を破棄ってなったら、どういう事情があるにせよ、ミュリエルはその後の婚活に少なからず苦労するはずだ。
しかし、公の場で王子側が正当な理由も無く婚約を破棄しろと言い出したら?
ミュリエル本人がアレクをどう思っているのか分からないが、婚約破棄のタイミングとしてはミュリエルが不利益を被ることはない。
うん、ミュリエルが何度殴られても婚約を破棄しなかったのはそのためだな。
この時を待っていたのだろう。
ミュリエルが王子と婚約したのは好きだったからとかではなく、大公家の娘に生まれたが故に使命感からだったと本編で言ってるし。
あくまでもミュリエルにとって大切なのは、国と民が安寧を得ること。
いずれ王妃となる人物がミュリエルでなくとも、国が平和ならそれで構わないという考え方だったはずだ。
アレクがニヤリと笑う。
「だが、お陰で僕はお前よりも愛しいと思える人に想いを告げることができる」
「はあ、そうですか」
そう言うとアレクはミュリエルから視線を外し、すぐ近くに立っていたティエラを見つめる。
「ティエラ・アルカディア様、僕と――」
そうそう。
ここで王子はティエラに告白して結婚、王国がめちゃくちゃになるんだよなあ。
「付き合って――」
「ごめんなさい、アレク殿下」
「え?」
……ふぁ?
あ、あっれー? たしかここでティエラがオッケーして国がえらいことになるはず。
俺が原作とは違う展開に困惑していると、ちらっとティエラがこっちを見た。
そして、ぱちっと可愛らしくウィンク。
え? 何? 今のウィンクってどういうことなの!?
「おい、フェイリスのせがれ。まさかティエラ殿に手を出したのか?」
「え? あ、いや、えっと、ち、違いますよ?」
「……出したんだな。まあ、身体の関係だけなら問題はないが、本気にはなるなよ?」
ユースティア王が物凄く微妙な顔をしている。
ティエラは前ユースティア王の愛人、正妃の死後一時的に妃の座に収まった人物だ。
つまり、血は繋がっていないものの、現ユースティア王の母に当たる。
そりゃ微妙な顔もしますわな!!
「彼女を辺境に追いやったオレが言うのも何だがな、色々な事情があって可哀想な人なんだ。その事情を解決できない奴が本気になっても、何も良いことなんざない」
ユースティア王が物憂げに言う。
……もしかして、ユースティア王はティエラの身にかかっているサキュバスの呪いを知っている?
だとしたら、辺境に追放したのは何らかの理由があったのだろうか。
いや、冷静に考えてみたら分かることだ。
こうしてアレクとミュリエルの結婚式に招かれている時点で、ユースティア王自身はティエラを嫌っていないのだろう。
難しいな。難しくて考えるのが嫌になったので、考えるのを止めよう。
「そ、そんな、どうして……。ぼ、僕はいずれこの国の王になるのですよ!!」
「気持ちは嬉しいわ。でもごめんなさい。私、気になっている人がいるの」
「な……」
おっふ、秒速失恋じゃーん。
他人の不幸は蜜の味というが、中々どうして悪くない。
「あー、コホン」
と、そこでようやくユースティア王が存在をアピールするように軽く咳払いをした。
アレクがユースティア王に気付く。
「ち、父上……」
「皆の者、うちの愚息が失礼したな。結婚式は中止だ。パーティーが終わったら、各々帰っても良いぞ。アレク、お前は後で話がある」
「は、はい」
結婚式は中止だが、パーティーは続行。
しかし、微妙な空気になって居心地が悪くなったのか、解散する者もちらほら。
「あ、このお料理美味しいですね」
「はあ。ソフィアお姉様とお話したかった……」
「私からソフィア嬢に伝えておきますよ、ナタリア嬢」
「っ、シフォン様、貴女いい人ですのね!!」
シフォンとナタリアが女の子二人で盛り上がっている。
男が混じりにくい、あの独特な雰囲気の盛り上がり方だ。
いつの間に仲良くなってんだ……。
「ん? あれは……」
ふと視界の端で、ミュリエルが大広間から出て行く姿が見えた。
……婚約破棄した後、ミュリエルは主人公の仲間になって結ばれる。
しかし、婚約破棄されて主人公の仲間になるまでの間、彼女は何をしていたのだろうか。
気になる。
少し野次馬根性を発揮して彼女の様子を見に行こうかな。
シナリオを知ってても可哀想だし。
いや、本人は別に自分を可哀想だとは思ってないかも知れないが。
俺はミュリエルの後を追って、パーティー会場を後にした。
――――――――――――――――――――――
あとがき
作者「他人の不幸は蜜の味。人は他者を見下して、自分が最底辺ではないことを確かめ、安心するのだよ」
アノン「なんかあった?」
「こりゃティエラに狙われてるわ」「アレクざまあ」「ミュリエルはどうなるのか」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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