第38話 悪役王子、クイーンを倒す





 大きなベッドの上で眠っていたクイーンサキュバスが目を覚まし、俺の目を見つめてくる。


 その緋色の瞳を見ていると、無性に心臓がドキドキした。



「……よく来た……妾は……イザリス……淫魔たちの女王……汝の……名は……?」


「アノン・フェイリス、です」


「ん……アノン……妾の隣に……来るが良い……」



 俺は言われるがまま、イザリスの隣にゆっくりと移動した。


 逆らえない。


 言葉の一つ一つが俺の脳に染み込んできて、思わず従ってしまうのだ。


 イザリスが囁きかけてくる。



「そのまま……妾に……汝の……すべてを……見せよ……」


「は、はい」



 俺は服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。


 当然、俺のエクスカリバーも丸出しで、それは痛いくらいに鋭くなっていた。


 イザリスが聖剣を指先で優しく撫でる。



「……形……大きさ……太さ……及第点を、やろう……」


「うっ、ど、どうも」


「アノン……アノン……妾に……顔を見せよ……」


「へ? んむ!?」



 イザリスに顔を向けると、彼女は俺の唇を無理矢理奪ってきた。


 そして、その次の瞬間。


 ドクンッ!! と俺の心臓が激しく鼓動し、エクスカリバーがその力を解き放つ。



「……味も……及第点……ふむ……」


「はあ、はあ、な、なんだ、今のは……」



 ただキスをされただけなのに、頭の中が真っ白になってしまった。


 まずい。本当にまずい。


 今のはそう何度も喰らったら、流石の俺でも耐えられない。


 下手すれば死――



「……不合格……」


「え?」


「……妾の……夫となるには……物足りぬ……」



 そう言うと、イザリスは俺に興味を失った。


 夫になる資格とか何とか言われて驚いたが、物足りないと言われるとそれはそれでムカつく。


 しかし、イザリスのお眼鏡に叶わなかったということは用済みということ。


 まずい。追い出されるだけならまだしも、いきなり殺される可能性も……。



「クイーン」



 その時、側に控えていたエルマが口を開く。


 イザリスがちらりとエルマの方に視線を向けると、彼女は面倒そうに眉を寄せた。



「クイーン。一度でも味見したならば、最後まで食してこそサキュバスというものです」


「……むぅ……あい分かった……人間……」


「は、はい」



 名前呼びから人間呼びになってる。何だろう、無性に悔しい。


 そんなことを考えていると。



「……汝に……極上の死を……くれてやろう……」



 そう言うと、イザリスは俺に向かって腕を大きく広げた。


 ……駄目だ。ここで戦っては駄目だ。


 そもそも相手はサキュバスであり、ベッドの上で戦ったらまず勝てない。


 だから、戦ってはならないのだ。


 だがしかし。



「……汝に……拒否する……資格無し……」



 抗えない。逆らえない。


 俺は負けると分かっている戦いに挑み、エクスカリバーを振るった。



「うおおおおおおおおおおおッ!!!!」


「……ん……」


「くっ、俺を、無視するなあッ!!!!」



 勇猛果敢に挑む。


 多くの女性を打ち倒してきた俺のエクスカリバーが持つ力は、並大抵のものではない。


 しかし、イザリスは俺に興味を示さなかった。


 それはまるで、そう、食卓に並ぶ食事に向けられる程度のもの。


 何なら「またパンか」みたいな飽きのようなものを感じているのだと分かってしまう。


 それが、悔しい。


 一人の男として、その扱いが無性に悔しかった。



「俺を見ろッ!! このッ!! ぐっ」


「……ん……」



 エクスカリバーが何度もその力を解き放つが、一向にイザリスは興味を示さない。


 俺のエクスカリバーは、本物の聖剣ではなかったのだろうか。


 ソフィアやシフォン、マーリン、ティエラやミュリエルでさえも鳴かせてみせた俺のエクスカリバーは、偽物だったのだろうか。


 男としての自信すら失ってしまいそうになる。



「ぐっ、うぅ」



 負けない。負けたくない。


 しかし、いくら心の中でそう思っていても、現実とは残酷なもの。


 俺がイザリスに、クイーンサキュバスに勝てる道理など無い。


 イザリスの力によるものか、俺はいつしか自らの生命力そのものをエクスカリバーの力に変換してしまい、戦っていた。


 このままでは全ての生命力を使い果たし、彼女の腕の中で死ぬだろう。


 走馬灯が見える。


 ソフィア、シフォン、マーリン、ティエラ、ミュリエル……。


 最初に思い出したのは、甘い一時を過ごした美少女美女たちだ。

 次に思い出したのは父上や騎士団長、そして悪友のような関係を築いたリンデン。


 リンデン……。そうだ、リンデンだ!!



「う、ぐおおおおおおおおおおおおッ!!!!」



 俺は最後の力を振り絞って、インベントリから小瓶を取り出す。


 リンデンから受け取った精力剤だ。


 三滴まで良い、それ以上飲めばエネルギーを充填する速度に吐き出す速度が間に合わず、玉が破裂してしまうという恐ろしい一品。


 俺はその精力剤を、一気に飲み干した。


 これこそが、イザリスを打倒して現状を打ち破るための唯一の方法だ。


 今、俺の吐き出す速度は圧倒的に早い。一か八かの賭けだが……。


 やるしかない!!



「……ん……?」



 イザリスが違和感を感じ取ってか、再び俺に視線を向ける。


 しかし、もう遅い。


 俺は今や人ではないのだ。理性と知性を捨て去り、本能のままに戦うバーサーカー。


 いや、それではいつも通りか。


 今の俺は本能と生命エネルギーにものを言わせて暴れ狂う、ベルセルク。


 俺の聖剣はより強靭かつ強大な、魔剣へと変質した。

 もう目の前のクイーンサキュバスとて、俺の敵ではない。



「……な、汝っ……何をしたっ……?」


「クイーン? いかがされました?」


「エルマっ……この人間……アノンは、危険……すぐに殺し――ッ!!!!」


「クイーン!?」



 エルマがイザリスを心配し、剣を片手に天蓋カーテンを捲ってきた。


 しかし、彼女の動きは暴れ狂うベルセルクを見てピタリと止まってしまう。



「なっ、こ、これは……」


「エル、マっ……た、助けっ……」


「エルマだったな!! 次はお前をやっつけてやるからそこで待ってろ!!」


「は、はいっ」



 エルマは剣を落とし、ただ俺とイザリスの戦いを見つめている。


 主であるイザリスを助けようとせず、あまつさえ俺の命令に従うとは。


 イザリスが可哀想だった。


 しかし、慈悲は無い。俺を馬鹿にしたのだ、思い知らせてやらねば。


 俺はイザリスの好物である命の源を何度も彼女に注ぐが、戦いは終わらせない。


 イザリスが謝罪の言葉を口にしても、夫として認めるなどと宣おうとも、魔剣を振るうのを欠片も止めない。



「……なんじ……しゅごい……」


「やっと思い知ったか、イザリス」


「……は、はひ……もう、なんじには……さからわぬ……」


「よしよし、分かればいい!!」



 俺がほんの僅かな理性を取り戻した時、イザリスはベッドの上でぐったりしていた。


 しかし、まだまだ精力剤の効果は続いている。


 次に戦う相手を求めて、俺はすぐ側にいたエルマへと視線を向けた。



「次はお前だ」


「は、はいっ」



 俺は玉が爆発してしまう前に、獲物を見つけて戦いを挑む。


 しかし、エルマはイザリスよりも倒し甲斐が無かった。


 すぐに敗北を認め、俺の軍門に降ってきたのだ。


 俺は二匹の淫魔を倒した後、館を飛び出し、サキュバスの街に繰り出した。


 サキュバスたちからすれば、きっと俺は平和な街に降って湧いた凶悪なモンスターなのだろう。


 一部はパニックになって逃げ惑っていたが、俺は誰一人として逃さなかった。






――――――――――――――――――――――

あとがき


作者「怒られる……これは流石に怒られる……」


アノン「ならなんで書くんだよ!!」


作者「いや、しかし、全て戦闘描写だと言い張れば……セーフだ!!」



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