第37話 悪役王子、サキュバスの街に行く




 サキュバス。


 それは男から精を奪い取り、殺してしまう恐るべき生き物。


 中には気に入った男をペットとして飼育するサキュバスもいるらしいが、それは極稀だ。


 大抵は搾り殺されてしまう。



「貴様をクイーンがお呼びだ。拒否権は無いぞ」



 目の前のサキュバスが俺を見下ろしながら言う。


 クイーンというのは、十中八九ティエラに呪いをかけた魔王軍幹部のサキュバスだろう。


 まさかティエラの呪いを解いたことを感知されてしまうとは。

 杖があったら抵抗もできたが、無いものは仕方がない。



「……分かりました。ただ、彼女たちには危害を加えないでください」



 サキュバスにとって男は食事であり、性欲を満たすための不可欠なものだ。


 しかし、女は違う。


 いてもいなくても大して変わらない、むしろ自らの食事の邪魔をしかねないもの。


 場合によっては殺してしまうかも知れない。


 それがサキュバスにとっての人間の女の子なのだ。

 ティエラとミュリエルがサキュバスに殺されるとか冗談じゃない。


 もう大分手遅れかも知れないが、シナリオが変わってしまうからな。


 何より……。


 一度抱いた女の子を見捨てるとか、流石にそこまでゲスに成り果てた覚えは無い。



「……良いだろう。元々、女など興味もない。貴様がそれで大人しく付いてくるなら、見逃してやるとも」


「ありがとうございます」


「では付いてこい」



 そう言うと、エルマと名乗ったサキュバスは空間魔術と思わしきもので俺の隔離空間に穴を開けた。


 我ながら完成度の高い隔離空間だったのだが、ここまであっさり穴を開けられると流石にショックというものだ。



「どうした? 早く来い」



 俺はエルマの後ろに付いて、抉じ開けられた穴を通った。


 穴の向こう側は真っ暗な空間が続いており、目の前をエルマが歩いていなかったら自分がどこにいるかも分からなくなりそうだ。


 それにしても。



「……なんだ? 私の尻が気になるか?」


「っ」



 俺のまじまじとした視線に気付いたエルマがからかうように言う。


 ふむ、逆に訊こうじゃないか。


 歩く度にぷるんぷるん揺れるお尻があって気にならないことがあるか?


 しかし、相手はサキュバス。


 欠片でも心を許そうものなら確実に喰われる。性的にも、生命的にも。



「着いたぞ」


「っ、こ、ここは……」



 暗闇を抜けた先には、街があった。


 むせ返るような甘ったるい匂いで満ちた、サキュバスたちの街が。


 右を見ても左を見てもサキュバスがいて、ロリサキュバスからお姉さんサキュバスまで見事に揃っている。


 こ、これは……。



「ここはクイーンが治めるサキュバスの街。訪れた人間は貴様が初めてだ、光栄に思え」


「は、はい」



 まじっすか。


 どこに連れて行かれるのかと思ったが、まさかここだとは。


 いや、考えてみればクイーンサキュバスのところへ連れて行くと言われた時点で、想像して然るべきだった。


 サキュバス街。


 ゲームでは名前だけ登場する街で、その名の通りサキュバスたちの街だ。


 この街を治めるクイーンサキュバスは魔王軍の幹部であり、唯一主人公が討伐するに至らなかったボスキャラである。


 何故ならそのクイーンサキュバスは、基本的にこの街から出て来ないのだ。


 そもそもクイーンサキュバスは魔王の人類抹殺には反対しており、いわゆる穏健派と言っても過言ではない。


 まあ、それも人間の男に対してのみ。女はどちらでも良いというスタンスなのだ。


 そのクイーンサキュバスが俺に何の用なのか。



「見て見て!! エルマ様が連れてる男の子っ」


「可愛い〜!! 童貞くんかな?」


「うーん、あの見た目でテクニシャンだったら逆にそそるかも!!」


「でもどうして人間がここにいるのかしら?」


「エルマ様が連れてるってことは、クイーンにお目通りするんじゃない?」



 物騒な会話が至る所から聞こえてきた。


 道行くサキュバスたちは俺を舌舐めずりしながら見つめてきて、妙に緊張してしまう。


 好奇の視線に晒されながら辿り着いたのは、街の中央に位置している館だった。



「あれー? エルマたいちょー、その子は?」



 その館の門の前にサキュバスが一人。


 エルマと同じビキニアーマーを装備しており、仕草がいちいち色っぽい。



「む、メイか。門番ご苦労。こいつはクイーンが人間の女に施した呪いを解いた男だ」


「え、まじですか!? へぇー? ふーん? ほぉーん?」


「ど、どうも」



 メイと呼ばれたサキュバスが俺を上から下まで舐め回すような目で観察してくる。


 そして、ニヤニヤと意地悪そうに笑った。



「かわいそー。クイーンに目を付けられるとか、もう生きて帰れないよー?」


「……」


「知ってるー? クイーンはねー、狙った男は魂まで食べつくしちゃうんだよー? あたしら普通のサキュバスは骨と皮くらいは残すけど、クイーンはそれも食べちゃうの。あ、バリバリむしゃむしゃするわけじゃないよー? 骨も皮も生命エネルギーに無理矢理変換してぇー、君の竿から搾り取るのー」



 うーむ。何気に俺って、ピンチ?


 杖無しでの空間魔術の行使は命の危険があるが、脱走は不可能ではないだろうし、チャンスを窺っておこう。



「メイ、私語は慎め。下手に怖がらせて味が落ちたらどうする」



 あ、俺ってもう完全に捕食対象なのか!!


 これはやばいな。


 サキュバスの外見がどえろい女の子ばかりだから油断してたが、そもそもサキュバスは男を貪り食らう存在。


 早々に逃げないと殺され――



「ここにクイーンがいらっしゃる。ああ、逃げようとしても無駄だぞ。この館には空間遮断結界が張ってあるからな」



 エルマに言われてから気付いた。


 空間魔術を使おうとしても、何らかの力に掻き消されてしまう。


 インベントリはごく短時間だけなら開くことができるみたいだが、空間魔術を使った脱走は難しそうだ。


 どうやら俺は完全に逃げ場を失ってしまったらしい。


 内心で焦りながらも辿り着いたのは、館の最奥にある部屋。


 エルマがその部屋の戸をコンコンと軽くノックしたが、中から返事は無い。


 しかし、エルマはその扉をゆっくり開いた。



「失礼致します、クイーン」



 え、入っていいの? 返事とか無かったよ?


 と思いながらもエルマの後に続いて入室すると、部屋には天蓋付きの大きなベッドが一つ。


 エルマは静かにそのベッドへ近づくと、その天蓋カーテンを捲り、俺に中へ入るよう促してきた。


 俺は脱出の算段を立てながらも、緊張を胸にカーテンの向こう側を覗く。


 ゲームには名前しか登場しなかった魔王軍幹部の、クイーンサキュバスがどんな姿をしているのか気になってしまったのだ。


 すると、そこには。



「すぅー、すぅー」



 静かに寝息を立てている美女が一人。


 色々と大きな美女だった。ああ、大きいというのは胸に限った話ではない。


 なんというか、とにかくデカイ。身長が。


 横になっているから分かりにくいが、2m近くあるのではないだろうか。


 頭から生えている角は立派で、漆黒の翼や表面のざらざらしている尻尾を腰の辺りから生やしている。


 きめ細やかな白金色の長い髪は美しく、思わず見惚れてしまう程だった。



「クイーン」



 エルマが呼びかけると、その淫魔が目を覚ます。


 緋色の瞳がゆっくりと開いて、一度俺を真っ直ぐ見つめた。


 思わず心臓がドキッとする。



「ん……んぅ、エルマ、か……」


「例の人間を連れて参りました。その人間の男です」


「……そうか……そなたが……妾の夫たりえる資格の持ち主、か……そうか……」


「え?」



 今、なんて言った?







――――――――――――――――――――――

あとがき


作者「わいも死ぬまでにはサキュバスの街に行きたい」


アノン「いや、まあ、うん。気持ちは分からんでもない」


作者「そして魂まで食べられたい」


アノン「ごめん、それは分からん」



「サキュバスの街とか死ぬ前に行きたい」「この主人公はいい加減エクスカリバー折れろ」「魂まで食べられたい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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