第29話 悪役王子、誘惑に屈する




 蒸気車が牽引する馬車の中。


 ほのかに甘い匂いがする密室で、俺は絶世の美女と二人きり。


 俺の心臓は緊張と焦りと興奮でドキドキだ。



「まあ、あのフェイリスの王子様だったのですね」


「えっと、は、はい」



 どうしてこうなった。


 いや、理由は分かっている。


 ティエラに「お話相手になってくださらない?」と言われたことが原因だ。


 俺は色気ムンムンの未亡人に言われて断ることが出来なかった。

 シフォンは完全にダウンしており、リンデンは運転中。


 生き残った僅かなティエラの護衛は蒸気車に乗り込み、密室で美女と二人。


 やっべーよ。


 目の前の女がやべー女だって知ってても俺のエクスカリバーが暴走しそうだよ。



「……ごくり」



 俺は思わずティエラの胸を見る。


 デカイ。ソフィアもかなり大きいが、目の前の美女はそれ以上。


 いや、落ち着こう。


 彼女は『ドラゴンファンタジア』でもソフィアに並ぶ悪役だ。


 貴族の青少年を誘惑し、彼女を取り合った末に大国であるはずのユースティアを滅亡寸前まで追いやる、まさに傾国の美女である。


 明確な描写は無かったが、ティエラの好みは十代半ばの少年だったはず。


 ……あれ? 俺って今、十三歳だよな? もしかしてターゲットゾーンに入ってる?



「ふぅ。それにしても、今日は暑いですね」


「へあ? そ、そうですか?」


「ええ、とっても」



 ティエラが服の胸元を摘んでぱたぱたと仰ぐ。


 元から少なからず胸元が露出していたこともあり、たわわな果実が今にも零れ落ちそうだ。


 あっ、谷間にほくろがある……。


 馬車内に充満する甘い匂いが、心なしか強くなった気がする。



「あら、どこを見ていらっしゃるの?」


「っ、べ、別に、どこも見ておりませんが!!」


「うふふ、別に怒っておりませんよ」



 しまった、視線を気取られた。


 俺は慌てて誤魔化すが、ティエラは口元を手で隠し、くすくすと妖艶に笑った。

 その仕草一つ一つが、無性に男心をくすぐってくる。



「わたくし、自分の容姿は理解しているつもりですの。アノン殿下も立派な殿方。興味があるのは仕方のないことですわ」



 なんかエロい!!


 くっ。出発前、ソフィアに俺のエクスカリバーから聖なるエネルギーを根こそぎ搾り取ってもらったばかりなのに!!


 もうフルチャージしちまった!!


 ていうかそもそも、どうしてティエラがここにいるんだ!!


 彼女はたしか、ユースティア王国の王子の結婚式に参列し、そこで王子に一目惚れされ、王子はその場で婚約者との結婚を中止。


 結婚式をぶち壊してしまうはず。


 ……ん?



「あっ」



 俺が向かってる結婚式が、その結婚式か!!


 なるほど、ならば納得だな。ゲームの史実に沿ってるわけだし。


 って、ちがーう!!


 冷静になってる場合じゃない!! あ、いや、冷静になるところか。


 とにかく今はエクスカリバーが暴走しないよう精神を統一せねば。

 そうだ、素数を数えよう。素数は孤独な数字とどこかの神父も言ってたし。


 俺が心の中で素数を数え始めた、その時だった。


 ガタッと馬車が大きく揺れた。


 おそらくは馬車が大きめの石にでも躓いて跳ねたのだろう。


 その揺れで、ティエラはよろめいた。



「きゃっ」


「あ、危ない!!」



 俺は咄嗟にティエラを支える。


 ああ、先に言っておく。これは不幸な事故だったのだ。決してわざとではない。


 ティエラを支えた拍子に、彼女の大玉スイカを鷲掴みにしてしまった。


 指がどこまでも沈み込む。なんじゃこりゃ。


 マシュマロなんてもんじゃねーぞ。スライムだ。たぷたぷスライムだ。



「んっ、アノン殿下ったら。余程この胸が気になっていたのですね」


「え、あ、す、すみません!!」



 俺は咄嗟にたぷたぷ大玉スライムから手を離し、謝罪する。


 すると、ティエラは決して怒るわけでもなく、ただ優しく笑った。



「いいえ、ありがとうございます。お陰で怪我をせずに済みました。何かお礼をさせてくださいな」


「お、お気になさらず。さ、支えただけですし」


「遠慮なさらないで? 何でも言ってください。わたくしにできることであれば、本当に何でも致しますよ?」



 ああ、分かっている。これは完全に誘惑してきている。


 駄目だ。


 このティエラという女は蜘蛛だ。巣に絡まった獲物をじわじわと食べる捕食者。


 ここできっぱりと断らないと、絶対にまずい。 



「んっ」


「……え?」



 不意を突くように、ティエラが口づけしてきた。



「うふふ、アノン殿下が可愛くて、ついキスしてしまいました」


「あ、ま、待ってください、俺には婚約者が……」

 

「あら……。なら尚更いけない人ですね。ココ、こんなに硬くして」


「ちょ、さ、触るのは……」


「先にわたくしの胸を触ったのはアノン殿下ですよ?」



 ティエラが妖艶に微笑む。


 俺の中の理性が徐々に蒸発していくのが分かる。


 気が付けば、俺はティエラを押し倒していた。



「あら、強引ですこと」


「はあ、はあ、さ、誘ってきたのは、そっちですからね!!」


「うふふ。ええ、そうです。誘ったのはわたくし。悪いのは全部わたくし。だから今だけ、素直になってしまいましょう?」



 ごめん、ソフィア。帰ったらティエラにした以上するから、許してくれ。


 俺はここにはいないソフィアに心の中で謝罪しながら、ティエラと肌を重ねた。



「んっ、慌てなくても良いのですよ、アノン殿下」



 余裕の表情を見せるティエラ。


 まさに百戦錬磨だった。

 きっと俺のような男を誘惑しては貪ってきたのだろう。


 俺はソフィアやシフォン、マーリンを相手にして習得したいくつもの特技を用いて、二つのたぷたぷスライムに顔を埋めながら応戦する。



「んくっ、い、意外とお上手ですね」



 ティエラが平静を装って言う。


 しかし、ああ、いくら百戦錬磨と言っても、俺も負けてはいない。


 何故ならアノンという悪役は、下半身がだらしない男だからだ。

 それが毎日毎日、ソフィアという最高の女の子と夜を過ごしているわけで。


 とどのつまり、俺も百戦錬磨ってこと。



「んお゛っ、ま、まっれ、い、いまは――」



 ティエラはたしかに強かった。


 しかし、精力剤を飲んでバーサーカーと化したソフィアほどではない。


 俺の――勝ちだ。



「はあ、はあ、はあ……。このわたくしが、年下の男の子に負けてしまうなんて」


「うっ、す、すみません、疲れたので寝ます……」


「あら。うふふ、終わったら自分は寝ちゃうなんて、ひどい子ですね」



 そう言いながら、ティエラが俺の頭を優しく撫でてくる。


 それが心地良くて、俺は深い眠りに落ち……。



「……アノン殿下なら、わたくしの身にかけられた呪いを解いてくださるかも知れないわね……」



 そんな呟きが聞こえてきた。


 ああ、そう言えば、ティエラって魔王軍の女幹部であるクイーンサキュバスから呪いを受けてるんだっけ。


 今、思い出した。


 そうだった。ティエラはヤらなきゃ死ぬ呪いを受けているんだ。


 その呪いを解くためには、若い青少年の生命エネルギー、白いエキスが必要だった。


 くっ、この少しずつ物事を思い出すのは何なんだ。

 まるで封印されていた記憶が、切っ掛けと共に解放されているような……。


 そんな、目が覚めたら忘れてしまいそうな違和感を胸に抱きながら、俺は眠りに落ちた。







――――――――――――――――――――――

あとがき


作者「誘惑と分かっていて屈する主人公(笑)」


アノン「そしてそれを書いている作者(笑)」


作者&アノン「(#^ω^)」



お知らせ

更新を二日に一話にします。次話の投稿は12/9です。


「たぷたぷスライムをお持ちのお姉さんなら屈しても仕方ない」「下半身ゆるゆる」「あとがきで喧嘩すんな」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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