第35話 悪役王子、焦らし焦らされ



 パーティー会場を出たミュリエルが向かった先は、ユースティア城の敷地内にある広大な庭園だった。


 広すぎて迷子になりそうだが、ミュリエルの足に迷いは無い。


 道をはあくしているのだろう。


 俺は自分が迷子にならないよう注意しながら、ミュリエルの後を追った。


 しばらくして、ミュリエルは大きな噴水のある広場に出た。

 その噴水の前にあるベンチに座って、ただぼーっと空を見上げている。


 なんだ? 一人になりたい時間って奴か?


 そんなことを考えながらミュリエルの様子を見守っていると、彼女は小さく溜め息をして一言。



「付いてきているのは分かっていますよ」


「っ」



 どうやらミュリエルは俺に気付いていたらしい。



「……いつから気付いてました?」


「……本当にいるとは」


「え? 気付いてたんじゃ?」


「まさか。でも、婚約者に捨てられた私を面白がって誰かが来るだろうと思っていました。まさかアノン殿下とは思いませんでしたが」



 うわー、完全に釣られちまった。


 俺が地味にショックを受けていると、ミュリエルは自嘲気味に笑って言う。



「何かご用ですか? ここには捨てられた哀れな令嬢しかいませんよ」



 どこか棘のある、攻撃的な物言いだった。


 俺はその言葉であることを考え、率直に聞いてしまった。



「ミュリエル嬢は、あの王子のことがお好きなのですか?」


「……何を、急に……」


「そう言えば以前、王子との仲について聞いた時、王子から嫌われているとは言っていましたが、貴女本人のことは何も言ってなかったと思いまして」


「……変でしょう?」



 そこでまたミュリエルが自嘲気味に笑う。



「どんなに酷いことを言われても、暴力を振るわれても、好きという気持ちが消えないんです。でも、これで良かったとも思うんです」


「何故?」


「私と結婚しても、アレク殿下は幸せになれないでしょうから」



 いやー、どうだろ? たしかにシナリオ通りにティエラと結ばれたら幸せっちゃあ幸せだってろうけど。


 それはそれで最終的にユースティアが破滅に向かうわけだからなあ。



「アノン殿下は、幼い頃のアレク殿下に似ています」


「え?」


「優しくて、女の子を勘違いさせるようなことばかり言う。でもアレク殿下は、周囲からのプレッシャーに耐えられず、変わってしまった」



 えぇ、あの王子って昔は優しかったの? そこに驚きなんだけど。


 そんな呑気なことを考えていた、その時。


 ドクンッと心臓が強く鼓動したような感覚に陥って、俺はミュリエルの隣に座り、口が勝手に動いてしまう。


 これは、あれだ。


 俺の身体の制御がアノンに渡ってる!! ソフィアを口説いた時と同じだ!!


 なんで!?


 いや、冷静に考えてみたら、目の前に失恋したばかりの美少女がいる。


 アノンなら口説くわな!!



「ミュリエル嬢は、素敵な人ですね」


「……素敵? どこがです? 好きな人を縛り続けた醜い女ですよ」


「それが素敵だって言ってるんです」


「……え?」



 ええい、なるようになれえっ!!



「好きな人を想い続けるって、結構難しいんですよ?」


「……そうでしょうか?」



 ま、俺はソフィアのことが大好きだけどな!!


 もちろん、シフォンも大好きだし、マーリンも大好きだ。


 毎日代わる代わるヤりまくってしまう程に。



「ミュリエル嬢のような一途な女性に好かれていることを知りもせず、貴女を一方的に捨てたアレク殿下を、僕は許せないです」


「……アレク殿下のことは、悪く言わないでください」



 とても言いにくそうに、申し訳無さそうに言うミュリエル。


 好きな人を悪く言われるのは嫌なのだろう。


 アノンはここからどうやってミュリエルを口説くというのだろうか。



「ミュリエル嬢のそういうところが、僕は大好きですよ」


「な、何を……」


「どんなに酷い捨てられ方をしても、相手を想えるミュリエル嬢の、そういうところが」


「っ」



 いつも表情を見せないミュリエルが、頬をかすかに赤くした。


 お、おお、やるなあ、アノン。


 しかし、アノンの次の一手に俺はさらなる驚愕をする。

 アノンがミュリエルの唇を奪ったのだ。



「……え?」


「すみません。ミュリエル嬢が可愛くて、ついキスしてしまいました」



 忘れがちだが、アノンは顔が良い。


 そんじょそこらの男がやったら通報されて一発でアウトだろう。


 アノンだからこそ許される所業だった。



「あ、え、い、いえ、その、お気になさらず」



 ミュリエルが動揺し、視線が泳ぐ。


 それを見てアノンが行けると思ったのか、ニヤリと笑った。


 と、そこでタイムリミット。


 俺の中のアノンが鳴りを潜め、肉体の主導権が俺に返ってきた。


 どーすんのよ、この空気!!


 いや、落ち着こう。ここはクールに去ろう。まだ慌てる時間じゃあない!!



「では、俺はこれで」


「え、あ、は、はい……」



 まるで何かを期待していたように、ミュリエルが俺を見つめてくるが、俺はその場から急いで離脱した。


 あ、あれ? これなんか、俺が口説くだけ口説いて焦らしてるみたいになってる?


 いや、大丈夫。大丈夫なはずだ。


 しかし、まずいぞ。

 女の子とキスして俺のエクスカリバーがエネルギーの充填を完了してしまっている。


 急いでシフォンを大広間から連れ出して、そのままベッドに向かわねば。


 もしこの状態で女と遭遇でもしようものなら、襲ってしまいかねない。


 どうか、誰とも会いませんように!!



「あら、アノン王子殿下ではありませんか」


「っ」



 声をかけられて振り向いた先には、抜群のスタイルの美女が一人。


 ティエラだった。


 胸元が大きく開いたドレスを見事に着こなしており、艶やかさと美しさが共存している。



「こ、これは、ティエラ殿。パーティーはどうしたのですか?」


「うふふ、居心地が悪くて抜け出してきてしまいました」



 ティエラがこちらに近づいてくる。


 一歩一歩、歩く度にたゆんたゆんと上下に揺れる大きな胸に、俺は視線を釘付けにされてしまう。


 思わずゴクリと生唾を飲み込む。



「それよりも、大丈夫ですか? 顔色が優れませんよ?」


「あ、あはは、平気です。ただ疲れたみたいなので、少し休もうかなと」


「あら、奇遇ですね。私も休もうと思っていたところなんです」


「そ、そうですか」


「ええ。もし良かったら……」



 ティエラが前屈みになって、大きな胸をアピールしてきた。


 そして、男の劣情を煽るような艶めかしくも美しい声で囁いてくる。



「私のお部屋で『お話』しませんか?」


「っ、そ、それは……」


「もちろん、二人っきりで」



 こんなん我慢するの無理ですやん。


 俺はティエラにホイホイと付いて行き、彼女が借りているユースティア城の一室に入る。



「ティエラ殿」



 そして、俺は後ろからティエラの身体に抱きついた。


 甘い匂いがして、歯止めが利かなくなる。



「ひゃっ、んもぅ。アノン王子殿下ったら、そういうつもりがあってお誘いしたのではありませんよ?」


「焦らさないでください。本当は欲しがってるんでしょう?」


「あらあら、うふふ。バレてしまいましたか。アノン王子殿下、ベッドはこちらですわ」



 こうして俺は、ティエラと再び身体を重ねるのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき


作者「婚約者も一目惚れした人も隣国の王子に奪われるアレク王子(笑)カワイソス」


アノン「だって女の子を殴るような輩だし」



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