第15話 悪役王子、弟子になる




 俺は魔術学園の試験に無事合格した。


 そこまではいい。良いのだ。ただ一つ、どうしても解せない疑問があった。



「あ、あの、マーリン先生?」


「師匠と呼べ、アノン」


「……師匠。俺はいつまで椅子になっていれば良いんですかね?」



 試験が終わり、各自解散した後。


 俺はそのままソフィアと一緒に下宿先の宿屋へ向かいたかったのだが、何故かマーリンの椅子にされたままだった。



「失礼ですが、マーリン先生。そろそろアノン様を解放していただけませんか?」



 ソフィアがにっこり笑顔で言う。怖い。



「……ほう。おぬし、悪魔使いか」


「っ、何故、それを?」


「見れば分かる。悪魔使いの魔力は独特じゃからのぅ。そう言えば三年程前、フェイリスに亡命した悪魔使いの令嬢がおったはず。はてさて、今はどこで何をしておるのかのう」



 うわ。この人、ソフィアがベルシャークから亡命してきたって知った上で言ってやがる。


 

「ふむ。実を言うと、儂は悪魔に興味があってな。おぬしも弟子にしてやる故、儂の研究に協力するのじゃ。さすればおぬしのフィアンセを解放してやらんこともない」


「……」


「おっと、力づくでアノンを救出するのはやめておいた方がよいぞ? 儂の方が遥かに強いからの」



 マーリンの言っていることは事実だ。


 このマイクロビキニロリ魔女は、ソフィアが使役している悪魔を総出で戦わせたとしても勝てないだろう。


 というか、俺が甘んじてマーリンの椅子をやっているのはそれが理由だ。


 要するに。



――動いたら殺される。



 本能とでも言うのかな。


 とにもかくにも、自分は椅子に徹してしなくてはならないという予感のようなものがあった。



「……まあよい。中々の座り心地だったぞ、アノン。定期的に儂の椅子にしてやる故、今後も励むが良い」


「どうも」



 そう言ってマーリンが俺の背中から降りる。



「アノン様、大丈夫ですか?」


「あ、はい。平気です」


「……何故、少し残念そうなのですか?」


「ギクッ。い、いえ、別にそんなことはないですよ?」



 マーリンの柔らかいお尻に座られる感触は悪くなかった、とか言えるわけない。


 言った瞬間、彼女の従える悪魔たちに襲われそうだし。



「さて、おぬしらは儂と共に来い」


「え? あの、このあと下宿先の宿に行こうと思ってたんですが……」


「ん? ああ、その心配は要らんぞ。儂の研究棟の方が遥かに安全じゃ」



 俺とソフィアは硬直した。


 実を言うと、俺とソフィアの下宿先である宿屋は結構厳重な警備になっている。


 ソフィアの身を守るために父上がこっそり手を回しており、フェイリス王国所属の護衛が常在する宿屋だったのだが……。


 どうやらマーリンはその事情を完全に把握しているらしい。



「儂の研究棟は儂の城。中の下の実力しかないフェイリスの騎士なぞに守らせるより遥かにマシじゃ」


「その中の下のフェイリスの王子がここにいるんですが。というか、やけにうちの事情に詳しいですね」


「ふん。シフォンの馬鹿弟子が久しぶりに手紙を寄越したからの。世話を焼いてやろうと思っただけじゃ。まあ、儂のお眼鏡にかなわねば無視するつもりじゃったが」



 ん? え?



「えっと、師匠はシフォン先生の先生、なんですか?」


「なんじゃ、あやつは何も言っておらんかったのか? ふん。相変わらず可愛気のない弟子じゃ」



 悪態を吐きながらも、どこか寂しそうに言うマーリン。


 それから俺たちはマーリンに連れられて、研究棟へと向かう。

 人の往来が激しい他の区画と違って、研究棟区画はとても静かだった。


 マーリンが真剣な表情を見せる。



「なんか、この区画だけ街並みが奇天烈ですね」


「住まう者の趣味が出ておるからの。流石に儂もセンスを疑うが」



 研究棟区画の建物は凄かった。


 青色とか黄色とか、金色とか銀色の建物もあった。目が痛いくらいだ。



「言っておくが、ここにおるのは儂ほどでないにしろ、魔術の深淵に望む賢者たちの住む場所じゃ。下手に立ち入ってはならぬぞ」


「……もし、立ち入ったら?」


「さてな? 気になるならやってみるとよいのじゃ。儂はその後の面倒まで見るつもりはないぞ」


「うっす、やめときます」



 マーリンがある建物の前で足を止める。



「ここが儂の研究棟兼マイホームじゃ!!」


「研究棟……」


「というより、研究塔ですね」



 マーリンのマイホームは塔だった。


 天を貫かんばかりの高さを誇る建物で、どう見ても周囲から浮いている。


 いや、というかこの塔どうなってんの?


 近づくまで『そこにある』ことに気付けなかったんだけど。



「何を呆けておる、さっさと入るのじゃ」


「あ、はい」



 塔の中に入る。

 すると、そこには別世界のような空間が広がっていた。


 どこまでも続く漆黒の空。そして、暗闇に浮かぶ無数の星々。


 更に地面では膝丈ほどの草が伸びている。文字通りの大草原だった。



「え、これは……?」


「す、凄いです、さっきまで街の中にいたはずなのに!!」



 俺が困惑し、ソフィアが満天の星空を見て感嘆した声を漏らす。


 マーリンがドヤる。



「ふふん、儂の専門は天体魔術でな。そこから派生した空間魔術を使っておるのじゃ。あの塔はこの空間を作り上げるための術式そのもので――」



 マーリンが専門的なことをつらつらと語るが、生憎と半分も理解できなかった。


 しかし、空間魔術か。


 瞬間移動とかできるようになったら、俺の基本攻撃魔術の使い方の幅が広がるな。


 敵から瞬時に距離を取って遠距離狙撃とかしてみたい。



「――とまあ、ここは儂の魔術の叡智を結集させた異空間なのじゃ!! 凄かろう?」


「はい!! とっても凄いです!! ね、アノン様!!」


「え? あ、そうですね」



 やべっ、途中から聞いてなかった。



「むふー。ソフィアと言ったな、おぬしは見込みがあるぞ。ほれ、こっちに来るがよい」


「どちらに?」


「あそこに小屋があろう? あれが儂の研究室なのじゃ。おぬしらは今日からあそこで寝泊まりするがよい」



 満天の星空、風で揺れる大草原、その中央にポツンと建っている小屋。


 なんだろう、凄く綺麗な景色だ。



「でも、ここが本当に安全なんですか?」


「うむ。本来、ここに到達するにはあの塔の仕掛けやトラップをクリアせねばならん。おぬしらはあらかじめ登録しておいたから大丈夫じゃがの」


「ほぇー、すっご」



 たしかにここなら学寮区画の宿屋を使うより遥かに安全かも知れない。


 こうして、俺とソフィアの学園生活が始まるのであった。






――――――――――――――――――――――

あとがき

作者の一言

美少女と美幼女と一つ屋根の下……うらやま。


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