第5話 悪役王子、基本攻撃魔術に可能性を見出す







 撃つ。撃って撃って、撃ちまくる。



「ぐっ、どんどん速くなる――ッ!!」


「フェイリスの王子がこれほどの魔術師などという情報は無かったぞ!!」


「おのれ、情報部め!! また適当な仕事をしおってからに!!」



 暗殺者たちが嘆く。


 俺だって自分の意外な実力に驚いている。

 遥かに格上だと思っていた相手を圧倒しているのだから。


 どうやら俺、意外と強いらしい。


 シフォンの話によると、使う魔術を基本攻撃魔術に絞った場合のみとのことだが、十分すぎる。


 流石は中盤に出てくる悪役といったところか。



「くっ、退却する!!」


「な、頭目!! ターゲットが目の前にいるのですよ!! 失敗は我らの沽券に関わります!!」


「バカを言うな!! この弾幕をすり抜けてソフィア・ソルティアの暗殺は不可能だ!! 計画は失敗とする!! ただちに撤退だ!!」



 頭目の命令で暗殺者たちが一斉に散り散りとなって逃げ始めた。


 深追いはしない方がいい、よな。



「……ふぅ。撃退はできたけど、まさか一人も倒せないとはなあ」



 まあ、基本攻撃魔術は基礎中の基礎だ。


 当たったら十分な深手になるが、所詮は魔術の基本でしかない。


 真っ直ぐしか飛ばないし、手練れであれば回避は容易なのだ。



「やっぱりもっと強力な魔術を――いや、待てよ」



 俺は考える。


 基本の技術を限界まで突き詰めれば必殺技になる、というのは有名な話だ。



「よし。俺、基本攻撃魔術を極めよう」



 基本攻撃魔術をマシンガンみたいに連射したり、曲射や敵を追尾できるようになったら、絶対強いと断言できる。


 基本攻撃魔術は基本なだけあって改良しやすいって前にシフォンが言ってたし。


 やってみる価値は十分にあるだろう。


 あとでシフォンに詳しい魔術の改良の仕方を聞いてみようかな。



「暗殺者たち、撤退しましたよー!!」



 俺は馬車に戻り、ソフィアたちに声をかける。


 夜鴉に襲われて気絶していた護衛の騎士たちを叩き起こし、手当てを施す。


 一息吐いたところでソフィアが話しかけてきた。



「申し訳ありませんでした、アノン様」


「ん?」



 その顔色は悪く、真っ青だった。



「私の亡命を受け入れたばかりに、多大なご迷惑をおかけしたこと、心から謝罪し――」


「ソフィア嬢。いい加減にしてください」



 俺は少しキレる。


 こちとら秒で戦闘不能に陥った騎士たちの手当てで大変だったってのによお。


 まあ、箱入りのお嬢様に怪我人の手当てとかさせてうちの少ない騎士の怪我が悪化したら嫌だし、やれとは言わないが。


 それでも右往左往して結局何もしなかったソフィアからの謝罪の言葉はイラッとした。


 あ、そうだ。良いことを思いついたぞ!!



「ソフィア嬢は、もっと怒るべきです」


「え?」


「何も悪いことをしてないのに命を狙われて、貴女が謝罪するのはおかしいです。もっと怒りましょう」


「そ、それは……」



 再三言うが、ソフィアは作中屈指の悪役だ。


 彼女はどうしようもない理不尽への憎悪によって強大な悪魔たちを従える。


 その怒りを刺激してやるのだ。


 上手く行ったら、本来のシナリオみたいにソフィアが無数の悪魔を従えられるようになるかも知れない。


 どうだ!!



「ほら、ソフィア嬢!! 大きな声で怒ってください!!」


「……えっと、で、では……コホン」



 ソフィアが咳払いをして、怒りを露わにする。



「ゆ、許せない、です」


「……ん? え、終わり?」


「そ、その、すみません。どうしても怒り方が分からなくて……」



 俺の知ってるソフィアじゃない……。


 いや、まあ、ソフィアが登場するのは中盤から終盤にかけてだったはず。


 時間で言うと十年以上だ。


 今のソフィアは俺よりも二つ年上らしいので、人生の半分近い時間がある。

 人間、倍の時間を生きていたら性格も変わってくるのだろうか。


 しかし、このままではまずい。


 俺のタイムリミットである十年以内に、もっともっと怒ってもらわないと!!



「ほら!! お腹から声を出してください!! 心からの怒りを滲ませて!!」


「ゆ、許せない、ですっ」


「もっと!! 熱くなれよ!! です!!」


「許せない、ですっ!!」


「そうです!! その調子です!! もっともっと怒りましょう!!」


「は、はい!!」



 そんな俺とソフィアのやり取りを見守っていたシフォンが一言。



「何をやっているのでしょう、うちの王子は」


「ふふっ」


「ナタリー殿? いかがしましたか?」


「いえ、何でもありません。ただお嬢様が大きな声を出しているのを初めて見まして。子供らしく、とても良いことだと思います」


「お嬢様というのも、大変なのですね」



 こうして、ソフィア・ソルティアのフェイリス王国への亡命は成功するのであった。


 なお、帝国の夜鴉が襲撃してきたことについて父上に報告したは良いものの、正式に抗議することは叶わなかった。


 ま、連中が本当にソフィアの言う帝国の暗殺部隊という証拠は無いしな。


 仕方ないことではあるのかも知れない。












 ソフィアがフェイリス王国に亡命してきて、しばらくの月日が経った。


 彼女は現在、王城の客室で過ごしている。


 亡命してきたと言っても、所詮はまだ十二歳の子供だからな。

 本人は何かの役に立ちたいと言っているが、できることは限られている。


 なので、俺は彼女に提案をした。


 俺と一緒にシフォンから魔術を習い、悪魔を制御できるようになろう、と。


 なってもらわなくては俺が困るからな!!


 自分本位と言うことなかれ。

 こっちだって革命が起こった時の対策を必死に考えているのだ。


 ま、俺がしっかりした王子になれば済む話だが。


 残念ながら俺は自分を変えるという行為が苦手なまるで駄目な男、略してマダオだ。


 今後も自分を改めることはしないだろう。



「というわけで基本攻撃魔術を極めたいのですが」


「脈絡が無くて驚いていますが……。まあ、いいでしょう」



 シフォンが溜め息を零す。



「基本攻撃魔術は拡張性が高いです。極めるなら、方向性を明確に定める必要があるでしょう。何か具体的なイメージはありますか?」


「えーと、連射とか速射とか。曲射や対象の追尾ができるようになりたいです」



 俺の答えにシフォンが目を瞬かせた。



「随分と、渋いチョイスですね」


「そうですか?」


「貴方くらいの年頃だと、もっと派手なことをしたがると思いました」



 いや、基本攻撃魔術も結構派手だからな……。


 属性魔術と違って圧倒的な破壊力こそ有していないが、魔力を撃ち出す基本攻撃魔術ってレーザーみたいでカッコいいし。


 魔術という技術が存在しない世界を知っているからこその感覚かも知れないが。


 シフォンが感慨深そうに頷く。



「数奇なものですね」


「何がですか?」


「私が魔術学園の教授たちに無価値と断じられた論文の内容は、基本攻撃魔術の拡張性とその可能性についてでした」



 あ、そうだったのか。



「……アノン王子。私に教えられることは全てお教えします。頑張りましょう」


「はい!!」



 いつになくやる気満々なシフォンに、俺は笑顔で頷いた。


 そして、更に数日が経ち……。


 父と親子水入らずで食事をしていると、父の部下が慌てた様子でやって来た。


 この展開、つい最近どこかで見た気がするなあ。



「ふぁ!? 盗賊団が街道付近に住み着いて被害が出ておるじゃと!?」



 ほらね。







――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント魔術学園について

火力至上主義者が多く、基本攻撃魔術と基本防御魔術を蔑ろにする連中がばかり。


「暗殺者って大変そう」「ソフィアの怒り方が可愛い」「続きが気になる!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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