第4話 悪役王子、暗殺者集団と対峙する





 俺は一言。



「シフォン先生、ゴー!!」


「嫌ですよ!!」



 突如、ソフィアを乗せたフェイリスの馬車を謎の暗殺者集団が襲ってきた。


 仕方ないので、こちら側の最大戦力であろうシフォンをけしかけようとしたら、まさかの全力拒否だった。


 ま、そりゃそうか。



「冗談です」


「王子の冗談は命令に聞こえるのでやめてください」


「おや。命令したら行ってくれますか?」


「死んでも嫌です。そもそもあの集団、一人一人が相当な手練れですよ」



 はてさて、どうしたものか。


 戦いの素人である俺でも、あの暗殺者集団が只者ではないと分かる。


 話からしてソフィアを狙ってるっぽいが……。



「あれはおそらく、ベルシャーク帝国が有する暗殺部隊〝夜鴉よがらす〟でしょう」


「夜鴉……。無駄にカッコいい名前ですね」


「噂で聞いたことあります。ターゲットを確実に抹殺する精鋭だとか」



 馬車の中でこっそり情報を共有する。



「ですが、ターゲット以外は邪魔をしない限り、決して殺さないことでも有名な集団です」


「あ、そうなんですね」



 窓から外の様子を窺う。


 すると、たしかに馬車を守っていた護衛の騎士たちは息をしているようだった。


 フェイリスうちの騎士たちでは邪魔にすらならないってことか。

 一応、フェイリスの王室を守る最精鋭の騎士たちだったのだが……。


 あまり自分で言いたくはないが、流石は大国の威を借る劣等国。

 精鋭が弱すぎて泣きたくなってくる。


 しかし、ここで大人しくソフィアを差し出せば俺たちは助かるわけだな。


 ソフィアもそれを理解しているらしい。



「ここで私を差し出せば、皆様の命は助かるでしょう。どうか、私をここに置いて――」


「いや、ソフィア嬢を差し出しちゃったら意味無いじゃないですか」



 何のために亡命を受け入れたと思っているのか。


 全ては未来で革命が起こった時、あわよくば助けてもらうためだ。


 ここで死なれては意味が無い。


 まあ、未来で助かるためにここで死んでしまったら元も子もないわけで。


 最悪の場合はソフィアを見捨てて逃げることも選択肢の一つだが、あくまでも最終手段として取っておこう。



「しかし、現実問題としてこの状況を無事に脱する方法が無いですよ」



 シフォンが冷静に言う。


 こういう時に最年長者がいると、落ち着いて状況を確認できるよね。



「シフォン先生でもどうにかなりませんか?」


「無理ですね。私の魔術ではあれだけの人数を一掃するのは難しいかと」


「むむむ……。あ、そうだ」



 別に俺たちが戦わなくても良いじゃん。



「ソフィア嬢って悪魔使いですよね?」


「そ、それは……」


「悪魔を呼び出して夜鴉たちを倒してもらいましょう!!」


「も、申し訳ありません!!」



 ソフィアが頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


 俺もシフォンもビックリして、その場でビクッとしてしまう。


 次に言葉を発したのは、ソフィアの世話係と思わしきメイドの女の人であった。



「お嬢様は、悪魔を制御できないのです」


「えっと、貴女は――」


「お嬢様の専属メイド、ナタリーと申します」


「ソフィア嬢、ナタリー殿の話は本当ですか?」


「本当です。幼い頃に悪魔を暴走させてしまい、周囲に少なくない被害を出したことがあります。ここで悪魔を召喚しては……」



 なるほど。


 とどのつまり、ソフィアの悪魔使いとしての力を頼ったら俺たち諸共死ぬことになる、と。



「完全に手詰まりですね」



 シフォンが真顔で言う。


 まあ、たしかにゲームでのソフィアは憎悪を糧に悪魔を従えている、みたいな描写あったしなあ。


 ん? あれ、ちょっと待てよ?


 もしかしなくてもソフィアを助けた意味って無かったりする?


 ソフィアが悪魔を制御できなかったら、彼女の力に頼ることができないし……。

 い、いや、いつかはきっと悪魔を制御できるようになるはずだ。


 だからソフィアの亡命を受け入れたことに意味はある、と思いたいな。


 しかし、困ったことになったぞ。

 今はソフィアの力に頼らないでどうにかして生き残る方法を考えなくちゃ。



「……ふむ」



 アカン!! 何も思いつかん!!


 ていうか夜鴉って何よ!! んな連中がいるとか聞いてない!!



「一つ、方法が無いわけじゃないです」


「それ本当ですか!? シフォン先生!!」


「ただ、その、全てアノン王子次第になりますが」


「え、俺!?」



 シフォンから詳しい話を聞いて、俺は絶句する。



「いや、無理でしょ。こちとら見習い魔術師の十歳児ですよ」


「……いえ、不可能ではないです。この数週間、アノン王子はひたすら基本攻撃魔術と基本防御魔術の練習をしてきました。その成果を見せる時です」



 え、ええー、子供を戦わせるなよお。
















「や、やはり、危険です!! アノン様はまだ子供なのですよ!!」


「……」



 アノンが馬車を降り、暗殺者集団と対峙する。


 シフォンたちは馬車の中から、その様子を静かに窺っている。


 ソフィアはアノンの身を本気で案じていた。


 元はと言えば、自分に手を差し伸べたことが原因なのだ。

 責任を感じないはずが無かった。


 ソフィアの不安を拭うように、シフォンが静かに口を開いた。



「アノン王子の魔力は、少し変わった性質をしています」


「え?」


「魔力の性質は、魔術師の成長具合そのものに影響します。火の適正がある魔力の魔術師は火魔術の習得が容易く、逆に水魔術の習得が難しい。魔力の質は千差万別であり、ソフィア嬢のように悪魔の召喚に適した魔力もあります」



 ソフィアは話が見えず、困惑する。


 シフォンはソフィアの疑問を理解してか、もう少し話を噛み砕いて話す。



「アノン王子の魔力の質は何と言うか、こう、反復能力に優れていると言いますか……」


「反復能力?」


「はい。同じ魔術を繰り返し使う度、その出力と魔力消費効率が向上するみたいです。多彩な戦術を駆使する魔術師らしい戦い方は不得手ですが、日々の鍛錬が実を結びやすい魔力の質です」


「それが、アノン様なら何とかなるかも知れないと判断した理由ですか? し、しかし、相手は帝国の精鋭ですよ!!」


「はい。ですが、こと基本攻撃魔術において、アノン王子が撃つそれは私のものより威力が上です。魔術を習い始めて数週間、ずっと基本攻撃魔術の練習をさせていたので」



 その時、馬車を降りたアノンが暗殺者たちの頭目に緊張した面持ちで話しかける。



「あー、えっと、こんにちはー」


「……ソフィア・ソルティアを出しなさい。他の者に興味はありません」


「いやー、それがそうもいかなくて。お引き取り願えませんか?」


「邪魔するのであれば、我々は子供でも容赦しませんよ」



 殺気を叩きつけられて、アノンがビクッとする。


 アノンはシフォンから借りた長杖を構え、暗殺者たちに向かって一撃。



「えいっ!!」



 たった一撃の基本攻撃魔術を放った。


 恐ろしく速く、恐ろしく鋭い一撃だったが、暗殺者たちは難なく回避する。



「……年齢の割には速く、威力も高い基本攻撃魔術ですね。よほど鍛錬しているのでしょう。ですが、その程度では我々には届かない。最後の警告です。ソフィア・ソルティアを出しなさい、フェイリスの王子」


「……」


「……?」



 黙り込むアノンに首を傾げる暗殺者の頭目。



「なるほどなるほど。もっと速く多く撃てば当たりそうかも」


「っ」



 不敵な笑みを浮かべるアノンに嫌なものを感じ取った頭目が、即座に戦闘態勢に移る。


 それを見た他の暗殺者たちも同様だった。


 しかし、彼らは自分たちの選択肢が間違っていたことを身を以て知る。

 アノンと最初に対峙した時点で、一切躊躇無くその命を刈り取るべきだった。


 その様子を見ていたソフィアが馬車の中で短い悲鳴を上げる。



「っ、アノン様!!」



 その瞬間だった。


 圧倒的と言っても過言ではない量の基本攻撃魔術が暗殺者たちに襲い掛かったのは。



「アノン王子の魔力量は、魔術師を名乗るのに十分なものです。その魔力の性質と相まって、ただ一つのものを極めた方が遥かに強くなる……と思って何となく指導していました」


「な、何となく、ですか」


「はい、何となくです。誰かを指導すること自体が初めてなので。……その方針が、彼の魔力の性質にドンピシャだったみたいです。本人は極度の物臭で、あまり向いていないみたいですが」



 シフォンは困ったように笑った。



「それでも真面目で賢い子です。私の言いつけを守って鍛錬してますから。時々利口すぎて、本当に子供かと疑いたくなる時もありますが」


「……アノン様……」



 ソフィアがまじまじとアノンを見つめる。


 自分を助けた理由を訊ねた時から胸に熱い何かを感じていた。


 それは、ただ基本攻撃魔術を撃ちまくる少年の姿を見てよりいっそう熱くなっている心臓の高鳴りだった。


 その正体を、ソフィアはまだ知らなかった。



 



――――――――――――――――――――――

あとがき

基本スタイルが他力本願な主人公……。


「嫌いじゃない」「結局自分が戦ってるからセーフ」「面白い!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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