第3話 悪役王子、亡命令嬢を迎える






 俺の名はアノン・フェイリス。


 フェイリス王国の第一王子であり、見習い魔術師であり、『ドラゴンファンタジア』の中盤に登場する悪役キャラである。


 俺は今、フェイリス王国とベルシャーク帝国の国境に十数人の騎士を連れてやって来た。


 ベルシャーク帝国から亡命してくるソフィア・ソルティアをフェイリス王国の王都まで案内するためである。



「アノン王子、ソルティア公爵家の家紋が付いた馬車が到着しました」


「よし、出迎えよう」



 本当は王都でゴロゴロしながらソフィアの到着を待ちたかった。


 しかし、そうも行かなかった。


 相手は政争で敗れて失墜しつつあるものの、帝国でも名を馳せる公爵家のご令嬢だからな。


 下手な者に迎えに行かせて問題が起こりでもしたら大事になる。

 かと言って一国の王が直々に迎えに来るのも、それはそれで問題だ。


 主にフェイリスの威厳的な意味で。


 そこで俺に白羽の矢が立った。

 今回の亡命を受け入れるよう進言した本人でもあるからな。


 まあ、妥当と言えば妥当だと思うが……。



「アノン王子、緊張していますか?」


「まあ、多少は。シフォン先生は平気そうですね」



 俺の隣に立ってソルティア公爵家の馬車を待つシフォンがくすっと笑った。



「普段から王子様を相手にしている私からすると、大して変わりませんから」


「劣等国の王子と列強国の公爵令嬢を一緒にしちゃ駄目ですよ」


「自国を卑下するのも駄目だと思いますよ」



 シフォンから魔術を習い始めて数週間。


 俺はシフォンは良好な師弟関係を構築できていると思う。


 肝心の魔術に関してはどうか聞かないで欲しい。


 そもそも魔術とは一朝一夕でできるようになるものではないのだ。


 魔術の基礎となる基本攻撃魔術と基本防御魔術を習得したまでは良かった。

 しかし、属性魔術となると難易度が馬鹿みたいに高くなってしまう。


 勉強に次ぐ勉強で心が折れそうになるが、必死に教えようとしてくれるシフォンのお陰で何とか続いている。


 魔術に関してはあと半年くらいやっても成果が出なかったら諦めることになった。


 シフォン曰く、半年やって駄目だったら才能が無いと断定して良いとのこと。

 それまではシフォンに教えを乞いながら頑張る所存だ。


 っと、どうやら雑考している暇は無いらしい。



「此の度、亡命を受け入れてくださったこと、誠に感謝しております」



 開口一番、少女がお礼の言葉を言う。


 雪のような純白の髪と黄金の瞳を輝かせた美少女だった。

 目許に泣きぼくろがあり、どこか儚げな雰囲気をまとっている。


 あとお胸が豊かだった。


 今の年齢は俺と一つ二つしか変わらないだろうに、どこか大人びていて美しかった。


 お、おお、めっちゃ可愛いな。


 ゲームでのソフィアはもっとこう、殺伐としてるキャラだったから、ギャップで少しビックリした。


 まあ、ゲームでの彼女は亡命先の国が見つからなくて大変な思いをしてたろうしな。

 今はフェイリス王国がソフィアの亡命を受け入れているから、精神的に少し余裕があるのかも知れない。



「はじめまして。俺……じゃなくて、私はアノン・フェイリスと申します」


「私はソフィア・ソルティアです。以後お見知りおきを」



 優雅に一礼するソフィア。


 流石は大国の公爵令嬢と言ったところか、その所作は美しかった。


 俺はソフィアに笑顔で話しかける。



「詳しい話は道中しましょう。どうぞ、我が国の馬車へ」


「はい、そうさせていただきます」



 俺はソフィアの手を取り、フェイリス王国の紋章を施した馬車までエスコートして乗り込む。


 幸いだったのは、一対一ではなかったことか。


 俺の隣にはシフォンが座り、ソフィアの隣には彼女の世話係と思わしきうら若いメイドの女の人が腰掛けた。


 俺とソフィアが向かい合う形になってしまったのは仕方ないと割り切ろう。



「アノン王子」


「え、あ、はい。何ですか?」



 急に声をかけられてキョドる。


 相手は無数の悪魔を従える悪魔使いであり、作中屈指の悪役キャラ。


 機嫌を損ねるようなことは絶対に言わないようにしないと!!



「アノン王子は、私の亡命受け入れに関してフェイリス王に積極的な姿勢を見せてくださったとお聞きしております」


「え、ええと、まあ、はい」


「どうして、私の亡命を受け入れてくださったのですか?」


「どうして、というのは?」



 俺は焦って思わず誤魔化すように首を傾げた。


 まさかとは思うが、主人公らが革命軍を率いてきた時に助けてもらおうという魂胆を見抜かれているのだろうか。


 い、いやいや、それは流石に無いよな。


 反乱が起こるのは今から十年後の出来事だし、ソフィアには知る由もないはずだ。


 すると、俺の予測を肯定するようにソフィアは自らの心情を吐露し始めた。



「どの国も、私の亡命を受け入れてはくださりませんでした。当然です。政争で敗れた貴族の令嬢など、面倒事の種ですから」



 ゲームでのソフィアは亡命先の国が見つからず、公爵令嬢から一転。

 ただの平民として知らない土地で暮らす羽目になった。


 ソフィアはいつかは父が復権し、迎えに来てくれると信じて待っていたが……。


 彼女の父は復権が叶わず、政敵によって暗殺されてしまう。

 ソフィアは唯一の帰る場所を失くし、帝国を恨むようになるのだ。


 そして、自らの悪魔使いとしての才能を復讐に利用するようになる。


 やがて数万の悪魔を従えたソフィアは、帝国と亡命の受け入れを断った周辺諸国に戦争を仕掛けるってわけ。


 ソフィアが続けて言う。



「ベルシャークの同盟国は無論、頼み綱であったユースティアすらも警戒して私の亡命を受け入れてはくれませんでした」


「そ、そうですか」


「誰も私を助けてくれませんでした。……フェイリスを除いては。何か、意図はあるのでしょうか?」


「……」



 俺は考える。


 まさか本人に革命が起こった時の戦力になって欲しいとは言えない。


 ここはそれっぽいことを言っておこう。



「理由はまあ、色々あります。ソフィア嬢のお父君が復権したら強力な後ろ盾になるかもー、とか。下心が無いわけじゃないです」


「……」



 ソフィアがじっと俺を見つめてくる。


 うおっ、顔がお人形みたいに整ってるから、まじまじと見られるのは少し怖いな。


 いや、可愛いけどさ。


 俺はソフィアからの視線に若干の居心地の悪さを感じながらも、彼女の問いに答える。



「一番の理由は、困ってる人がいたから、ですね」



 これは俺の紛れもない本心だ。


 困ってる人を助けたら、きっとその人は俺に恩を感じるだろう。

 もしシナリオ通りに革命が起こってしまった時、そういう連中に助けてもらおうって魂胆だ。


 前世の記憶と共に『ドラゴンファンタジア』のことを思い出してから数週間が経った。


 俺はずっとあることをしている。


 困ってる人が視界に入ったら積極的に手助けするようにしているのだ。



「情けは人のためならず。いつか自分が困った時に助けてもらいたいですから」


「……そう、ですか。では、何かあった時は私がアノン様をお助けしましょう」


「っ、それは嬉しいですね!!」



 言質、取ったりぃ!!


 よーし!! この言質は大きいぞ!! 念入りに書面にしてもらおうか!!


 と思ったタイミングで事件が起こる。


 今回のソフィアの亡命に際して馬車を護衛することとなった騎士たちが、断末魔のような叫び声を上げたのだ。



「うわああああああああああああっ!!!!」


「な、なんだ、こいつら!!」


「ぐうっ、不意打ちとは卑怯な!!」



 何事かと思って外の様子を窓から窺ってみたら。



「馬車から出てきてください、ソフィア・ソルティア。お命、頂戴します」


「う、うわー、暗殺者っぽいのが沢山いるぅ」



 どうやらソフィアの命を狙ってやって来た暗殺者らしい。


 あらやだ、怖いわぁ。


 ……ビビリすぎてオネエみたいな口調になっちまったじゃねーか。







――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントアノン設定

ビビるとオネエ口調になる。


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