第31話 悪役王子、ヒロインと遭遇する





「やっと挨拶回り終わったあ」



 ユースティア王国に来てから数日が経った。


 俺はユースティアのお偉い人たちにひたすら挨拶して回り、今日でやっと最後。


 あとは第一王子の結婚式とパーティーに参加して終わりである。



「お疲れ様です、アノン王子」



 俺が借り受けた部屋でふかふかのソファーに寝転がっていると、シフォンが頭をよしよしと撫でてくる。


 こういうところ、歳上っぽくて良いんだよなあ。



「……ところでリンデンは?」


「彼なら王都に出ています。お城は堅苦しくて嫌だから、と。寝泊まりも適当な宿屋で済ませるそうです」


「あいつ自由すぎるだろ」



 いや、リンデンを縛るつもりはないけどさ。


 俺が国の代表として笑顔を貼り付けながらユースティアのお偉方と話している間、したいことをしているのが納得できない。


 え? 女の子としたいことしまくってるお前が言うなだって?


 それはそれ、これはこれだよ。



「ところでアノン王子、庭園は見に行きましたか?」


「庭園?」


「はい。侍女の方に聞いたのですが、お城の敷地内に庭園があるそうです。気分転換がてら、見に行ってみては?」



 ふむ、庭園か……。



「シフォン先生も行きます?」


「あ、いえ。私はお城の蔵書を閲覧する許可をもらったので、しばらくは本の虫になります」



 ははーん。


 さては気分転換云々は方便で、本当は貴重な本を読む時間を俺に邪魔されたくないんだな?


 俺がいるとすぐヤっちゃうし。


 普段からシフォンには世話になってるし、ここは読書の時間を満喫してもらおう。


 というわけで、俺は一人で庭園にやって来た。


 いくら劣等国の王子とは言え、王子が一人で行動するのはどうかと思うが。



「ま、本当に一人ってわけでもなさそうだけど」



 俺はずっと誰かに見られている。


 別に危害を加えるとかそういう目的はなく、おそらくは護衛と監視だろう。


 足音一つ無いが、魔術師の勘というか。


 いや、俺を監視してる者たちは魔力の隠蔽も完璧なのだが、完璧すぎて浮いている。

 ぽっかりと穴が空いてるみたいな感じになっているのだ。


 まあ、それも俺がマーリンやシフォンから魔力探知の重要性を教えられているからこそ気付けること。


 普通の魔術師なら気付かないだろう。


 っと、いかんいかん。気分転換のために庭園に来たんだった。



「お、おお、すっご」



 先に言っておくが、俺には植物のことなんて微塵も分からない。

 せいぜい綺麗な花を見て「綺麗だなー」と思うくらいの関心しかないからな。


 そんな俺でも、庭園を見て凄いことだけは分かった。


 とにかく広いのだ。

 庭園というか植物園というか、もはや小さな森である。



「これは迷いそうだなあ。……ん?」



 庭園の景色を眺めながら散歩していると、何やら揉めている声が聞こえてきた。


 せっかくの気分転換が台無しだ。


 俺は騒いでいるのが何者か確認しようと足を忍ばせる。

 おっと、別に野次馬ではない。他人のトラブル以上に面白いものは無いとか思ってないから。


 ……ないからな?


 ちらっと草木の陰から騒いでいる連中が何者か覗いてみると、そこには俺よりも少し歳上くらいの少年少女がいた。


 こんなどこに人の目があるか分からないような場所で昼間っから逢瀬か? お盛んだなあ。


 俺でも野外プレイはまだしたことないのに。


 なんて呑気なことを考えてたら、少年が思いっきり少女の頬を叩いた。



「!?」



 え、なに? 今、女の子の頬を叩いた?


 しかも俺の見間違いじゃなかったら、ガッツリ拳だったよな!?


 えー、まじっすか。

 ドメスティックバイオレンスとか生で見るのは初めてだわー。


 これ助けた方が良いのかな?


 でも他所様の事情に赤の他人が首を突っ込むのは気が引けるし、女の子に暴力を振るうような輩だ。


 割り込んだら矛先が俺に向くかも知れない。


 よし、決めた。ここは見て見ぬふりし、すぐに部屋に戻ろう。

 俺は家庭内暴力など見てないし、そもそも庭園にすら行っていない。


 そういうことにしておこうジャマイカ。


 俺は背が向けて部屋に戻ろうとしたその時、少年が拳を振り上げる。


 ……ああ、もう!! ちくしょうめ!!



「えーと、後ろから失礼します」


「っ、だ、誰だ、君は!!」



 俺は少年の振り上げた拳を掴み、女の子を殴らせないようにする。


 少年は結構なイケメンだ。


 でも、なんかこう、中身の醜悪さが滲み出ているというか、同じイケメンでも根っこが善人なリンデンの方がカッコ良く見える。


 あれ? ていうかこの少年……。



「その手を離せ。僕が誰か知っているのか?」


「勿論知っています、アレク王子殿下」



 アレク・ユースティア。


 まあ、うん。


 ユースティア王国の第一王子であり、俺が参加したくもないパーティーに参加せねばならなくなった男だ。


 ゲームだとティエラに一目惚れし、結婚式当日に婚約を破棄。

 そのままティエラに告白し、傾国の美女である彼女はそれを受け入れる。


 それから色々と問題が重なって、王国の中枢は全てティエラが掌握。


 あの気前の良いユースティア王も暗殺され、アレクが王位を継ぐのだが……。


 ティエラは国中の美少年を集めて逆ハーレムを作り、アレクはいわゆる財布となって国を滅亡寸前まで追いやるのだ。


 うーむ、あの美女に弄ばれるとは。可哀想に。


 まあ、ティエラからすると魔王軍幹部のクイーンサキュバスから受けた呪いをどうにかしようと必死だったんだろうけど。


 っと、いかんいかん。今は目の前のことに集中しなきゃだな。



「僕のことを知っているならその手を退けろ。君を不敬罪で処刑するぞ」


「……失礼しました。ですが、女の子に暴力を振るうのは良くないかと」


「どこの田舎者か知らないが、僕に指図する気か?」


「……」



 こいつ、ぶち殺してぇ。


 部屋に杖を置いてきて良かったぜ。持ってたら確実に脳天を撃ってたと思う。


 まあいい。こんなクソ野郎は放っておいて、さっさと女の子を連れ出さないと。



「大変失礼しました。ですが、そちらの女性をお呼びの方がいまして」


「僕は今、こいつと話している。部外者は立ち去れ。お前の家族諸共不敬罪で捕らえてやってもいいのだぞ」



 あ、こいつ俺をユースティアの人間と勘違いしてんのか?


 いや、どっちみちその脅しは鬼畜だな。


 もしもソフィアやシフォン、マーリンに手を出そうものなら容赦しないぞ。


 ……ソフィアとマーリンなら自力でどうにかしてしまいそうな気がするけど。


 さて、どうしたものか。……あ、そうだ。



「それがそういうわけにも行かないのですよ」


「何だと? ……まさか、父上が?」



 俺はわざと困ったような笑みを浮かべる。


 おっと、何一つ嘘は言ってないぞ。雰囲気で勝手にアレクが勘違いしてるだけだ。


 すると、アレクが忌々しそうに舌打ちをする。



「ちっ、まあいい。良いか、ミュリエル。どうにかして君の父親を説得しろ。僕は君のような人間と結婚するのはごめんだからね」



 それだけ言い残して去っていくアレク。


 おいおい。今の台詞から察するに、こっちの殴られてた女の子は……。



「大丈夫ですか、ミュリエル嬢」



 ミュリエル、何だっけ。下の名前は……そうだ、サイフォン。


 ミュリエル・サイフォン。


 サイフォン大公家という、ユースティアでは王族の次に高貴な血筋の持ち主。

 薄い金髪と青い瞳という正統派ヒロインのような見た目の美少女だ。


 そして、アレクに捨てられた後、主人公と共に滅亡に向かう国を救う、ヒロインの一人である。


 




――――――――――――――――――――――

あとがき


作者「美少女に暴力を振るう男はタヒね!!」


アノン「美少女じゃなかったら?」


作者「……」


アノン「なんか言えよ」



「とにかくアレクがクズなのな分かった」「なんやかんや女の子を助ける主人公、嫌いやないで」「作者がクソで草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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