第32話 悪役王子、気まずくなる




 取り敢えず、俺は頬を叩かれた拍子に尻もちをついてしまったミュリエルに手を差し伸べる。



「大丈夫ですか?」


「ご心配なく」



 表情をピクリとも動かさないミュリエル。


 そうそう。

 こんな感じでミュリエルはあまり感情を表に出さないのだ。


 かと言って何も感じないわけではなく、実は喜怒哀楽が激しいことでも有名だな。


 ストーリー終盤のトンチキイベントではキャラ崩壊と言わしめる程のはっちゃけっぷりを見せたりするし。



「普通は殴られた人を見たら心配するでしょう?」


「一度は見て見ぬふりをして逃げようとしていたのに、ですか? それにあのような嘘まで言って」


「ギクッ。べ、別に嘘は何一つ言ってないですよ」



 見られてた!! しかも俺が適当なこと言ってミュリエルを連れ出そうとしたこともバレてるし!!


 俺はミュリエルから視線を逸らしながら、どうにかして誤魔化す。



「あ、あはは、す、すみません」


「……いえ、冗談です。助けてくださり、ありがとうございます」


「えーと、その、仲が良くないのですか? アレク殿下とは」



 あ、やっべ。


 話すことが無さすぎて目茶苦茶踏み込んだこと聞いちゃった!!


 仲が悪いのなんか見たら分かるでしょうが!!


 速攻で謝ろう。



「あ、すみません。言わなくても――」


「私の心情はともかくとして、アレク殿下には好かれていないかと」



 答えるのかよ!! 気まずいよー!!



「と、取り敢えず、怪我を治療しましょう」


「いえ、このくらい平気です。いつものことですし」


「あ、はい。そうなんですか」



 まさかアレクのヤツ、日常的に暴力を振るってんのか?


 ゲームではミュリエルがアレクに嫌われている描写はあったが、ここまで虐げられているとは思わなかったぞ。


 別に俺はミュリエルが推しじゃなかったけどさ。


 彼女を推している紳士たちが知ったらアレクをボコボコにしそうだな。



「……少し、驚いています」


「何がです?」


「貴方は私を気味悪がらないのですね」



 ん? 気味悪がる?



「アレク殿下にはよく、感情の無い人形みたいで気味が悪いと言われますから」


「別に気味悪くは……。少し感情が読み取りにくいだけで」



 実際、ミュリエルは無表情だが、無感情ではない。

 主人公と出会って腐敗したユースティアで革命を起こし、魔王討伐の旅に同行する。


 その旅の道中で天然っぷりや感情豊かなところが露呈するのだ。


 それを知っている俺からすると、「少し表情が硬い女の子」でしかない。



「俺からすると、普通の女の子ですよ」


「……」



 俺がそう言って微笑みかけると、ミュリエルは黙り込んだ。


 え、ちょ、なんで黙るの!? 何か失礼なこと言ったかな!?


 はっ!!



「あ、えーと、普通というのは、決して大公家を侮っての発言ではなくてですね? こう、ミュリエルはちっとも気味悪くないという意味であって」


「……ふふっ」



 ミュリエルがくすっと笑った。お、おお、流石はヒロイン。


 笑った時の顔が破壊力抜群だな。


 ソフィアが見せる笑顔と比べても実に良い勝負である。



「え? あの?」


「大丈夫です、分かってるので。そう言えば、まだ名乗ってはいませんでした。もう知っているようですが」



 ミュリエルはそう言って、ドレスの裾を摘まみ、優雅なお辞儀を見せる。



「ミュリエル・サイフォンと申します。フェイリスの若き王子」


「あ、俺のこと知ってたんですか?」


「アノン王子殿下は噂で有名ですから」


「……それってもしかして、悪い噂ですかね?」


「婚約者がいながら複数人の女性に同時に手を出し、手籠めにしているクソ野郎と聞きました」



 あ、はい。事実です。事実ですが!!


 いくら友好国とは言え、隣国の王子の下半身事情がここまで広まってんのはどういうことだよ!!



「……噂は所詮、噂ですね」


「え?」


「少なくとも、クソ野郎ではなさそうです」



 ミュリエルがそう言ってお辞儀した。



「私はこれで失礼しますね、アノン王子殿下。結婚式のパーティーでまたお会いしましょう」


「あ、はい」



 相も変わらず無表情で立ち去るミュリエル。


 一人残された俺は「クソ野郎ではない」という言葉の意味を理解できず、庭園を彷徨い歩くのであった。


 それにしても生ミュリエル、可愛かったなあ。


 あ、クソ。ヤベェ。遅れて下半身に脳を支配されてきた。


 俺は部屋に戻って読書中だったシフォンを押し倒し、めちゃくちゃになるまでヤりまくることにした。





 それから数日が過ぎ、ミュリエルとアレクの結婚式の日がやって来た。





――――――――――――――――――――――

あとがき


作者「悪役どころかヒロインにまで手を出す気か、こいつ」


アノン「それはあんた次第じゃない!?」



「取り敢えずアレクはタヒね」「噂広まってんの草」「これはヒロインにも手を出すパターンか!?」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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