第18話 悪役王子、決闘する




 修練場で他の生徒たちと共に魔術の鍛錬をしている時だった。



「今日こそワタクシとの決闘を受けてもらいますわ!! アノン王子!! ソフィーお姉様を賭けて!!」



 ナタリアが修練場にやって来たかと思ったら、急に喧嘩を売ってきた。



「え、えぇ?」


「えっと、ナタリアちゃん? どういうことなの?」



 俺もソフィアも状況を飲み込めず、ただ急な出来事に困惑するのみ。


 ソフィアの問いにナタリアが答える。



「安心してください。ソフィーお姉様を弄ぶ下郎を成敗するだけですわ!!」


「弄ぶ?」


「そこのアノン王子は、将来を誓った婚約者がいながらソフィーお姉様に手を出したのですわ!!」


「そ、そんな、将来を誓った婚約者なんて……」



 ソフィアが顔を赤くする。


 他人から改めて婚約者と言われると赤面してしまうらしい。


 しかし、今はソフィアのその可愛らしい表情がとても紛らわしかった。


 まるで付き合ってる男の子に婚約者がいたことを知らず、純粋無垢な乙女が怒っているように見えなくもなかった。



「ああ、可哀想なお姉様……。ワタクシがその男をボッコボコにしてやりますわ!!」



 そう息巻くナタリア。


 周囲で事の成り行きを見守っていた生徒たちも俺に対して咎めるような視線を向けてきた。



「おい、あいつまじかよ」


「ソフィーちゃんを弄ぶとかクソだな!!」


「いいぞ、ナタリア!!」


「やっちまえー!!」


「逃げるなよ、アノン!!」



 とてもアウェイな空気だ。


 ここで断ったら、俺はきっと臆病者とか言われるんだろうなあ。


 でも、敢えて言おうじゃないか。



「だが、断る」


「!?」



 周囲が何を言おうと、俺には戦う理由がない。


 戦う理由がないなら決闘を受ける義理も意味も無いのだ。



「ま、また逃げるつもりですの!?」


「前も言ったが、俺の戦うメリットはなんだ? 無いだろ。だから戦わない」


「……仕方ありませんわね!! こうなったらワタクシにも考えがありますわ!!」



 そう言うと、ナタリアの合図と共によく見知った顔の幼女が修練場に入ってくる。



「……師匠?」


「うむ、儂じゃ」



 マーリンだった。どゆこと?



「アノン、この小娘と決闘するのじゃ。師匠命令じゃ」


「……なるほど。買収されたんですね」


「ギクッ」



 マーリンは良くも悪くも魔術師であり、研究者でもある。

 魔術の研究には莫大な予算、つまりは凄まじくお金がかかるのだ。


 ナタリアはユースティア王国の伯爵令嬢。


 伯爵令嬢と言っても、令嬢は令嬢。


 自分の裁量で動かせる金は少ないだろうが、それなりの金は用意できたのだろう。



「ナタリアは仇敵の弟子なんじゃなかったんですか?」


「ええい、やかましいのじゃ!! それはそれ、これはこれなのじゃ!! おぬしが勝てば問題なかろう!!」


「……そうですね、分かりましたよ。ナタリア嬢、ルールを決めましょう」


「ふふっ、ようやくやる気になったみたいですわね!! ルールはそちらが決めて結構ですわ!!」



 え? いいの?



「じゃあ、相手に先に一撃を当てた方が勝ち、というのでどうですか?」


「分かりましたわ!! マーリン先生、開始の合図をお願いしますわ!!」


「む? 分かったのじゃ」



 マーリンが頷いて、開始の合図をした。



「はい、俺の勝ちです」


「……え?」



 決闘は俺の勝ちで終わった。


 マーリンが決闘開始の合図をした瞬間、基本攻撃魔術の速射をした。


 名付けて〝魔速撃〟だ。


 自慢じゃないが、コンマ1秒という圧倒的な速度で撃てるこの技は初見殺しそのもの。


 最初から防御魔術を展開しているか、あるいは想像を絶するほどの反射神経が無いとまず防ぐことはできない。


 周囲の生徒たちは勿論、ナタリア自身も何が起こったのか理解できていないだろう。



「じゃ、これで」


「うむ。よくやったぞ、流石は儂の弟子じゃ」


「ま、待っ、待ちなさい!!」



 修練場を出ようとする俺に、放心していたナタリアが待ったをかける。



「ひ、卑怯ですわ!!」


「何がです? 勝利条件は満たしてますよ?」


「え、いや、えっと、今のは……マーリン先生!!」



 俺の言っていることが正しいと頭では分かってはいるのだろう。


 ただ納得できないだけで。


 ナタリアは買収したマーリンに判定をしてもらおうとするが、その判断は俺でも分かるくらいに間違いだった。


 マーリンがニヤニヤと楽しそうに笑う。



「勝者はアノンじゃ」


「なっ」



 そうハッキリ宣言するマーリンに、周囲の生徒たちもざわめく。



「え、いや、まあ、ルール的にはそうだけど」


「あ、ああ、魔術師らしくないよな」


「卑怯な戦い方してないで正面から戦え!!」


「そうだそうだ!!」


「サイテー!!」



 外野がうるせぇ……。



「魔術師らしくない、か。おぬしら、面白いことを言うのう」


「「「「「え?」」」」」



 と、そこでマーリンが外野の生徒たちに笑いながら言った。



「おぬしらにとって魔術師らしいとはなんじゃ?」


「え、そ、それは……」


「どうせ派手な魔術の撃ち合いでも想像しておるんじゃろ。アホじゃな。決闘で使う魔術なんぞ、相手を殺すに足る威力の魔術一つで十分じゃ」



 マーリンが指をパチンと鳴らす。


 すると、その瞬間に生徒たちの足元の地面がぐりんと捻れて沈下した。



「「「「「……え?」」」」」


「今のはわざと外した。〝曲空きょっくう〟と言ってな、当たったら苦しむ間もなく敵を殺せる空間魔術じゃ」


「「「「「……」」」」」


「一つ教えてやるのじゃ。魔術師が魔術師らしい戦い方をすると死ぬぞ? 殺し合いならば、必中必殺の初見殺しがベストじゃ。それが最も魔術師らしい敵の殺し方じゃな」



 魔術学園の研究棟で暮らす魔術師は、自身の魔術の研究には生涯を捧げる。


 そして、研究費用を得るために他者に喧嘩を売る者が少なからずいるわけだが……。

 そういう魔術師は、総じて戦闘行為を『時間の無駄』と認識していることが多い。


 決闘とか時間の無駄!! でも研究費用は欲しいから速攻で決着付けようぜ!! という精神である。



「ま、言っても理解できんじゃろうな。アノン、もう一度ナタリアと戦ってやるのじゃ」


「えー?」


「ほれ、早くやれ。今度は『全力で』じゃ。勝ったら空間魔術を教えてやるぞ」


「!? ……うっす」



 やる気スイッチを入れる。



「こ、今度こそ、ワタクシが勝ちますわ!!」


「その意気や良し。では、始めなのじゃ!!」



 マーリンの合図で第二ラウンドが始まる。







――――――――――――――――――――――

あとがき


作者「人間は正論で殴るのが好き。そして、正論で殴る人と殴られる人を見るのも好き。作者は後者です」


アノン「何か闇を感じる……」



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