第10話 亡命令嬢、夢を見る





 夢を見る。悪い夢だ。


 切っ掛けは些細なものだった。


 お父様の側近が帝国の機密情報を持って政敵に寝返ったのだ。


 ソルティア公爵家は立場を失い、帝国の貴族社会で孤立してしまった。


 私もお父様も、いつ消されるか分からない。


 お父様は私を守り切れないと判断し、秘密裏にあらゆる国に亡命の受け入れを願った。


 しかし、落ち目のソルティア公爵家を助ける奇特な国はおらず、頼みの綱であったユースティア王国も警戒して亡命を受け入れてはくれなかった。


 結局、私は正式な手続きをせず、公爵令嬢という立場を捨て、平民として他国に逃げた。


 本当は嫌だった。


 お父様と離れ離れになることも、知らない土地で一人生きていくことも。


 しかし、現実は非情だった。


 私を殺そうと帝国の精鋭暗殺部隊〝夜鴉〟が襲ってきたのだ。


 凄腕の魔術師でもあったお父様と、命を賭して守ってくれたメイドのナタリーのお陰で何とか助かった。


 けれど、それが決定打となってお父様は私を他国に逃がす決意をしたらしい。


 私は知らない土地でただ一人、お父様が復権するまで雌伏の時を過ごすこととなった。





 そして、お父様が死んだ。





 失ってしまった。


 お母様が亡くなってから、私のただ一人の家族であったお父様を。



「ああ……ああ……どうして……どうして……」



 何故、私ばかりがこんな目に遭う?


 どうして、お父様が死ななければならなかった?


 理不尽だ。この理不尽を、私は許せない。


 でも、お父様が口癖のように言っていた言葉が、私を縛り付ける。



『例え何があっても、誰かを恨んではいけないよ。それは、とても悲しいことだから』



 悲しい。ええ、私は悲しい。


 お父様を殺した帝国を許せない。


 そして、憎しみを捨てることができない自分が腹立たしい。


 お父様の言葉を守れそうにないことが、心の底から悲しかった。


 私は煮え滾るような怒りで己を律し、悪魔を従えるようになった。

 子供の頃に悪魔を暴走させたトラウマを憎悪で克服してみせた。


 復讐を始める。


 手始めに帝国の主要都市のいくつかを滅ぼした。


 誰一人として生かさず、子供もまとめて悪魔たちに食い殺させた。


 スッキリした。とても、心の内が爽やかな気分になった。


 でも、それは一瞬の出来事。


 瞬きをした直後には、再び激しい憎悪が私を復讐に駆り立てる。


 死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。


 私から大切なものを奪った帝国なんて、世界なんて滅びてしまえ。


 私と同じように地獄の日々を知れ。


 私からお父様を奪った貴族も、のうのうと日々を過ごす民衆も、この地上で生きている全ての存在が同罪だ。


 だから殺す。だから壊す。だから滅ぼす。


 邪魔する奴らは全員消す。



「やめろ、ソフィア・ソルティア!!」



 私の前に男が立った。


 伝説の竜王から、悪を倒す使命を授かったという勇者。


 彼が私の前に現れたということは、私もきっと悪なのでしょう。


 まあ、私にとっては重要ではない。



「……お前は、帝国の人間かしら?」



 優先すべきは帝国人の皆殺し。その血を一滴でも引く者は殺す。


 それ以外も生きているなら殺すけれど、後回しだ。


 私は悪魔たちを率いて男と戦った。



「ああ、残念。私は死んでしまうのね」



 男の剣が私の心臓を貫く。


 致命傷だった。



「何故、こんなことをしたんだ?」


「さあ、なぜかしら。私も知りたいわ」



 いつか、私が死ぬ番がやってくるとは思っていた。


 当たり前よね。今まで沢山殺したんだもの。


 私に報いの時が訪れないと思うほど、私は馬鹿じゃない。



「理由も、理由もなく沢山の人を殺したのか!!」


「意味はあったわ。私と同じ不幸な人間が増えた。知ってる? 人は自分と同じ不幸な人を見ると、とても心が安らぐの」



 ああ、不幸なのは自分だけじゃないんだって安心できるから。



「皆、みんな、不幸になってしまえばいいのよ。そしたら、きっと誰も傷つかないから」


「……オレは、お前を許せない」


「そうでしょうね。私も世界が許せない」


「……立ち止まることは、できなかったのか? こうなる前に」


「無理ね」



 人は坂を転がる岩と同じ。


 一度でも転がり始めたら、きっと止まらない。止まれない。



「でも、そうね。もしも、もしもあの時、誰かが私に手を差し伸べてくれたなら、少なくとも世界まで憎むことは、無かったかもしれないわね」


「……」


「ふふ、私ったら。もしもの話に意味なんて無いのに」



 もし、もしお父様が生きていたら。


 もし、ナタリーが生きていたら。


 結果は少しくらい、違っていたのかも知れない。


 その仮定に、きっと意味は無いけれど。


 ただ大切なものを失ってしまったことが悲しくて……。



「ああ、そっか」


「?」


「私、家族が欲しかったのかも知れないわね」



 失ってしまったものが、もう一度欲しかった。



「こんな私と一緒にいてくれる誰かが、欲しかったのかもね」



 もしもやり直せるなら、今度はそういう人と出逢いたい。


 誰かを傷つけて、不幸な自分を安心させるのではなく。


 誰かと愛し合って、自分を幸せにしたかった。


 この願いにも、きっと意味は無いのだろうけれど。












「……ここは……?」



 夢から覚める。嫌な夢だった。


 辛くて、苦しくて、とても痛い夢だった。



「……すぅ……すぅ……」



 私の隣で、誰かがもぞもぞと動く。


 艶のある黒髪の男の子が、穏やかな表情で眠っている。


 アノン様だった。



「……そっか……私……」



 急に恥ずかしくて顔を赤くしてしまう。


 私、き、昨日、アノン様と……。


 わ、私ったら、歳下の男の子に何をして!!



「……凄く……激しかったな……」



 あんなことやこんなことを、沢山した。


 それこそ本当に、私が辛いことを忘れられてしまうくらいに。


 私が限界と言っても、休ませてくれなかった。


 私はとても満たされたけれど、彼は私が眠りに落ちる直前まで物欲しそうにしていた。


 凄く、可愛かった……。



「……家族に、か……」



 私は静かに眠るアノン様の髪に触れる。


 アノン様は意外にも綺麗好きなのか、朝と夜の二回はお風呂に入る。


 そして、その後は決まってシフォン様と魔術の鍛錬をしている。

 普通は鍛錬をした後でお風呂に入るものだろうに。


 彼曰く、お風呂上がりの方が集中して魔術の鍛錬ができるらしい。

 石鹸の良い香りがする。



「家族……もう、二度と失いたくない……」



 そのためには力が必要だ。


 そして、私にはその力がある。


 一度暴走させて、多くの人を傷つけてしまった、忌まわしき力が。


 お父様を守れなかったのは、私がこの力を恐れていたからだ。

 私に悪魔を御することができたなら、きっとお父様は今も生きていた。



「もう、失わない。誰にも奪わせない。私の大切なものを、絶対に」



 私は必ず従えてみせる、地獄の悪魔たちを。







――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント作者の一言

作者「リア充……イチャイチャナイトフィーバー……血祭りにせねば……うっ、作者の中の嫉妬心が、暴走している!! 静まれ、作者の嫉妬心!!」



「朝チュンだあ」「若干の病み属性を感じる……」「作者の一言で笑った」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。


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