第9話 悪役王子、亡命令嬢を慰める





 三年の月日が経った。



「おー!! これがリンデン作、俺のおニューな杖か!!」


「うるせぇ!! オレ様の工房で騒ぐんじゃねぇ!!」



 とある昼下がり。


 俺はリンデンの工房を訪れて、注文していた新しい杖を受け取っていた。


 一から素材にこだわり、莫大な製作コストがかかった杖である。


 もうね、テンションが爆上がりなのよ。


 きっとお給料を溜めて新車を買った社会人もこういう気分になるのだろう。

 まあ、この杖を作るのにかかった費用も全て元は国民の税金だけどな。


 王族に生まれて良かったわー!!



「流石はリンデン。まさか俺の妄想してた銃杖を作っちゃうなんて凄いな!!」


「……アイディアは面白かったからな。オレ様も興が乗った」



 銃と杖を一体化させたもの。


 現代人が見たなら、スナイパーライフルのように見えるかも知れない。


 と言っても、弾を撃てるわけじゃないけどな。


 俺はこの三年でシフォンから数々の魔術を習いはしたが、属性魔術はどれも上達しなかった。

 いや、しているにはしているが、ゆっくり過ぎて実戦では到底使えない。


 俺の魔力の性質上、同じ魔術を繰り返し使うことでいつかは実戦で使用可能な領域には至れるらしいが……。


 シフォンとの約束の三年が経ち、俺は自分に向いていないと判断した属性魔術を切り捨てた。

 極めるものを基本攻撃魔術と基本防御魔術の二つに絞ったのだ。


 でも、属性魔術は使いたい!!


 そこでリンデンに相談して開発したのが、この銃杖である。


 弾倉部分に属性魔術を宿した弾丸が入っており、この銃杖を通せば属性を付与した基本攻撃魔術を撃てるようになるのだ。


 まあ、弾丸は形だけで、実際に撃てるわけじゃない。

 あくまでも基本攻撃魔術に属性を付与するだけの、使い捨ての代物だ。


 ゲームには登場しなかった武器だが、これを形にしてしまうリンデンはチートすぎる。



「受け取ったならとっとと出ていけ」


「おいおい。恩人に対して酷くなーい? 俺、お前の妹を奴隷から解放してやったんだぞー?」


「オレ様の愚妹のスカートをめくった事、忘れてねぇからな」


「あ、それはごめんなさい」



 リンデンが殺気のこもった目で俺を睨む。


 口ではリーシアのことを愚妹と言いながらも、完全にシスコンだな。


 リーシアもそれを分かっているのか、リンデンのことが大好きみたいだし。


 羨ましいぜ。

 俺は前世でも今でも、兄弟姉妹は一人もいないからなあ。


 どうせなら「お兄ちゃん♡」みたいな感じで毎朝優しく起こしてくれる妹が欲しい。


 あ、「アノンちゃん♡」って感じで甘やかすみたいに起こしてくれる姉でもいいかも知れない。


 いや、いっそのこと姉妹がいて、ついでに義姉妹がいいな。

 もしそうなったら、朝起こしにきてくれた二人をそのまま――



「……いかんいかん。また頭がアノンになってらぁ」


「あ? 何言ってんだ?」



 どうやら俺はここ数年で、性欲が強くなってきているらしい。


 少しでも好みの女の子を見かけるとエロい妄想をして夜も眠れなくなってしまうのだ。


 本当に困ったものである。



「……もう、三年が経ったのか……」



 俺が前世の記憶を取り戻してから三年。


 とても短いようで、とても長いような時間が経ってしまった。


 タイムリミットの革命まであと七年しか無い。



「よし!! 早速、銃杖を試し撃ちしてくる!!」


「……おい」


「ん? どうした?」


「……さっきはああ言ったがな……」



 リンデンが舌打ちしながら言う。



「あんたにゃ感謝してる。あんたのお陰で、妹もオレ様もまともに暮らせてる。……だから、まあ、感謝はしてる」


「え、怖い。何? 急にどうしたの? 何か悪いものでも食べた?」


「殺すぞ、クソ王子」



 いや、だって、ゲームでのリンデンと今のリンデンが違うことは分かってるけどさ。


 今のリンデンが他人へ感謝の言葉を告げるとか普通に怖い。


 何か企んでるのかしら? どうしましょ。



「それより、クソ王子。ソフィアの嬢ちゃんのことはいいのかよ」


「……俺が行ったところで、何を言えば良いのか分かんないよ……」


「……そりゃそうか」



 つい二日前のことだ。


 ソフィアの父であるソルティア公爵の訃報がフェイリスに届いた。


 死因は不明。シナリオ通りの暗殺だろう。


 親しくなったソフィアの父が死んでしまったのは可哀想だが、これで良い。


 ソフィアはこれを切っ掛けに怒りを抱いて、悪魔を従えられるようになるはず。

 そうなったら、七年後に起こる革命を鎮圧できるかも知れない。


 それが一番ベスト、最高の選択肢だ。



「……」



 でも、妙にスッキリしない。


 確実に俺の未来のためにはなっているが、こう、モヤモヤする。



「……少し、様子を見に行くか」



 俺は銃杖の試し撃ちを止めて、ソフィアの部屋へと向かう。


 ソフィアの部屋の前には彼女が連れてきたメイドのナタリーが立っていた。



「あ、ナタリー殿」


「これはアノン王子殿下。……お嬢様は、まだお部屋に籠もられております」


「無理もないです。ご家族が亡くなったのですから。……お食事はどうですか?」


「一応は。ですが、食欲が無いらしく、全て召し上がられてはおりません」



 まあ、何も口にしないよりは遥かにマシ、か。


 俺はソフィアの部屋を軽くノックして、返事が来るのを待つ。



『どうぞ』



 元気の無いソフィアの声が聞こえてきた。


 ちらっとナタリーの方を見ると、彼女は優しくこくりと頷いた。


 俺は扉を開けて中に入る。



「アノン様……」



 ソフィアはベッドの上で上半身を起こし、ただぼーっと窓の外を見つめていた。


 俺に気付いても、悲しそうに俯くのみ。



「顔色が良くないですね、ソフィア嬢」


「……ご心配なく」


「心配しますよ。貴女はソルティア公爵から預かった、大切な客人だ」


「っ」



 ソフィアの表情が曇る。


 何かを言わなくちゃいけないのに、何も言えない、みたいな顔だ。


 しばらくして、ソフィアが重々しく口を開く。



「……私は、どうすればいいのでしょう……」



 まるで救いを求めるような声だった。



「どう、とは?」


「私は、お父様を奪った帝国が、憎い。私のただ一人の家族を奪った連中を、皆殺しにしてやりたい」



 普段は穏やかなソフィアからは想像もできないであろう発言だった。


 しかし、俺は知っている。


 何故なら今のソフィアの言葉は、『ドラゴンファンタジア』に登場する彼女なら言いそうだということを。



「いいえ、帝国だけじゃないです。こんな世界、いっそ滅ぼしてしまいたいくらいです。でも、嫌なんです」


「何故?」


「私を受け入れてくださったこの国が、私は堪らなく愛おしい。生まれ育った公爵領と同じくらい、大切な場所なのです」


「嬉しいことを言ってくれます」



 彼女の滅ぼしたいものリストから外れたということだろう。


 それは俺にとって嬉しいことだが、何故か手放しで喜べなかった。



「シフォン様、リーシア、リンデン殿、エドウィン騎士団長、フェイリス王……そして、アノン様」


「……」


「帝国を滅ぼしてしまいたい。でも、そんなことをしてしまったら、私は大切なものをまた失ってしまいそうな気がして……。でも、だけど、やっぱり私の唯一人の家族である父を奪った帝国が、世界が、許せなくて、この怒りをどうすれば良いのか、分からないのです」



 俺は何も言わないし、言えない。


 そもそも俺は彼女にかける言葉を持ち合わせていないのだ。


 平和な日本で生まれ育った俺に、憎い相手へ復讐したい気持ちなど分かるはずがない。


 適当なことは言いたくない。


 だから、ただソフィアが吐露する彼女の心の内を聞くことしかしない。


 そう、思っていたのだが。





「じゃあ、俺と家族になりますか?」





 ……え?


 自分が何を言っているのか分からなかった。


 俺の言葉にソフィアも驚いているが、彼女以上に俺が驚いていると思う。


 しかし、俺は尚も言葉を続けた。



「あの、アノン様? そ、それは、どういう……」


「そのままの意味です。と結婚して、子供も沢山作って、家族になりましょう。僕がソフィア嬢をうんと幸せにして、悲しみも怒りも、全部忘れさせてあげます」


「……っ、で、でも、私は、きっと忘れられないです……幸せな日々を過ごしても、忘れていられるのは一瞬です……」


「なら思い出してしまう余地もないくらい、僕が幸せにします。ずーっと、幸せにします」


「っ、どうして、そんなことを……」



 そこで、俺は察してしまう。


 今、ソフィアに向かって言葉を紡いでいるのは俺ではない。


 僕だ。

 切っ掛けは知らんが、人格が晴香からアノンに寄っているらしい。



「可愛い女の子が泣いてたら、その子を泣き止ませるためになんでもしてあげたいじゃないですか」


「……そこは、私だからとは、言ってくれないのですね……」



 そう言って微笑むソフィアを、僕は押し倒した。


 ここ数年で更に大人っぽくなった彼女の身体を包む服に手をかける。


 そして、ゆっくり優しく、丁寧に脱がせた。



「そっちの方が良かったかな?」



 僕は笑って誤魔化す。


 俺が僕でいられたのはそこまでだった。


 ソフィアが「ふふっ」と微笑み、満足してしまったのかも知れない。



「……いえ、いいえ。とても、救われるような思いです」



 俺は微笑むソフィアを見て、素直にアノンという男を称賛した。


 やるじゃねーか。


 ただのゲスヤリチンだと思ってたが、そうか。なるほど。


 こいつはただの女好きじゃない。


 きっと本来のアノンは、女のためなら何だってするような、腐っているゲスなようで意外と良い奴だったのかも知れない。


 少なくとも、目の前で女が泣いていたらしゃしゃり出てきてしまうくらいには。


 ……あれ?


 ソフィアが元気になったのは良いけど、この流れって……。



「アノン様。来て、ください。私と、家族になってください」



 俺に向けて腕を広げるソフィア。


 あ、これは、もう引けなくなってる奴やん。何してんのよ、アノン!!







――――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイントアノン設定

わがままで怠惰で好色家だが、女の子は一人一人大事にするタイプの男だった。



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