第14話(2)

 小人族の女盗賊ベティーは、ジュドーの家に戻っていた。

 マストの宝物庫の扉を開けてもらうのは明日の夜。

 今夜ではない。

 そんなわけなので、この台詞。

「さあ寝よう、すぐ寝よう、今寝よう!」

 寝る直前までテンションの高いベティーであった。

 そこにジュドーが声を掛ける。

「俺は、いつもの納品に行ってくる。

 玄関の鍵は掛けとくからな。」

「はいはーい、オヤスミー。」

 玄関を出ると、目の前に見慣れた老紳士が立っていた。

 先日、カクテルバーで老婆バーバラにカクテルを差し出していたバーテンダー。

「なんだグラン、わざわざ出向かなくても納品後に顔出すのに。」

「…お前も無茶してねえか、気になってな。

 ま、歩きながら話すとしよう。」

 ジュドーとグランは、南に向かってゆっくりと歩き出した。

「で、『も』ってなんだ?

 杖の件で俺以外に動いてる奴がいるのか?」

 まだグランから一言も杖と口に出ていないのに、ジュドーは迷う事なく杖と語る。

 自分が通常業務以外に動いている案件なんてこれしかない。

 それに、頼んだ相手は行動が目立ちすぎるベティー。

 とあっては、ものの数時間でバレても不思議ではなかった。

「…自分の動きは既に知られていると分かってたか。

 なら想像つくだろ、バーバラとマティスも動き出したぞ。」

「犯人捜し…か?

 んなもん、杖を国に返すだけで十分だと思うぜ。

 この国の女王と側近どもは、神算鬼謀な極悪人揃いだ。

 こっちが願わなくても隅々まで調べ尽くすに決まってる。」

「だからって黙って見てる性格だと思うか、あの2人が。

 俺は事情を知った上で、お前ら3人をギルドに匿った頃から見て来てんだ。

 今まで無事に生きてきたのに、ここで簡単に死なれたら寝覚めが悪い。」

「死ぬ?」

「長年盗賊ギルドに在籍して今でも顧問をしてるなんて国にバレてみろ。

 死刑か無期懲役確定だろが。」

 グランにそう言われ、ジュドーはフッと鼻で笑った。

「盗賊ギルド“フォクスル”の代表ってな、そんなにお人好しだったのか?

 似合わねえから止めとけ、長生きしねえぞ。

 それに、その事なら大丈夫だ。

 死相は出てねえって断言されたからな。」

「ああ?どこの誰が…!

 まさか、広場で占いやってる婆さんにみてもらったのか?」

「そうだ。

 あの手の婆さんは、客のプライバシーを根掘り葉掘り聞いてくるタイプじゃねえからな。

 気兼ねなくみてもらえる。

 グランも老後の人生をみてもらった方がいいんじゃねえか。」

「フン!俺の老後はバーテンダーって決まってんだよ。

 国に納税だってしている、マトモな店だぞ。」

「それを言ったら俺の老後は鍛冶職人、マティスは生地工房だが…

 バーバラについては何か聞いてるか?

 貴族の出だったと思うが。」

「…行方不明扱いが5年経過した後で、家族から死亡届が出されている。

 家族も提出期限ギリギリまで待ったそうだがな。」

「そうか、今その貴族は?」

「無い。」

「無い?」

「バーバラの弟が唯一の跡継ぎだったようだが、北東部の国境に行く途中、魔物に襲われて亡くなったらしい。

 詳細は知らんが、その時の一隊は全滅したそうだ。」

「そうか…」

「まあ、もう充分稼いだんだから、食うには困らねえはずだ。

 それに、今後の生活も充実しそうだしな。」

「何か良い事でもあったのか?」

「自分のギミック魔術を教える相手が出来たんだとよ。

 余程教えがいのある奴なのか、嬉々としてたぜ。」

「そうか…それは良い事だ。

 で?

 本当に俺の事が心配なだけで、わざわざ足を運んだのか?」

 何か相談事があるんじゃねえのかというジュドーの目つきに、グランは肩をすくめる。

「そう突っ込むんじゃねえよ、話しづらくなるだろが。

 …実は引っ越さねばならなくなってな。」

「引っ越す?

 お前の住んでる家、そんなにボロくねえだろう。」

「そっち(俺の家)じゃねえよ、ギルドの方だ!

 …西区の迷宮の話は聞いてるか?」

「ああ、俺んとこは鍛冶屋だからな、冒険者の話からそれなりに聞いてる。

 新しい地下遺跡が発掘されたってんだろ?」

「繋がっちまったんだよ、その地下遺跡と。」

「…何、マジでか!?」

「ああ、防火扉みてえな重たい扉が突如勝手に動きやがってな。

 『シェルターを解除します』

 だかって、どこからか作られたような女の声が聞こえて。

 気付いたら駅とかいうのに鍵無しで行き来できるようになっちまった。

 まだ杖の方は動きが無いって言うんで、バーバラに扉のギミックしてもらったが、長くは持つまい。

 近いうちにバレるだろう。」

「バレるって誰に?」

「国の王宮魔法陣だよ!

 破封の陣が地下遺跡の調査に乗り出している。

 それも最優先事項でだ。

 破封の陣っていやあ、手出し厳禁のポーラが率いている部署だぞ。

 あのホステス魔法使いに見つかったら最後だ、あいつの二つ名は知ってんだろ?」

「瞬殺のポーラ、か。」

「ああ、だから急いで引っ越し先を探す必要があるんだ。

 カクテルバーはカタギ相手に稼ぐまともな店だ。

 あそこは拠点にしたくねえ。

 北区にある旧貿易倉庫の方は、今王宮護衛団どもが来ていて物色すらできねえ状態だ。

 どこか心当たりはねえか?」

 やれやれ、厄介な話を持ち込みやがって。

 でも地下のアジトが調査中の遺跡に繋がったとなりゃあ、のんびりも出来ねえか。

 …ん? 地下のフォクスルのアジトが繋がった?

 まさか!

「おい!

 マストの方はどうなってる!?

 地下にある満月の宝物庫まで繋がってしまっていたら…!

 あそこはフェイクじゃねえ、本物の宝物庫だぞ!!」

 グランは、自身の血の気が引いていくのを感じた。

「…やべえな、まだそっちは確認してねえ。

 悪い、ちょっと急いで見てくらあ。」

「国の動きもある、気を付けて行けよ。

 俺も納品が終わり次第、後を追う。」

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