第2話(1)

 初老の男は、ベレッタに占ってもらった後、キルジョイズの酒場のカウンター席で遅めの昼食。

 卵とサラダ、猪のカツ、それぞれのサンドイッチと生ビールを頼んだ。

「うちで昼食なんて珍しいな、ジュドー。」

 酒場のマスターであるドワーフのギルにそう言われ、初老の男ジュドーは軽く笑みを見せる。

「今日は非番でな。

 散歩がてら王城前広場を歩いて、その足でここに来ただけさ。

 たまには昼間からビールってのも悪くないだろう。」

「ああ、たまの平日に意味無く休むってのはいいもんだぜ。

 安上りだが優越感みたいなものも感じられるって言うしな。

 日頃のストレスを和らげる意味合いでも、たまに休みを自分で作る価値はある。」

「・・・この酒場、休んでいるの見た事ないぞ。」

「俺は今の仕事が生きがいそのものだからな。

 冒険者時代からの夢だったからよ、自分の酒場を持つってのが。」

 ギルの笑顔にあてられ、ジュドーもつられて笑う。

 このまま幸せな生活がおくれればいいんだがな。

 ・・・そうもいかんか。

「ギル、このサンドイッチ、もう2人前を持ち帰りで用意してくれ。」

「なんだ、今夜は飲みに来ないのか?」

「今夜、客人が来る予定でな。

 話し合いが長引きそうだから、そいつの分も含めて頼む。」

「分かった。」

 ギルが厨房に戻ると、ジュドーはサンドイッチをかぶりつきながら考えていた。


 最初の薄暗い地下室。

 あれは俺の職場、爆薬製造室。

 小人族の女性。

 あれは今夜来るとか言ってた問題児。

 廊下に続く長い血痕。

 血痕は知らんが、あの廊下は見覚えがある。

 確かナンバー2の盗賊ギルド“マスト”に通じる地下下水道からの侵入ルートに違いない。

 黒い衣服を着た商人風の男。

 この前、客として来た男だ。

 特に怪しい素振りは無かったが、何に関わってくる者なのか。

 最後に、装飾が施された豪華な錫杖。

 あれは見間違うわけがない。

 しかし、あの杖が何故今になって出てくる?

 まさか、マハラティーニで何かあったのか・・・?


 ここまで考えながら食べ終えると、ギルがお持ち帰り分を箱に詰めて持ってきた。

「ちょうど空いてた小さい木箱あったから、これに入れといたよ・・・って食うの早えーな、おい。」

「早飯は職人のクセかもしれんな。

 いや、相変わらず旨かったよ。」

 こたえながらジュドーは銀貨を数枚差し出した。

「はい毎度。」

 お持ち帰り品を片手に帰ろうとした時、ジュドーがふと思いついたように口を開く。

「ギル、冒険者だった頃、龍と戦った事はあるか?」

「・・・突拍子もない事聞いてくるな。

 龍と一口で言ってもピンキリだぞ?」

「邪龍と対峙した事は?」

「それはさすがに無いな。

 眉唾な噂話がほとんどで、見た事すら無いんだからよ。

 ダリエンソの迷宮を上に抜けた山頂にある雲龍の塔に高貴なクラウドドラゴンがいるって話だって、あの迷宮を制覇した者がいないんだから空想上の話で終わっているだろ。

 邪龍だってせいぜい名前を聞く程度だ。

 この辺で有名な話だと、マハラティーニで暴れたっていうラハブがそうだが、それだっていつからの口伝かも分からない昔話だって言われたら、信憑性ゼロだしな。」

「驚いた、随分と詳しいんだな。」

「冒険者やると、この手のお話は山のように聞くぜ。

 魔王だの邪龍だの財宝だの。

 ま、現実はフタを開けてみりゃ大した話は無かったけどな。

 それでもそんな話を聞くと、気になってしまうのが冒険者の性なんだよ。

 新たな邪龍の話でも出たのか?」

「眉唾かもしれん・・・がな。」

 ジュドーが立ち去ると、ギルはフムと小首をかしげながら厨房に戻る。

「本当に邪龍なら、戦ってみたいもんだがなあ。」


 戦闘狂な性格は程々にすべきではと感じていた店員たちであった。

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