第6話(1)
酒場通いの酒好き共が憧れる酒場がある。
それが“バー・ナイトメア”。
現実に存在する事はなく、夢の中でのみ出会える酒場だ。
南国風の長身美女が差し出す酒はどれも絶品。
もちろんそれに見合った料金は支払わなければならないので、寝る時は必ずお財布を枕元に置かなければならないという。
そう、本来なら起きている時に入れるバーではないのだ。
先ほどの泡はトレーシーの夢。
つまりベティーはトレーシーの夢の中に、半ば強制的に入り込んだ事になる。
それは自身の死の直前を意味する行為なのだが、ベティーは喜びと興奮を抑えられない極みに。
カウンターにある椅子はたった一つ。
その椅子のポールが縮み低くなっていく。
「どうぞお座りになって。」
トレーシーに言われるがまま座ると、ポールは再び伸びて元の高さになった。
「夢みたい!
バー・ナイトメアに入れるなんてー!!」
トレーシーはフフフと含み笑い。
「そう、ここは夢の中よ。」
「・・・あたしが何しに来たか、聞かないの?」
「ここはバーよ。
まずはお酒じゃなくて?
小人族は酒豪が多いって聞くけど、貴女もいける口かしら。」
「うーん、一応お仕事中だから、強くなくて飲みやすいのお願い!」
「・・・お仕事中か。
なら、ノンアルコールの方が良さそうね。」
トレーシーはそう言いながら数種類のフルーツジュースを均等に入れて腕を振りシェイク。
その妖艶ともとれる腕の動きにベティーは見とれていた。
そしてグラスにゆっくりと注がれる。
「バーのカクテルメニューからは普段外しているんだけど、今日は特別。
シンデレラよ。」
口に含むと爽やかに様々なフルーツの味と香りが程よく刺激する。
「お、おいしー!
こんなカクテルあるんだー!!」
「もちろんタダじゃないわよ。」
「え、あたし無銭飲食なんてしないよ!
いくら?」
「私の欲しい情報を頂戴。」
「へ?
あたしで答えられる事ならいいけど・・・?」
・・・素直すぎる娘ね。
私の夢に対する抵抗がまるで無いなんて。
なら、ストレートに聞いてみようかしら。
「貴女がここに来た目的は何?」
「頼まれてた杖を盗りに来たの。」
「杖?
盗賊の戦利品?」
「あたしが盗んだやつじゃないから、杖の経緯は分かんないけど・・・。
あ!バー・ナイトメアって事は、貴女は御庭番のトレーシーさんでしょ?」
「あら、私のお店と名前を知ってたのね、嬉しいわ。」
「だって、超有名だもん!
じゃあ、トレーシーさんが杖を受け取ってよ。」
え、なんですって?
「どういうこと?」
「あたしの依頼人がね、この国に渡してきてくれって言ってたの。
御庭番なら申し分ないでしょ。」
私の夢の中で、自我を保ち続けたままここまで元気に喋る女の子なんて初めてだわ。
すっかりこの娘のペースで話が進んじゃってるけど・・・ま、良しとしましょうか。
「・・・分かった、私がその杖を受け取ってあげる。」
「良かったー!
あたしの仕事がパパッと楽に終わってくれるうー!!
あ、でもこの夢から覚ますのもうちょっとだけ待って!!!」
「どうかしたの?」
トレーシーの声にベティーはグラスを掲げ
「だってまだ飲み終わってないもん!
味わって飲みたいから・・・ね!?」
小さな女の子が可愛くお願いする仕草に、トレーシーは保育園の保母さんのような優しい表情で
「いいわよ、ゆっくりお飲みなさい。」
と耳元で囁くように語っていた。
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