第13話(3)

 夕方の城下町南門。

 本日、特に何も起きなかった・・・か。

 問題が何も発生しないのは良い事なんだけど、無反応で静かすぎると少々不気味に感じてしまうわ。

 お忍びで来ているハイエルフのメリルは、少し訝し気な表情をしていた。

 だが本人は思考をめぐらす事が苦手で、あまり深く考え込んではいない。

 隣にいた筋肉ムキムキのミシュランは、その表情をどう思ったのか。

 細目で穏やかな笑みのまま、メリルの肩をポンポンと軽く叩く。

「間もなく門が閉まります。

 今日の張り込みはここまでですよ。」

「え、ええ、そう・・・ね。」

 メリルは、まるでドッシリ構えた大仏様とでも会話している様な気分。

 ハイエルフに負けない長身ぶりに、ボディビルならではの鍛え上げられた筋肉をしているが、覇気は薄くいつもニコニコな笑みで落ち着いていた。

 どんな生活すればこうなるのかしらと思ってしまう。

「ところでメリルさんのお泊りは王城区域ですよね?」

「え、ええ。」

「では城門前までお送りさせましょう。」

 ミシュランは南門の駐在所の方に馬車の手配を頼む。

 その馬車が到着すると、メリルだけを乗せた。

「ミシュランさんは乗らないんですか?」

「私は徒歩で自宅に直帰しますので、ご心配なく。

 御車さん、お願いします。」

 そう言って、メリルを王城へ戻らせた。


 馬車が見えなくなったところを見計らって、老婆ベレッタが現れる。

「久しぶりだね、ミシュラン。」

「おお、ケイトさんのところのお婆さんですね!お久しぶりです。

 ポーラさんから状況は把握していましたが、ケイトさんの仕事絡みで?」

「まあ、そんなとこだね。

 ところで、あの一緒にいたお嬢ちゃんは大丈夫なのかい?

 あんたはアタシの気配に気付いてたけど、お嬢ちゃんはサッパリだったろ。」

 そう言われ、ミシュランは右手で頭を軽くかく。

「長寿のハイエルフだけに魔力量は相当なものですが、扱いは少々雑に見えます。

 ただ宮廷魔法庁長官の肩書を考えるなら、そう見せているだけかもしれません。

 ・・・今のところ確定出来る要素は皆無ですかね。」

 この感想を聞き、老婆ベレッタはニヤリとした。

「やっぱり、そういう事かい。

 ミシュラン、あんた護衛という名目で目付も兼ねてんだろ。

 一緒に馬車に乗るべきじゃなかったのかい。」

 するとミシュランは軽く笑み

「いえ、私はあくまで護衛ですよ。

 今のは個人的な感想です。」

 と言い切った。

「フン!そういう事にしとくかい。

 ・・・裏切り者を探すという密命を受けていたメリル自身が、実は裏切り者という線は消えてないんだろ?」

 ベレッタは裏の裏をかくといった感じのネタを平気で振ってくる。

 しかし、それでもミシュランは少しも動じない。

「消えてはいないようですが、メリルさんは白かと。

 裏切るとかそういう類の権謀術数には縁が無さそうなタイプです。

 あまりにも反応が素直過ぎて、あれじゃ子供相手でも騙すのは難しいでしょう。」

「ハイエルフは、不老長寿だけにクールな性格の者だという話は眉唾かね。」

「齢500くらいにならないと、そこまでいかないようですよ。

 ま、そういった話は“お目付役”にお任せしていいんじゃないでしょうか。」

 ミシュランのこの台詞は、自分以外にも動いている者がいるという事を確定付けていた。

 そのあまりにも露骨な台詞にベレッタが目を剥く。

「まさか、あんたは本当にただの護衛役だけだと?

 ハイエルフ相手に、対等に動ける奴がこの国にいるってのかい?」

「ええ、いますよ。

 御庭番の、序列6位のトレーシーさんでしたか。」

 !

「あの夢魔術師を目付にしたのかい・・・女王も豪胆な策を立てるわ。」

「豪胆・・・ですか?」

「なんでポーラやケイトは魔女と呼ばれず、あのトレーシーだけが魔女と呼ばれるのか。

 事態が悪化した時、ハイエルフの連中は身を以て知る事になるだろうよ。」

「それは凄そうですね。」

 ベレッタの恐怖の念がこもった声が相手でも、ミシュランのドッシリ感は微塵にも揺らいでいなかった。


 家に帰宅後、夕食のテーブルでベレッタは

「ケイトはどう思う?」

 と率直に問うた。

「ミシュランは簡単に動じるタイプじゃないわよ。」

「そっちじゃない、ハイエルフの裏切り者の方だよ。」

 そう言われるとケイトは、うーん、と軽く唸りながら食後の白ワインを飲む。

「夕方にポーラから伝書が届いたの読んだけど、あっちはスージーは白だと言ってるみたい。

 主要のメリルとスージーが白だと、残るはスージーの部下3人のうちの誰かって事になるんだけど、いまいちピンとこないのよねー。」

「・・・確証が得られない・・・かい。

 ミシュランもメリルの魔力についてだったけど、そんなこと言ってたね。」

「確証もだけどさ、ハイエルフの現国王って海千山千の知謀タイプって噂だし。

 裏切り者って単語一つで、掌の上を作っているような気がするのよ。」

「考え過ぎじゃないのかい。」

「そうである事を願ってるわ。」

 ケイトはそう呟くように言いながら、横目で妹キャサリンをチラ見。

 いつもはノンビリ口調で何か言ってくるのに、全く無いのが気になった。

 この娘、何か知ってて隠してるんじゃないでしょうね。

 事前に国に頼まれて杖のレプリカを試作していた事といい、正直ハイエルフよりも気になるわ。

 その思いを察知したのか、キャサリンはゆっくり立ち上がり

「じゃあ、オヤスミー。」

 といって自室に。

 ・・・逃げたな。

 そのうち分かるとは思うけど、分かった時にはもう遅いような気がする・・・。

 ホントに考え過ぎなだけである事を願うわ。


 嫌な予感というものは、何故か当たることが多い。

 ケイトがその事実に直面するのは、そう遠くないかもしれなかった。

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