第8話(3)

 人が森の中で熊を見つけた場合、襲われないよう見つからないよう注視し、他の存在は些事となり一切の物事が見えなくなる。

 ハイエルフたち4人は、女王やヴェスター、御庭番3人の強者を目前にしている為、隣の部屋の存在など感じ取れなくなっていた。

 そんな感情を利用して、隣の部屋には静かに聞き耳を立てていた者たちが3人。

 女王たち全員が部屋を出た後、押し殺していた緊張を解くかのように、皆フーッと深く息を吐く。

 そして筋肉ムキムキのミシュランが、ハイエルフのメリルに問う。

「あのオリビア殿のお話は、事前に貴女から伺っていたお話と一緒でした。

 ということは、貴女自身が前もって語っていた事も・・・。」

「はい、信じたくはありませんが、事実である可能性が高いです。」

 少し前、メリルはミシュランをボディーガードとして紹介され、色んな意味で非現実的な感情を抱いていたが、話してみると紳士で丁寧に語ってくれるところから、徐々に受け入れてくれているようである。


 ミシュラン・マーク・レイバー。

 自宅でボディビル・ジム“ビューティフル”を経営するこの男は、極東の国の格闘技“空手”を極めた格闘家でもある。

 そして何故か、あの花屋のフランソワよりも序列が上の、凄腕の魔法使いでもあった。

 格闘技ゆえに肉体強化の魔法を主に行使するが、だからといって他の魔法が使えないわけではない。

 使い魔もおり、普段は小さなリスザルのような姿をしているが、戦闘時にはキングコングに変化する。

 前代未聞の、前衛に適した魔法使い。


 メリルにミシュランを紹介したのは、メリルを王城に連れてきたラルド将軍であった。

 王宮騎士団第4軍将軍。

 騎士団最強の将軍との声が高く、次期騎士団総責任者になるであろう逸材だ。

 獣魔術師でもあり、炎虎ガーゾを2頭従えている。

 そのラルドも確認するように口を開く。

「間違いないのだな?」

 メリルは静かに頷き

「はい。

 あの4人の中に、邪教集団ラハブに通じている裏切り者がいます。」

 と、こちらもオリビア同様に覚悟をもった眼差しで、低い声で語っていた。


 スージーたちは杖を探し出す事。

 メリルは裏切り者を探し出す事。

 国王付きの補佐官からそれぞれ別時間帯に呼び出されて受けた勅令。


 そしてこの部屋に新たに入って来た者の報告は、この場の皆の目を剥いた。

「失礼します。

 今、ハイエルフたちの死体を発見したと、護衛団本部から連絡が入りました。」

 メリルがガタンと音を立てて席を立つ。

「私を立ち会わせて下さい。お願いします!」

 ミシュランがラルドに目線を送り、ラルドは軽く頷いた。

「我々も同行します。行きましょう。」


 地下の宝物庫で発見したハイエルフたちの遺体は、地上にある旧貿易倉庫の一室にまとめて並べられていた。

 全部で7体。

 メリルは近付くと、即座に左腕の袖をまくり上げた。

 袖裏に邪龍ラハブをイメージして描かれた紋章が縫い付けてある。

 肌に直接入れ墨やペイント等したら目立つだけだから、この様な見えぬ箇所にしていたのか。

「自国で得たラハブに関する情報の一つです。

 必ず衣服に、利き手とは逆の方の袖に印を付けているのは組織の手先(格下)らしいです。」

 ミシュランはウンウンと頷く。

「この国に潜入したのはこれで全員・・・というわけではないですよね?」

「すみません、何人入り込んでいるのかは・・・。」

「もし、盗賊の宝物庫とやらで杖を発見していた場合、生き残りが持ち去った可能性があります。」

 !

「では、急ぎ門に・・・!」

 その声にラルドは腕を組みながら

「城下町に入る門は全部で6つ、北西と南西を除いた各方面にある。

 どの門に行くつもりだ?」

「あ・・・。」

「今からでは到底間に合わん。

 しかし、貴女が事前に文を送って頂いたおかげで、全ての門は今まで以上に厳しい検閲がされている。

 それを目の当りにしたら、おそらく門からの脱出は諦めるだろう。」

「では、貴方ならどうやって脱出を図りますか?」

「古の遺産と呼ばれている、地下の大下水道。

 最近、新たな地下道も発見されたと聞くが、あの大下水道は南方の国外にまで伸びているという噂がある。」

 メリルが、ではそこにと言おうとした時、ミシュランが真剣な面持ちで語り出す。

「ラルド殿ほどの実力者ならともかく、そうでない者には無理な話です。

 地下の大下水道は一言で表すなら巨大迷路。

 更に奥は魔獣や妖獣、不死者たちが徘徊する、上級冒険者でも危険なエリア。

 簡単に足を踏み入れるべき場所ではありませんよ。」

 するとラルドはやれやれと言いたげに

「まだ私は話し終えてないぞ。

 地下道の可能性は全く無いとは言い切れん。

 しかし宝物庫を守護していたのは何か知らぬが、それに殺される程度の奴らでは、間違っても地下道を抜けるなど出来ん。

 だから手段としては、門衛を引き付けるほどの大きなトラブルを起こす事が考えられる。」

「なるほど!」

「今はまだそのような報告は受けていない。

 すぐにトラブルを起こせぬところからして、人手不足で仲間待ちかもしれん。

 ならば不審者はまだ、城下町の中に潜伏しているはずだ。

 騒ぎを起こすなら、貴女の入って来た西門か、スージー殿の入って来た南門のどちらかという可能性が高いだろう。」

 言いながらラルド将軍は背を向けた。

「私は第4軍のいる西門に戻る。

 ミシュラン、南門は任せていいな?」

 今後の行動が決まったからか、ミシュランは健康的な白い歯を見せて笑う。

「分かりました!

 南門はお任せ下さい!」

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