第2話(3)

 夕方。

 城下町北西部の一角にある住宅街。

 そのうちの小さな平屋にジュドーは一人で住んでいた。

 妻はいるのだが、裏稼業の事情から別居している。

 玄関の鍵を開けて家の中に入ると、居間から人の気配が・・・。

 あの、問題児が。

 ドカドカとわざと音を立てて廊下を歩き、居間に入って吠える。

「このドチビ!

 勝手に家に入ってんじゃねえ!!」

 するとソファーから飛び出すように小さな女の子が出てきた。

 小人族だ。

 小さすぎてソファーの背もたれで完全に姿が見えなくなっていたのだが、普段から落ち着きが無いのかガサゴソ動いていて、ここにいるのがド素人でも分かる。

 こんなんで、よく盗賊なんかやってやがんな。

 女の子は鼻息を荒げながら

「誰がドチビよ、このチビジジイ!

 世界一美しく背の高い女盗賊に失礼でしょーが!!」

 小人族の中では長身だと言いたいのだろうか。

 どうみても90センチ程度の身長は、小人族の一般平均身長に見える。

「・・・相変わらず元気そうなのはいいが、今日は何の用だ?

 また家に泊めてくれとか言うんじゃねーだろうなあ?

 ここは避難所じゃねーんだぞ。」

「そんなんじゃないわよ。

 あたしが預けてた小道具一式、返してもらいたいんだけど。」

 盗賊はピッキングツールなどの小道具を国をまたいで持ち歩く事はしない。

 そんな事をすれば検問で引っ掛かるので、その国の盗賊ギルドから借りるのが通例であった。

 だがこの女の子に至っては、どの盗賊ギルドにも属していないモグリ。

 その為、信用できる者にツールの保管を依頼するというのもモグリの間では通例である。

「・・・座って待ってろ。」

 ジュドーは居間つづきの台所に行き、床下収納の床板を外す。

「・・・随分、安直なところに隠してるわね。」

「こんな古い平屋に盗みに来る馬鹿はいねえからな。」

 床下収納には、蓋の無い3つの箱があった。

 それぞれの箱に「燻製」「野菜」「果物」と書かれているが、文字はだいぶ前に書いたのか読みづらくなっている。

 そして箱の中身はバラバラだった。

 「燻製」に野菜が、「野菜」に果物が、「果物」に干し肉が入っている。

 一見、文字はもはや意味を成さず、ただの入れ物扱いとしか思えない。

 ジュドーはその中身を、文字通りに入れなおした。

 すると、ゴゴン、と音がして床下収納のスペース全体が横にスライドし、もう1つの収納箇所が姿を現す。

「一応、最低限の用心はしてたのね。」

「昔の、家財を守る知恵の1つらしい。

 船に乗っていた機関士の自作だと聞いた事がある。」

 ジュドーは言いながら小さな木箱を取り出した。

「ほれ、中身を確認しな。」

「どうもー。」

 女の子はテーブルの上に木箱を置いて開け、中身を確認。

 ジュドーはそのテーブルに買ってきたサンドイッチを置いた。

「おっ、気が利くぅー!

 さっすがあたしが信頼するジュドー先輩だわぁ!」

「御調子ぶりはいいから食え!

 聞きたい事もあるしな。」

「あたしに聞きたい事?」

「マハラティーニから戻ってきたんだろ。

 向こうの情報、何かないか?」

 ジュドーも聞きながら向かいのソファーに座り、サンドイッチにかぶりつく。

「あー、なんかねー、杖がどうこう言ってたよ。

 嘘か本当か知らないけど、杖が無いと邪龍が復活してしまうとか言って騒いでた馬鹿がいたかな。

 邪龍なんて、おとぎ話の絵空事じゃんねー。」

「昔、ある盗賊がマハラティーニで盗んだ杖の行く先について、何か知っている事はあるか?」

「・・・あれって30年くらい前の話でしょ。

 あたしまだ生まれてないから又聞きの話になるよ。」

「それでも構わん。」

「なんか装飾が立派だったっていうんで、売らないで盗賊ギルドの宝物庫の1つに保管したっていう話だったかなあ。」

「どこの宝物庫か分かるか?」

「たぶんナンバー3“セイル”の宝物庫だよ。

 ナンバー1“フォクスル”の宝物庫はフェイクだし、

 ナンバー2“マスト”の宝物庫はアレの御用達だし、

 ナンバー4“アンカー”の宝物庫は馬鹿やったままでしょ。」

「・・・えらく詳しいな。」

「そりゃ一応あたしにもお仲間はいるからねー。」

 サンドイッチが旨いからか、褒められたからか、女の子は上機嫌。

 ・・・可能性に懸けるか。

「杖を盗んできてくれと言ったら、受けてくれるか?」

「え、部屋のインテリアにでもするの?」

「・・・昔の仕事の後始末・・・かな。

 盗んだ杖は、そのまま王城に引き渡してくれると有難い。

 無理なら俺に届けてくれ。

 俺が王城に持っていく。

 どうだ、ベティー?」

 ベティーと呼ばれた女の子は、サンドイッチを残さず平らげるとニヤリとして

「いいよ、いつもお世話になってるもんねー。

 じゃ、その間はここに寝泊まりいいよね?」

 結局宿代わりか、オイ!

 ・・・って、しゃあねえな、まあいいか。

「分かった、必要な経費があれば言ってくれ。

 あと、お前がいない間に“セイル”は潰されている。

 再編成の動きがあるから気を付けろ。

 たぶん今セイルの宝物庫を管理しているのは、ナンバー2のマストだ。」

「セイルが潰されたあ!?」

「麻薬絡みの事件でな。

 ま、もう終わった話だが。」

「麻薬?セイルが??」

「言っておくがアンカーは絡んでねえぞ。」

 ベティーは少し考え込んでいたが、気を取り直したようにスッと立ち上がる。

「ま、そっちの話はいいわ。

 杖の事はまっかせなさーい!

 世界一の盗賊ベティー様に盗めない物なんてないわ!!

 ・・・で、いつもの寝室使っていいのよね?」

 盗賊なら今から仕事するのでは?

「今夜は動かないつもりか?」

「睡眠不足は美容と健康の敵よ!

 朝食とったら動くから。」

 朝イチで動く盗賊というのもどうかと思うが・・・まあいいか。

「分かった。

 寝室は奥にある部屋を使え。」

「じゃ、おやすみー。」


 国よりも確かな情報をもって杖の捜索に取り掛かるベティー。

 彼女の動きは必然的にケイトを巻き込んでいく事になる。

 ほぼ確実に。

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