第7話 夕食会

 聞こえていないのか、聞いていないのか。

 リカルドは返事をせず、皿のチーズを取って口に入れた。


 リカルドが「自分はジェマの客で、帝国の皇子だと名乗ってはいない」と、言った・・・いや、言ってくれたので、ヴェルテラ側もそれを通す事にした。

 それゆえの、ジェマとリカルドだけの夕食会だ。


 リカルドの言葉によって、ヴェルテラは「帝国皇子誘拐」の責を負う事を避けられる。

 帝国軍の襲来という、最悪の事態を回避したと言っていい。


 けれどジェマとしては、納得が行かない。

 帝国の皇子の身柄と引き換えに、税の軽減を求める、という目的は果たせずに終わってしまうのだ。

 これでは、何のためにさらって来たのか分からない。


「このチーズも美味いな。やはりこの里で作ったのか? こっちの皿のチーズは、また違うようだが・・・」

「そのチーズは山羊乳やぎにゅうのチーズだ。そっちの皿のは羊乳ようにゅうでできていて、全部里で・・・」


 説明をしている途中で、ハタ! とジェマは我に返る。

 チーズの話じゃなくて!


 リカルドはそんなジェマを見て、ニヤニヤと笑っていた。

 からかわれていると分かって、ジェマは「ムウッ」と頬を膨らませる。


「ジェマが、俺を『客人』だと言ったんだぞ」

「わたしが?」

「門番にそう言ったじゃないか」


 確かに・・・言った。

 「攫って来た」などと言えば、大騒ぎになると思って言った事だ。

 ・・・結局は、フラムの口から全部知れてしまったのだが・・・


「縛られもせず、客間をあてがわれたので、『客人だ』と言ったまでだ」

「そ、それは・・・」


 無理に攫って来たのだから、これ以上の無体はしたくなかった。

 逃げずに居てくれれば、それで良いと思ったのだ・・・。


「・・・人質が疲労で身体を壊し、死んでしまっては、元も子もないからだ」

「ずいぶんと行き届いた誘拐犯だな」


 ジェマの返事に、リカルドがまた笑った。

 しゃくに障る。

 こっちは真剣に話しているのに、笑われてばかりだ・・・


「わたしの目的は、ヴェルテラへの税の軽減だけだ。それが達成されれば・・・いや、皇帝がヴェルテラの窮乏を知ってくれさえすれば、わたしは人質を返し、この命をもって罪をあがなうつもりでいた」


 リカルドは表情ひとつ変えずに、食事を進めて行く。

 ジェマの「命がけ」という言葉さえ、軽く受け止めているようだ。


「リカルド!」

 我慢できなくなったジェマが、声を荒げた。

 リカルドが目だけを上げる。


「・・・殊勝、と言いたいところだが、皇子誘拐の大罪は、小娘ひとりの命を差し出したくらいで、贖えるものでは無い。一族もろとも殲滅せんめつさせて終わりだ」


「そんな事・・・できるものか!」


 ジェマの声は、さらに大きく強くなる。

 小娘などと言われて、殲滅などと聞いて、黙ってはいられない。


「できるさ。そうやってどれだけの国と民族が、帝国に呑み込まれていったか・・・お前に分かるか? ジェマ」


 冷徹な響きを持った、リカルドの声。

 顔も、言葉の端さえも、笑ってはいなかった。


 ジェマは下を向いて、唇を噛む。

「・・・くやしい」

 そのひと言を、やっと搾り出した。


 沈黙がふたりの間に落ちてくる。

 コトリと、リカルドが杯を置く音が聞こえた。


「営利誘拐なんかより、正攻法でかつ確実に、ヴェルテラの税を軽くする方法がある」


 思いも寄らない言葉に、ジェマは顔を上げてリカルドを見た。


To be continued.

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