第28話 疑惑と無礼

 止む事なく扉は叩かれていて、かなりうるさい。

 その上・・・


「おいっ! 早く開けやがれ!」


 と、いう怒号も聞こえてきた。


「おいっ! クソ皇子! まさか、このまま黙って逃げようなんて思って無ぇだろうなっ!」


 これまで様々な陰口を叩かれて来たが、「クソ皇子」と呼ばれるのは、生まれてこの方、初めてだ。

 それも、こんなに大声で。


 それにこの声は、確か・・・

 リカルドは寝台を出ると、上着を肩に引っ掛けて、扉を開けた。


 突然、ヒュッ!っと、風を切る音と共に、拳が飛んで来る。

 まともに食らうのを、避けるのが精一杯。

 鈍い音の後、じわりと広がる痛みと血の味。

 そして、女の悲鳴。


「フ、フラムッ! お、お前は何て事をっ!」


 ・・・ああ、フラムというジェマの乳兄弟か。

 それで、この真っ青になっている女官が、乳母の・・・エッダだったな。


 頭のなかで確認するリカルドの胸元を、フラムが締め上げる。

 リカルドの目の前に、フラムの激怒している顔があった。


「てめぇ、昨夜ゆうべ、ジェマに何をしやがった!」


 昨夜? ジェマに? 何を・・・とは?

 リカルドが考えていると、フラムがさらに手に力を込めた。


「ジェマが一人で、この部屋に来たのは知ってるんだ! ジェマに何をしたんだ! 返答次第では、てめぇをブチ殺す!」


 すごまれて、怖気おじけづくリカルドでは無い。

 まして、「ブチ殺す」などと言われては、黙っている訳には行かない。

 胸元を締めるフラムの手首を、リカルドが掴んだ。


「事態を説明しろ。貴様ごときの問いに答えるかどうかは、それから決める」

 リカルドの冷静な言葉に、フラムはますます頭に血が上ったようだ。


「この野郎っ!」

 残った方の手で、拳を握る。

 その拳に、エッダがすがりついた。


「ひ、姫様が・・・ジェマ様がどこにもいらっしゃらないのです! お部屋に置手紙があって・・・でも、どこへ行かれたのかは書かれていなくて・・・」

 エッダは早口で、状況を語った。


「・・・何だって?」

 リカルドは目を見開く。

 そして強引に、フラムの手を引き離した。


 母親エッダを巻き込むのを避けたのか、フラムは「チッ」と舌打ちしただけで、それ以上食ってかかる事はせずに、一歩後ろへと退しりぞく。


 エッダはホッと息を吐くと、息子の拳から手を外して、話を続けた。


「昨夜は、お夕食の時間になっても、食堂にお越しにならないので、お部屋におたずねしたところ、『食欲が無い』とのお返事で・・・」


 何も食べないのは身体に悪い、と思ったエッダは、山羊乳を部屋へ持って行く。

 だが、ジェマはエッダを部屋に入れず、『後でもらう』とだけ、答えが返ってきた。

 エッダは仕方なく、廊下に山羊乳を置いて、その場を後にする。


「今朝早く、おさのお具合が悪くなられまして・・・そんな時、いつも姫様は、呼ばれなくともお部屋に駆けつけて、ご看病をなさるのに・・・今日はお見えにならないので・・・」


「ジェマの部屋に行ったところ、もぬけの殻で、置手紙だけがあった・・・という事か」

 エッダの話を、リカルドが締めくくった。


 うつむいていたフラムが、口を開く。

「・・・母さんに顔も見せないなんて、そんな事は今まで無かったんだ。俺に何も言わずに、こっそり城を出て行くなんて事も・・・だから!」


 顔を上げて、リカルドを睨みつけた。

 それを受けて、

「俺は何もしていない。貴様が思っているような事は、何も・・・」

 と、リカルドが答える。


「支度を整えるから、少し待て」

 そう言って、リカルドは扉を閉めた。

 そして、心を落ち着かせるように、深く息を吐く。


 ジェマがいない?

 どこへ行ったか分からないだと?


 動揺していた。

 そんな自分に、リカルドは驚き、戸惑っていた。


To be continued.


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