第27話 その朝のリカルド

 ジェマがカルロスの陣に捕らわれている頃、ヴェルテラの城はいつもと変わらない様子であった。

 だがしかし、その内部では大騒動となっていたのだ。


 まず発端は、その日の明け方。

 おさ、ジュストの体調が悪くなり、典医てんいが部屋に呼ばれ、城の中はにわかにあわただしくなった。


 だから、本当ならば、もっと早い時間に気づくはずだったのが、今日に限って遅くなってしまったのだ。


 長姫ジェマが城に居ない、と。



 同じ朝、リカルドはどことなく騒々しい空気を感じて、目が覚めてしまった。

 昨夜は、ほとんど眠れなくて、辺りが薄明るくなり始めた頃、やっと眠りにつけたというのに・・・。


『わたしを妃にすると言ったのも・・・その為か? ユニコーンの角が欲しいために・・・皇太子の座が欲しいために・・・わたしを手札とし、利用する為か?』


 ジェマの言葉が、その時の表情が、トゲのようにずっと胸に刺さっている。


『お互い様だ。お前だって、俺を利用する為に、さらって来たじゃないか』


 この返答は間違いだった。


 正しくは『そんな訳無いじゃないか』と、微笑みを浮かべる場面シーンだ。


 例えジェマの言葉が・・・

 真実その通りだったとしても・・・


 リカルドは寝返りを打って、毛布を被りなおした。

 続き部屋の居間の方は、明るい陽射しが入っている。

 朝と言っても、早い時間では無いのだろう。


 もう少し寝ていたいと、目を閉じた。

 なのに、頭の中は妙に冴えて、また同じ事を考えてしまう。


 なぜ、あんな事を言ってしまったのか。

 なぜ、あんな本音を漏らしてしまったのか。


 本音・・・?


 この俺が?

 出会ったばかりの娘に、本音だと?

 ありえないな。


 ・・・どうも調子がおかしい。

 貴族の娘たち相手では、もっと上手くやれた。

 なのになぜ、あの姫にはその手が通用しない?



 天幕に突如とつじょ現れた、ヴェルテラ族の娘。

 油断していたとはいえ、見事に背後を取られた。

 あんな事は、初めてだ。


 それがただの娘では無く、長姫と知った時、手に入れたいと・・・思った。

 もし、ユニコーンの角が本当にヴェルテラにあるのなら、長姫の伴侶はんりょとなれば、堂々と所有できる。


 どうせ、政略結婚しかできない身の上。

 ならば、自分にとっての利益を優先したい。

 他の兄弟に取られるくらいなら、俺が手に入れる。


 だから、求婚した。

 あの箱入りで堅物かたぶつの長姫には、その方が受け入れられると思ったからだ。


 ・・・断られたが。

 まぁ、それも想定内。

 求婚した事実さえあれば、あとは時間をかけても問題無い。

 だからここまでは、失策ミスも無く順調だった。


 なのに、あんな事を言うから・・・

 俺の気持ちを疑うような事を・・・


「えっ?」


 思わずリカルドは、ガバッと寝台から身体を起こした。


 何だ? 俺の気持ちって?


 まさかシュレンに言った軽口が、本当になったと言う訳ではあるまい・・・?


 求婚したのは、ユニコーンの角を手に入れる為だ。

 角が手に入るのなら、ジェマが言う通り、他の娘が結婚相手でも、一向いっこうに構わないくらいだ。


「そうだな・・・あんな子供のような姫じゃ無くて、もっとしとやかで、歳相応に大人びていた方が・・・」


 リカルドは、まだ見ぬ他の娘に想いをせてみるが・・・

 少しもしないうちに、頭をクシャッとかいて、ため息をいた。


 だめだ・・・

 やはり、調子がおかしい。


 目に浮かぶのは、あの波打つ黄金の髪。

 青くあおい、宝玉の瞳。

 遠慮無しに笑い、遠慮無しに怒る。


「ジェマ・・・」


 その名を口にして、リカルドは自分の両手を見つめた。


「俺は・・・」


 ダンダンダンッ!

 激しく扉を叩く音に、リカルドはハッと我に返った。


To be continued.


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