第26話 手みやげの価値

 細長い箱は木製で、しっかりとした造りであった。

 ジェマがずっと大事に背負って来た物で、途中、アルティナとの戦闘時もそのままだったが、箱は破損もゆがみも無い。


「しかと答えよ、姫。この箱には何が入っている?」

 カルロスは、重々しくジェマに問うた。


 ジェマは口を結んだまま、カルロスを見据える。

 そのかたくなな様子に、カルロスは薄く笑った。


「お前、これを父上に差し出すつもりであったのだろう? 言えぬとあらば、あやうい物を御前に持ち込もうとした罪で、捕らえるぞ」


 ・・・すでにもう、捕らわれているじゃないか。

 これ以上、どうすると言うのか。


 そう言ってやりたい気持ちを押さえ込んで、ジェマは、問われた事の返事だけ、

「角だ」

 と、短く告げる。


 それを聞いたカルロスは、上半身をジェマの方へと突き出した。

「角! 角なのだな! それはどんな角だ?」

「薬となる角だ」


 ジェマの答えに、カルロスは勝ち誇ったような笑顔になる。

 そして「うんうんうん」と何度も頷くと、ばふっ、と背もたれに身体を預けた。


「ああ・・・ようやく・・・長い道のりであった・・・」

 カルロスは顔を天井に向け、物思いにふけるように目を閉じる。


「私の努力が、報われる時が来たのだ。やはり天は、見ていて下されたのだ・・・」

 そして、おもむろに手のひらを天に向け、両手を高く掲げた。


「殿下、よろしゅうございました」

 従者イリサールは、そんなカルロスを前に、目元を何度も拭っている。

 アルティナは変わらない微笑で、それを見ていた。


 ・・・これは、どうすれば良いのか?

 ただ座っているしかないジェマは、何とも居心地が悪い。


 旅芸人の芝居ならば、ここらで楽器が打ち鳴らされて、多いに盛り上がる場面だろう。

 歓声を上げるとか、拍手するとか、した方が良いのだろうか?


 けれど・・・

 努力だなんて言っているけど、カルロスが何をしたと言うのか?


 リカルドの陣内に、ヴィトをひそませたように、恐らく他の皇子の下にも、手の者を送っているのだろう。

 そして誰かが「角」を手に入れたところを、横取りしようとした訳だ。


 誉めるべきは、その策をろうした事か。

 だがそれは、悪賢わるがしこいと言うのではないか。


 そんな手に、自分はまんまと引っかかってしまったのだ。

 ジェマは、勝手に盛り上がっている壇上から目をらし、うつむいて拳を握り締めた。



「それでお前、これを手土産てみやげに、父上に何を要求するつもりだ?」


 ハッとして、ジェマは顔を上げる。

 さっきまでの、三文芝居とは打って変わって、椅子にどっかりと座ったカルロスが、ジェマを見据えていた。


「リカルドを誘拐したのも、人質として何かを要求するためであろう?」

 重ねて問うてくるその顔には、薄い笑いがあるが、ジェマを見る目は厳しい。


 あなどってはいけない。

 これでも、帝国の皇子なのだ。


 ジェマは気を引き締める。

 ひとつ大きく息を吐いて、

「ヴェルテラの税の軽減」

 と、ありのままに答える。


 この時、初めてヴィトが、ジェマへと視線を向けた。

 それを目の端で捕らえていたが、ジェマは振り返らなかった。


 カルロスは鼻で笑って、

「浅はかだな」

 と、ひと言で切り捨てる。


「いずれにせよ、この箱の中をあらためなければ。角だと言いながら、危険な物が入っているかもしれないからな。私が自ら、確かめよう。イリサール!」


 呼ばれた侍従は、箱の載った小机を、カルロスの椅子の前に移動させた。

 間近で細長い箱を見て、カルロスは、はたからでも分かるほど、目をキラキラと輝かせる。


「・・・いよいよ、伝説を目の当たりにするのだな・・・」


 カルロスはゆっくりと、箱の蓋に手をかけた。



To be continued.

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