第29話 置手紙

 東の客間には、すでに朝陽が明るく降り注いでいた。

 テーブルの上に置かれた手紙を見つめて、リカルドは眉根を寄せる。


『思うところあって出かけます。心配しないで下さい』


 均整の取れた筆跡は、間違いなくジェマのものだと、フラムとエッダが口を揃えた。

 「心配するな」と言われて、心配しない者は居ないぞ・・・と、リカルドは思う。


「・・・で、捜しには出ているのか?」

 リカルドの問いに、

「下の森と中の森、それに上の森にも人を出している」

 と、フラムが答えた。


「その割に、静かじゃないか?」

 窓の外に視線を向けて、リカルドが言う。

 そこから見える里の風景は、昨日と変わらず穏やかなもので、行方知れずの長姫を、総出で捜しているような様子は見えない。


「今朝方からおさの具合が悪い。だから奥方様にしか、この事は伝えて無いんだ。大掛かりにしてしまうと、長に気づかれてしまう」

 フラムは、いら立ったように返事をした。


 確かに、今朝早くあわただしい気配がした。

 そう思い返しながら、リカルドは里の景色を眺める。


 ヴェルテラの族長が病がちであるのは、以前から耳にしていた事だ。

 だから、新年の挨拶などの、皇帝への謁見えっけんが必要な行事にさえ、族長本人では無く、名代みょうだいが参上している。


 実はその辺りが、「ヴェルテラの要求が皇帝に伝わらない原因だ」と、帝都でささやかれている事も、リカルドは承知していた。


 だが今年、族長の跡継ぎである長姫ジェマが成人している。

 恐らく、来年の挨拶には、ジェマが名代として立つ事になるのだろう。

 そうとなれば、ヴェルテラの次期族長は、ひとり身の姫君であると、帝国じゅうに知れ渡る事になる。


 それは、つまり・・・


 リカルドは、長椅子から立ち上がった。


「ジェマの部屋へ案内しろ」

 返事を聞かずに、リカルドは出口へと歩いて行く。


「あ、おい! 待てよ!」

 フラムがあわてて追って来た。

「あいつの部屋は何も変わり無かった! この置手紙の他は手がかりなんて・・・」


「家族同然のお前たちでは、ジェマの失踪しっそうというだけで、頭に血がのぼって、あてにならない」

「何だとっ・・・!」

 リカルドの言い様に、フラムが再び気色ばむ。


「フラムと言ったな。お前は、俺がジェマの行き先を知っていると思って、この部屋に来た訳ではあるまい? ジェマを捜しにも行かずに、俺を殴りに来ている時点で、冷静さを欠いている。・・・違うか?」


 フラムはハッと顔を赤くして、唸るような小声をもらす。

 その先は、言葉にならないようだ。



「ご案内いたします」

 黙ってその様子を見ていたエッダが、部屋の扉を開く。


「あら・・・」

 そのエッダの声に、リカルドは廊下を見た。

 そこには、体格のよい中年の男が立っていた。


「親父?」

 リカルドの後ろで、フラムが驚いたように言った。

 ガイオは、フラムに苦々しい顔を見せたが、すぐにリカルドに向き直り、頭を下げる。


「初めてお目にかかります、リカルド殿下。ヴェルテラ族長の補佐を務める、ガイオと申します」

 折り目正しく挨拶をしてから、ガイオは横目でエッダとフラムを見た。


「この者らから、事情はお聞き及びでしょうか?」

「ジェマ・・・長姫が行方知れずと聞いた」

「さようでございます。しかしながら、長姫の行方に見当が付きました」


「えっ! どこだよっ!」

 遠慮無い大声を出すフラムに、ガイオは厳しい視線でいさめる。

 そして、咳払いで仕切り直すと、話しを続けた。


「城内を調べましたところ、蔵より『角』が持ち出されておりまして・・・」

「角・・・だと?」

 ガイオの言葉に、リカルドは目を見開いた。

 それはもしや・・・ユニコーンの角?


「この件につきまして、族長ジュストが、お目にかかりたいと申しております。はなはだ恐れ多くはございますが、ご足労そくろうたまわりたく、願いたてまつります」


「長が・・・?」

 深く頭を下げるガイオを、リカルドは戸惑いながら見つめていた。



To be continued.







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る