第30話 万能薬

 峠に張られたカルロス皇子の天幕では、ジェマが大事に運んで来た荷物が、開けられようとしていた。


 細長い箱は、ユニコーンが持つと言う『一本角いっぽんづの』を持ち運ぶには、適した形のように見える。


 カルロスは期待に目を輝かせながら、箱の蓋を持ち上げた。


「おおっ! これがっ・・・!」


 箱の中を見たカルロスが、歓声を上げる。


「・・・これ・・・が?」


 急に声の調子トーンが落ちた。

 キラキラとしていたカルロスの表情が、一気に不可思議なものに変わる。


「・・・これが、そうなのか?」


 その、不審をあらわにした、カルロスの様子に、そばに居たイリサールとアルティナが、箱の中をのぞき込んだ。


 細長い箱の中は、三つに区切られていて、それぞれに綿にくるまれた物が入っていた。

 綿の隙間すきまから見えるのは、小枝のような形をしている物だ。


「・・・これ、鹿の角じゃない?」

 アルティナが言った。


 確かにこの枝のような形は、鹿の角にも見える。

 だが、それにしては小さくて、表面が薄い毛のある皮膚のようなもので覆われている。

 鹿の頭に生えているのは、もっと固くて立派な角ではないだろうか?


 ・・・これは、いったい?

 壇上の三人が同時に、ジェマの顔を見た。


「その通り、鹿の角だ」


 ジェマがあっさりと答えた。


「何だとうっっっっっ!!!」

 カルロスが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「きっ、貴様っ! わ、私をだましたのかっっ! 薬になる角だと言ったではないかっっっ!」

 わなわなと震えながら、カルロスはジェマを指差して怒鳴った。


「騙してなどいない。それは、生え代わったばかりの鹿の角で、春の一時期にしかれない、貴重な薬だ」

 ジェマが説明するが、カルロスの怒りは収まらない。


「この私を愚弄ぐろうするのか、貴様っ! 皇后が求めているのは、万病に効くという、ユニコーンの角だっ! ヴェルテラにはあるのだろう! それを・・・」


 まくし立てていた口を、ピタリと止めて、カルロスはゆがんだ笑みを浮かべる。

「・・・なるほど、そういう魂胆こんたんか・・・」

 つぶやいて、椅子に座り直し、半眼はんがんでジェマを見下ろした。


「ユニコーンの角は貴重な薬だ。聞けば、ヴェルテラの族長は病がちだそうではないか。そう易々やすやすと、大切な薬を手放したく無い、という事であろう? 『本物のユニコーンの角が欲しくば、こちらの要求を呑め』と、父上に迫るつもりであったに違い無い!」


 全て見通した! とばかりに、カルロスは得意ドヤ顔で言い放つ。


「ヴェルテラに、ユニコーンの角など無い」

 鼻が高ーくなっているカルロスに、ジェマはきっぱりと言った。


「・・・は?」

 カルロスの両目が、点になる。


「あれは、ただの伝説だ」

「そ、そんな事を言って、宝を誰にも渡したくないだけであろう!」

 カルロスが声を震わせる。

 ジェマは静かに首を振った。


「もし、万病に効く薬を、ヴェルテラの城で独占しているのだとしたら、わたしの父が病に捕らわれているはずが無い」

 正論に「ぐうぅ・・・」と、カルロスがうなる。


「・・・もし、あの伝説が真実で、ユニコーンが自らの角を、ヴェルテラに残していたとしても、きっともう無いのだと思う。本当に薬効がある物ならば、宝としてあがていたのでは無く、病のある者らに分け与えているはずなのだ。長年をかけて徐々に減って行って、今はもう、最後の粉の一粒さえも、残っていないのだと思う」


 ジェマの言葉に、カルロスは苦虫を噛み潰したような顔になって、

「片腹痛いわ。貴様は皇后のご心痛を利用し、このような偽物にせもので、皇帝に近づこうとした。そんなやからが、偉そうな事をほざくな」

 と、冷ややかに言った。


 ジェマは目を丸くする。

 そして、肩を落とし、深いため息をついた。


「そう・・・か。そう思われても仕方が無いな。これはまた、わたしの浅はかさだ」

 小声でつぶやいて、顔を上げる。


「確かに、これを機に皇帝にお目にかかって、ヴェルテラの苦境をお伝えできれば、と考えていたのは本当だ。だが、その薬と引き換えにしようと思ったのでは無い。少しでも皇后のおなぐさめになれば、と思った。病身の家族を案じる気持ちは、わたしも同じだからだ」


 ジェマはカルロスをまっすぐに見て、言った。

 カルロスは苦い表情のままで、ジェマの視線を受け止めていたが、「フン」と、鼻であしらうと、

「・・・興醒きょうざめだ」

 そうつぶやいて、椅子から立ち上がった。


 そして、ジェマを見返る事無く、天幕を出て行った。



 その後、ジェマは別の狭い天幕へと連れて行かれた。


 ルークルが入れられたままの鳥籠は、持って逃げ出せないように、鎖で天幕の柱に繋がれている。

 天幕の外では、ヴィトをはじめとした兵士たちが、四方を囲んでいるが、中はジェマとルークルだけで、見張りは居ない。

 ジェマはホッと息をついて、ルークルの籠を抱え、座り込んだ。


 籠の隙間から、指を入れると、横たわるルークルに触れる事ができた。

 指先から、ルークルの温もりを感じる。

 一筋の涙が、ジェマの頬を伝った。


「・・・ごめん、ごめんね・・・わたしのせいで・・・」


 涙が、あとからあとから、流れ落ちる。


「・・・ジェマ・・・」


 耳に届いたか細い声に、ジェマは目を見開いた。

 籠の中のルークルが、横たわったまま、目を開けている。


「ルークル!」


 ルークルは、ゆるゆると手をのばして、ジェマの指に触れた。


「ジェマは・・・ほんとは泣き虫だって・・・あたしだけが知ってるんだから・・・」

 小さな手が、ジェマの指を優しく撫でる。


「大丈夫だよ、ジェマ・・・あたしが付いてる・・・だから・・・泣いちゃダメだよ・・・」

 淡い淡い光を放ちながら、ルークルが微笑んだ。


「うん・・・うん・・・」

 うなずきながら、ジェマは籠を抱きしめる。

 涙が、とめどなく流れていた。


 外に居る者たちに、泣いていると知られたく無い。

 ジェマは必死で、息を殺す。


 涙は・・・止まらなかった。



To be continued.

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