第31話 一族を担う者

 リカルドは、ヴェルテラのおさ、ジュストの部屋に来ていた。

 病身の長は、寝台の上で半身を起こしていて、リカルドが部屋に入ると、その場で深く頭を下げた。


「このようなお見苦しい所においでを賜り、大変恐れ多く存じます。ヴェルテラ族長のジュストと、妻のロザナでございます」


 ジュストの挨拶と共に、寝台のかたわらに控えていたロザナが、丁寧にお辞儀をする。


「リカルドだ。無理をせず、横になってくれ」

「重ね重ね、恐縮でございます。薬が効きましたようで、だいぶ楽になりました」

 青白い顔ながら、ジュストは柔らかく微笑んだ。


 部屋は、床に直接腰を下ろすヴェルテラ様式でありながら、椅子が一つ用意されていた。

 ロザナが、リカルドにその椅子を勧める。


 椅子に腰掛けると、寝台のジュストをやや見下ろす格好になる。

 ヴェルテラ式の寝台の高さが、低いせいもあるだろうが、わざわざこういう椅子を選んだのかもしれない。


 一通りの挨拶が済んだと見て、ここまでの先導役をしていたガイオが、部屋の外へ出た。

 客間から付いて来た、フラムとエッダと共に、扉の外で控えるのだろう。

 部屋の中は、族長夫妻とリカルドだけになった。


「・・・このたびは、娘ジェマが大変なご無礼を致しまして・・・」

「俺を連れて来た事ならば、もう話は済んでいる」

 ジュストのびを、リカルドがさえぎる。


「それよりも・・・長姫が城に居ない事を知っていたのか?」

 その問いに、ジュストはふっと笑って、

「一族の者たちが、私に気をつかったようですが、これでもこの城の主でございます。平素と違う様子であるのは、すぐに分かります」

 と、言った。


「・・・行方に見当が付いたらしいな」

「はい。恐らくは帝都へ向かったものと思います」

「帝都!?」

 驚いたリカルドの声が、大きくなる。


 皇帝の住まう宮殿がある、帝国の都。

 そこへ向かったと言う事は・・・


 少しのためらいの後、リカルドは思い切って口に出した。

「それはつまり・・・ユニコーンの角を届けに行ったのか?」


 しかし、ジュストは首を振る。

「娘が持ち出したのは、『鹿の角』でございます。生え変わったばかりの鹿の角は、薬になるのです。私も使っております」


「鹿の・・・角」

 張り詰めていたものが切れたように、リカルドは深いため息と共に、力が抜けて行くのを感じた。

「やはり・・・ただの伝説だったか・・・」

 独り言のように、小さくつぶやく。

 ジュストが話を続けた。


「もし、ユニコーンの伝説が真実としても、病の者たちに分け与えて、今はひとかけらも残っていないのでしょう。・・・それがヴェルテラ族の在りようだと、私は信じています」


 血色の悪い、頬のこけた弱々しい顔ながら、ヴェルテラの長は、しっかりとした声で言った。


連綿れんめんと受け継がれる、一族の矜持きょうじか・・・」

 リカルドのつぶやきに、ジュストは笑みを返す。


「これは面映おもはゆい。我が一族も、いつまで連綿と続いていけますやら・・・」

「そんな事はあるまい」

「いいえ、この里に暮らすヴェルテラ族は、減り続けているのです。特に若い世代が、帝国の兵役や労役に行って、任期を終えても帰らずに、その場に住み着いてしまうという事が、後を絶ちません」


 初めて耳にするヴェルテラの内情に、リカルドは目をみはった。

「・・・だからか。ジェマがあれほどまでに、税の軽減にこだわるのは・・・」


「いささか無鉄砲にも、ほどがありますが・・・」

 そう言って、ジュストはロザナと顔を見合わせて、眉尻を下げた。


 兵役も労役も、帝国が課している労働による納税だ。

 山奥で、傾斜した土地ばかりのヴェルテラの里は、広い耕作地が確保できない。

 穀物による納税が少ない分、労役と現金で、残りを賄わなければならないのだ。


「若い世代の流出は、ヴェルテラの労働力の流出だ。そんな事が続けば、納税はおろか、里の暮らしも立ち行かなくなる・・・」

 リカルドの言葉に、ジュストはゆっくりとうなずいた。


「私どもも、帝国政府と交渉を試みています。しかし、良い返事を頂けておりません。・・・何せ、長たる私がこの有様ですので・・・長としての務めを充分に果たせぬ事が、情けない限りでございます」


「長、そのような・・・」

 視線を落とすジュストの背に、ロザナがそっと手を添えた。


 確かにこの身体では、帝都への旅は難しいだろうと、リカルドも思った。

 まして、物見遊山ものみゆさんでは無く、政府との難しい交渉をこなしに行くのだ。

 病身の身では、命がけとなるかもしれない。


「税の交渉は難しい。長ひとりの責では無い」

 ジュストは顔を上げてリカルドを見ると、口元を緩めた。


「・・・リカルド殿下は、我が娘をお妃にお望みだとか・・・」

「えっ・・・」

 思わず、リカルドの声が固くなる。


「そのご所望につきまして、娘の・・・ジェマの親として、申し上げたい事がございます」

 真剣な表情で、ジュストが言った。


To be continued.

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