第32話 森の子供

「ぎゅーにゅーだね、ジェマ」

「うん。牛乳だね」


 カルロスの陣に捕らわれているジェマは、ルークルと共に、出された食事を取っていた。

 時間的に、昼食だろう。


「すごいね、ぎゅーにゅー、あるんだね」

「ほんとだね、すごいね」


 カップに入った、ミルクらしき物が牛乳と知って、ジェマとルークルは驚いていた。


 カップに入った牛乳に、皿にはオムレツと野菜の酢漬ピクルス、厚く切ったパンが二切れ。

 料理は出来立てで温かく、量もたっぷりある。

 何よりも・・・


「牛乳も玉子も新鮮だ。行軍でこんな食事が出されるとは思わなかった。・・・ヌエス村から運び入れるのかな?」


 どちらも、山道を運んで来るのは、大変な労力だろうに・・・

 ジェマはそう思いながら、パンをちぎって、鳥籠の中のルークルに渡し、残りをかじる。

 そして二人は、また顔を見合わせた。


「ほわ~、やわらかいねぇ。このパン、やわらかいねぇ~」

 うっとりした笑顔をして、ルークルは抱えた切れ端を、ぱくぱくと食べる。

「そうだね、焼きたてのようだ」


 しかも、上等な白いパンだ。

 穀物の収穫が限られているヴェルテラでは、城内でもめったに作られない。

 思わぬごちそうに、ルークルは満面の笑顔で、パンを頬張っている。


「きっとさぁ、牛もにわとりも連れて歩いているのよ。そしたら、牛乳も玉子も毎日手に入るじゃない?」

 スプーンに入った牛乳を飲みながら、ルークルが言った。


「うーん、牛はともかく、鶏はどうかなぁ・・・」

 ジェマが首をかしげる。


「あー、ここから出られたなら、ちょーっと飛んで行って、見てくるのになぁ・・・」

 うらめしそうに籠を見上げて、ルークルはオムレツをパクリと食べる。


 オムレツをきれいに平らげたルークルを見て、ジェマは心底安心した。

 本当に、元気になって良かった・・・。


「ぎゅーにゅー、ちょうだい」

「はいはい」

 籠の隙間から差し出されたスプーンに、ジェマは自分のカップから牛乳をすくって、また入れてやる。


 食事は一人分だったが、鳥籠の柵の隙間に入る、小さめのスプーンが2本添えられていた。

 そのおかげで、料理と牛乳をそれぞれに入れて、ルークルにあげる事ができる。


 この配慮は、もしかして・・・

 ジェマはふと、天幕の入り口へと目を向けた。


 食事が済んで、食器を下げに来た兵と入れ替わりに、ヴィトが入って来た。

「出発だ。外へ出ろ」

 言って、ヴィトは、鳥籠と柱を繋いでいる鎖を外して、その端を持つ。


「あ、あの・・・ヴィト」

 ジェマは思い切って、ヴィトに声を掛ける。


「ルークルの籠は、わたしが持って持っていたいのだが・・・。その鎖は、ヴィトが持つなり、どこかに繋ぐなりして構わない。だが、籠はわたしのそばに置いて欲しいのだ。この通り、お願いします」


 ルークルの籠を抱いて、ジェマは丁寧に頭を下げた。

 言われたヴィトは、虚を突かれたような表情をして、ジェマとその手の中の妖精を見る。

 ルークルは、籠を抱えるジェマの手を、小さな手で握っていた。


「・・・籠を持てと言う、命令は受けていない」

 ボソリと言って、ヴィトは鎖の端を持ったまま、天幕を出る。

 ジェマとルークルは、ホッとして顔を見合すと、ヴィトに続いて外に出た。


 天幕の外では、出発の準備で、兵たちがあわただしく行きかっている。

 ジェマが居た天幕も、早速とばかりに、片付け始めた。


 ジェマは、黙って立っているヴィトを見上げる。

 年齢は30手前といったところか。

 服装は帝国風で、赤茶色の短い髪を覆う、ストールもしていない。

 けれど・・・


「ヴィトは、ヴェルテラ族なのだろう?」

 ジェマがたずねる。


 さっき、要求を聞いてもらったせいか、幾分気安くなったようだ。

 だが、ヴィトは前を向いたままで、微動だにしない。


「・・・ルークル用のスプーンを付けてくれたのは、ヴィトなのだろう? ありがとう、とても助かった」

 続けて声をかけるが、ヴィトはジェマの声が聞こえていないのか、顔も向けない。


「・・・カルロス皇子に仕えて長いのか?」

 めげずにジェマは話しかけるが、やはりヴィトは、全くの無関心だ。

 せめて「うるさい」とか、「黙れ」とかでも言って欲しい。


「・・・ヴィトは、わたしの事が嫌いなのか?」

 なかばヤケになって、ジェマが聞いた。

 どうせ答える気は無いのだろう・・・


「そうだ」

 短い返事が降ってくる。

 ジェマは驚いて、顔を上げた。


「な、何で?」

 思わず聞き返す。

 ヴィトがジェマを見下ろした。


「俺と同じ『森の子供』だからだ」


 息を呑んだ。

 さも当然のように語られた言葉には、憎しみも怒りも感じられない。

 だが、それだけに、ジェマの胸に深く刺さった。


「乗れ」

 ヴィトの声に、ハッとジェマは我に返る。


 目の前に荷馬車が止められていた。

 荷台の敷き物の上が、ジェマの席らしい。


 ジェマが荷台に乗り込むと、ヴィトは籠に繋がる鎖を荷台の金具に通して、鍵を掛けた。

 荷馬車が、ゆっくりと動き出す。

 その脇に、ピタリとヴィトの馬が併走した。


 夏の日差しが、荷台に容赦なく照りつける。

 ジェマは、袖で日陰を作るようにして、鳥籠を抱えた。


「森の子供・・・か。随分と久しぶりだな、そう言われたのは・・・」


 小声でつぶやくと、籠の中のルークルが、心配そうに見上げてくる。

 大丈夫だよと、ジェマは籠を撫でた。


 ジェマは、荷台の縁に、身体を寄りかからせる。

 とても・・・疲れていた。



To be continued.


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