第11話 目に映るもの

 朝食後、支度を整えたジェマは、リカルドの客間へ行った。


 待っていたリカルドが、ジェマを見てひと言。

「・・・髪、編んでしまったんだな」


 ジェマの髪は、朝起き抜けの下ろし髪ではなく、今は後ろで一本に長く編んでいる。

 さらに白いストールを頭に巻いて、左上で絞り、余った布を肩先に垂らしていた。


「この方が動きやすいんだ。邪魔にならない」

 ジェマは編んだ髪を手に取って、笑う。


 なのに、なぜかリカルドはすごく残念そうで、

「もう少しあのままでも良かったのに・・・」

 などと、ブツブツと呟いた。


 そんなリカルドの後方で、シュレンがかしこまって控えているのが見える。

 ・・・ほら、やっぱり居た。

 ジェマとルークルは、そっと顔を見合わせる。


「挨拶をしたいと言っているが、受けてくれるか?」

 リカルドの伺いに、

「もちろんだ」

 と、ジェマは快諾かいだくして、控えている身体の大きな兵に笑顔を向けた。


 シュレンはリカルドと同じ、短い黒髪に黒い目をしていた。

 リカルドよりも更に身長は高く、身体つきはがっしりと筋肉質で、それだけでも強靭な兵士であるのが分かる。

 シュレンはジェマの前で、片膝を付き、手を胸にあてこうべを垂れた。


「シュレンと申します。ヴェルテラの長姫おさひめには、過分なるご厚情を賜りまして・・・」


 帝国の儀礼にかなった、堅苦しい謝礼を述べようとするので、

「ああ、朝食ぐらいでそれこそ過分な礼だ。気持ちは受け取ったから、もう立ってくれ」

 ジェマがあわててさえぎった。


「へぇ~、なかなか律儀じゃないの」

 くすくすと笑うルークルが、シュレンの周囲をひらひらと飛び回る。


 するとシュレンは驚いた顔になって、淡い光を目で追った。

 その様子に、ジェマは気づく。


「・・・シュレン、ルークルが見えているのか?」

「えっ・・・ルークルとは?」

 シュレンが問い返す。

「光の妖精だ」

 ジェマが答える。


「妖精・・・?」

 戸惑うシュレンの肩に、ルークルがちょこんと座って、小さい手を差し出した。


「見えているのなら、手に触れてやってくれ」

 ジェマに言われて、シュレンはそっと人差し指を近づける。

 その指を、ルークルの手がキュッと握った。


「ああ・・・見間違いではなかったのですね。天幕に入って来た時、まさかと・・・」

 いかつい表情だったシュレンが、ホッと目元をほころばせる。


「よろしくね、シュレン。あんたは礼儀正しいから好きよ」

 ルークルの言葉は、ジェマにしか聴こえない。

 けれどシュレンは、嬉しそうに頷いた。


「何でだよっ!」

 納得行かないのは、リカルドだ。


「何で見えるんだよっ! シュレン!」

 主人のご立腹に、どう返事したら良いか分からない様子のシュレンは、

「は・・・そ、それはその・・・」

 と、口ごもるばかりだ。


「幼い時に妖精を見たのではないか?」

 シュレンは、ハッとジェマを振り返った。

「幼い時に妖精を見た者は、ずっとその先も見る事ができる。・・・そうなのだろう?」


 しばらく、ただ無言で、シュレンはジェマを見ていたが、ふうっと、力を抜くように息を吐くと、

「おっしゃる通りです、長姫。私は子供の頃、妖精が見えました」

 そう、静かに言った。


「私・・・私の故郷には、たくさんの妖精が居ました。森にも、山にも、海にも・・・。大人になったから見なくなったのだと・・・思っていました」

 シュレンの視線はこちらに向いていたが、目に映っているものは、何か別のものなのだと、ジェマは思った。


 ジェマが手を差し出すと、シュレンの肩から、ルークルがひらりと飛んで来る。

「妖精は本来、あまり人と関わろうとしないものだ。この里の妖精たちが、特別に人馴れしている。ヴェルテラ族は生まれながらに、妖精を見る事ができるからかもしれないが・・・」


 ジェマの手の上で、ルークルが片足でくるりと回って、得意げに微笑んだ。

 それをシュレンは、目を細めて見る。


「シュレンは帝国の人間では無いのか? 故郷はどこだ?」

 何気なくジェマが問うた。

 だが、シュレンは瞬く間に顔を強張こわばらせる。


 やや躊躇ちゅうちょするような素振りの後、

「・・・私の故郷は、アザイアという国でした」

 と、低く言った。


 ・・・でした、とは?

 それに「アザイア」という国は、初めて聞いた。

 これは・・・どういう?


「アザイアは、帝国に滅ぼされた国だ」


 えっ・・・。


 ジェマはリカルドを見た。

 答えは彼の口から、発せられたからだ。


To be continued.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る