第10話 見えないもの
「おはようリカルド」
ジェマはリカルドに笑いかける。
だが、リカルドはジェマの顔よりも、やや下を向いていた。
そこには、ジェマの髪に絡まって、じたばたともがくブリッツが居た。
リカルドは、妖精が見えない。
風も無いのに、ジェマの髪だけが動く様子は、奇異に映っているのだろう。
「これは風の妖精だ。ブリッツという男の子だよ」
ジェマが説明している最中にも、ぱふんぱふんと髪が動く。
「妖精なのか? これが?」
思いっきり
「髪に絡まってしまって・・・」
動くブリッツを取ろうとしたジェマに、
「・・・触っていいか?」
と、リカルドが聞いた。
「う、うん」
返事をすると、リカルドの手が、そっとジェマの髪に触れる。
絡まって動いている
胸がトクンと鳴った・・・気がした。
思えばこんな風に、男の人に髪を触れられるなんて事、無かったかもしれない。
「ひゃぁぁぁぁぁぁ・・・」
ブリッツのか細い悲鳴が、ジェマの耳に届く。
「・・・本当だ、ここに居る。俺にもわかるぞ」
髪ごしに妖精を撫でて、リカルドが笑った。
そして、自分の手の上で、ぱふんぱふんと跳ねる様子を、「おお!」と、嬉しそうに見ている。
その顔はまるで、無邪気な少年のようで・・・
昨夜までの、取り澄ました皇子の顔とは違っていて・・・
こんな表情もするんだな・・・と。
「たーすーけーてぇぇぇぇぇぇ!」
ブリッツの悲鳴が、切羽詰ったものになる。
臆病な風の妖精は、見ず知らずの人間の手の中に居るのが、怖くてたまらないようだ。
「あーもう、世話のやける・・・」
ルークルが大きなため息をつきながら飛んで来て、ブリッツに絡まった髪を解き始めた。
「あっ・・・!」
リカルドの声が合図になったかのように、髪ははらりと解けて、ブリッツは空へと逃れた。
ジェマの髪が、リカルドの手から滑り落ちる。
そこに何も居ないと分かったのか、リカルドは周囲を見回して、残念そうに息をついた。
なぜかジェマも、名残惜しい感じがして、飛んでいるブリッツを見上げた。
・・・何で?
ブリッツはそこに飛んでいるのに、何で名残惜しい?
何で? どうして?
ジェマは、湧き上がるモヤモヤを払うように、首を振った。
「リカルド、今日はこの里を案内しよう。部屋に居ても退屈だろう?」
気持ちを切り替えるべく、ジェマはリカルドに話しかけた。
「帝国の皇子の身柄と引き換えに、税を軽くしてもらう作戦」は不発に終わってしまったので、「一族から皇子の妃を出して、税を軽くしてもらう作戦」に変更した。
ジェマは昨夜、寝台の中で、そう決めたのだ。
それには、リカルドと妃候補(と、なってほしい)の娘たちを、できるだけ多く引き合わせた方が良い。
となると、これまたできるだけ長く、リカルドには里に滞在してもらわねばならない。
昨夜の夕食は満足してくれたようだし、もっと里の美味しいものを教えたりしたら、足止めできるはず・・・。
ジェマの誘いに、リカルドは少し考えてから、
「・・・そうだな」
と、頷いた。
ジェマは心の中で、「よしっ!」と、拳を握る。
「では、朝食が済んだ頃、部屋へ迎えに行くから」
リカルドに手を振りながら、城に戻ろうとしたジェマは、ふと思い立って足を止めた。
「あ、そうだ。昨夜来た兵はどこに居る?」
ジェマの言葉に、リカルドは大きく目を見開く。
「あの、最後に天幕に入って来た、身体の大きい兵だろう? 客間に居るのか?」
「なぜ・・・それを?」
リカルドの声が低い。
だがジェマは気にも留めず、明るく答える。
「ブリッツが見たと言っていた。他の妖精も、森を上がって行く者を見ているようだし」
パササッと軽い羽音が立って、ヒタキが飛び上がる。
背に乗っていたアルベが、ジェマに手を振った。
「妖精が伝えたのは分かった。だが、それがなぜシュレン・・・あの兵だと思うのだ?」
それは尋問のような口調だったが、ジェマは変わらずに、
「乗り込んで来るなら、あの者だと思ったからだ」
と、答える。
「・・・シュレンの所在を聞いて、どうするつもりだ?」
警戒と詮索の色を帯びて、またリカルドが問う。
「朝食の追加が必要だと思って」
「は・・・」
不意打ちを食らったような表情になったリカルドは、声も無い。
「二人分運ぶよう、伝えておこう」
そう言って、ジェマは城の中へと帰って行く。
その後ろ姿を、リカルドがずっと見ていた。
To be continued.
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