第9話 妖精たち

「・・・そこへ、このルークル様が光を炸裂してやったわけよ、こーんな、特大のやつをパーンッ! てね。そしたら兵士の奴ら、みんな目を開けていらんなくて、フラフラになっちゃってさぁ・・・」


 ルークルの得意げな声がする。

 目が覚めた時に、部屋に居なかったから、どこに行ったのかと思っていたら・・・

 ジェマは、ルークルの声が聞こえる、城の中庭の方へと降りて行った。


 夏の早朝、朝もやがかかる中庭の薬草園に、妖精たちが集まっていた。


「あっ、ジェマだ!」

 一番に気づいたのは、風の妖精だ。


「おはよう、ブリッツ」

「ジェマ、僕、見たんだ。昨夜ね、知らない男が来たよ」

 風の妖精は男の子で、幅の広い大きなはねで、ヒュルッとジェマのそばに来た。


「知らない男?」

 ジェマが手のひらを差し出すと、ちょいっとそれに乗って、

「うん、大きい男だよ。あの部屋に入って行ったよ」

 と、小さい指で東の客間を指した。

 ああ・・・と、ジェマは納得する。


「ジェマ! ブリッツの言う事なんて、いい加減なんだから、まともに聞く必要無いわよ!」

 ルークルが刺々とげとげしい言葉をぶつけた。


「僕、いい加減なんて言うもんか!」

「だってあんた、まだ『峠に帝国の皇子が居る』だなんて言ってさ! 皇子はあたしとジェマが捕まえたんだって、今、話してやったでしょ!」


 強く言い返されて、途端にブリッツは泣き顔になる。

「うぇぇ~ん、ジェマぁ~」

 ルークルから逃れるように、ジェマの髪の中に隠れてしまった。

 起きぬけ、櫛を入れただけのジェマの髪は、背中に長く下ろされている。


「ああほらブリッツ、髪に絡んじゃうから・・・」

 波打つようなクセがあるジェマの髪は、たちまち小さな妖精を捕らえる。

 どうにかしようと、ブリッツが動くものだから、どんどん絡んでいってしまう。


「ジェマ、ブリッツの言ったのは本当だ」

 地面に近い所から、しわがれた声がした。

 花壇の仕切り石に、白い髭をたくわえた、小さな老人が腰掛けている。


「アルベ。森の住人のあなたが、城に来るとはめずらしい」

 アルベと呼ばれた木の妖精は、

「帝国の皇子とやらでは無く、来訪者の方だな。わしも見た」

 そう、ゆっくりと言った。


 アルベの隣では、ヒタキが翼を休めている。

 木の妖精は、翅を持たない。

 遠くへ移動する時は、こうして鳥や獣に運んでもらうのだ。


「下の森を、見知らぬ者たちが、里へ向かって上がって行きおったよ。夜が明ける前の事だ」

 ・・・者たち?

 ジェマはその表現にひっかかりを感じる。


かすかだが、人の血の匂いがした。どうにも不穏ふおんなもので、急ぎお前様に知らせようと思うてな・・・」

 アルベが乗って来た小鳥の翼を、いたわるように撫でると、ヒタキは気持ち良さそうに目を閉じた。


 ジェマは地面に膝をついて、小さな老人に顔を寄せる。

「ありがとうアルベ。気をつけるよう、皆に言っておく」


「あ、ほらブリッツ、見てよ。あれが皇子だってばさ!」

 ルークルの声に、ジェマは後ろを振り返る。

 一階の回廊からこちらを見ている、リカルドが居た。


 ジェマの髪に絡まったままのブリッツは、リカルドの姿を見て、

「・・・あれっ? あの人間は高原で見たよ」

 と、不思議そうに言った。


「だからぁ、あんたがそう言ったから、あたしとジェマで捕まえに行ったんだって、さっきから言ってんじゃないのさ!」

 フラムも一緒だったけど・・・。

 すっかり居ない事になっているフラムが気の毒で、ジェマは苦笑する。

 いら立つルークルを怖がって、ブリッツはまたジェマの髪の中に隠れてしまった。


 帝国の皇子が高原に来ている。

 その情報をもたらしたのは、他ならぬこのブリッツだ。


 風の妖精は、風を操り風に乗り、はるか遠くまで移動する。

 そうして様々なものを見聞きして、話してくれるのだ。


「ブリッツが教えてくれたから、リカルドを連れて来る事ができたんだよ」

 ジェマはなだめるように言う。

 なのにブリッツは、顔を出そうとしない。

 あれ? と、思った時、


「俺が、どうした?」

 リカルドの声が、すぐ近くでした。



To be continued.

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